第一章 ①俺が後悔するそもそもの始まり
アルゼラーン魔法学校理事長室ーーーー。
「お前に一つ仕事を依頼したいんだが、頼まれてくれるか?」
時間は夜。仄かな明かりが灯る。
部屋の中を映し出すのは厳かな調度品や絵画や魔道具の数々。
そのどれもが値段の張る貴重なものである。
アルゼラーン魔法学校は大陸最高峰とも呼ばれている。その中でも理事長室といえば当然のことながらその学校の頂点が過ごしている部屋のことを指す。
一般の生徒では入るのも憚られるようなその場所で、妙齢の美女からそのように声をかけられた青年がいた。
闇夜に溶けてしまいそうな短髪に、精悍な顔つき。
上背は大きく適度に筋肉が詰まっていそうな体などから、普段の仕事は忠義に厚い騎士か何かを思わせる。
にこにこと笑みを浮かべている目の前の美女に対して、青年ことロラン・アルディーラはにこやかな笑みを浮かべた。
「めんどくさいのでお断りします」
……ただ、誠実そうな見た目とは裏腹に彼は性格があまり良くなかった。
「なるほど。お前は、この学園の理事長たる私のお願いを断るのか」
躊躇なくバッサリと返した彼に、ニッコリと微笑みかける美女。サーシャ・アルディーラ。
ウェーブ掛かった金髪の髪に、心の内を全て見透かすかのような碧眼。
スーツ姿に大胆に開かれたカッターシャツの胸元からは、平均を遥かに上回った抜群のプロボーションが伺える。
生徒。特に男性には抗いがたい蠱惑的な魅力を振りまく彼女を目の前にして、ロランは口調を崩して面倒くさそうにシッシと手を振った。
「ああ。断る。ハッキリ言ってお前のお願いはいつも面倒くさいからな。
だいたい今真夜中だぞ? こんな時間に人を呼び出してお願いって、常識ってものが欠けているとしか」
次の瞬間には美女の顔が鬼もかくやという形相に変わると、その体が紫色に薄く発光し始めた。
『全てを灰燼へと帰す悪食の炎よ。我が目前にいる心敵を喰らい尽くせ……』
「わぁ!!こんなところで最上位魔法を撃つな!!俺が悪かったから!!」
ロランは慌てて謝る。
さすがに理事長室で爆死という不名誉な死に方で朝刊に載りたくなかった。
サーシャはチッと舌打ちをする。
体から溢れていた薄紫の光がシュンと消えた。
「おまえがあまりにもふざけたことを抜かすからな。……次やったら容赦しない」
「へいへい。それで今回の仕事ってなんだよ?
どうせ俺がお前の頼みを断れないことくらい知っているだろうが」
そう。この世界は、魔法の才能がないロランにとって、非常に生きにくい世界だ。