小話 ティナとルシオ その一
挿絵があります。
加純様(@Kiraz888Kiraz)よりのいただきものです。
あまりにも素敵なイラストなので、うっかり書いてしまいました。
「単語を覚えるのも、読解力を養うのも、本を声に出して読むことが大事だ」
あまりにもものを知らないことに辟易としたのか、ルシオがそんなことを言い出した。
ここは王太子棟にある図書室だ。
ティナは昔から勉強が苦手で、特にじっとしているだけでつらくなる性分だ。
「えぇぇぇ?」
全力で不満を訴えても、ルシオは耳を貸さない。
それどころか、リヒトに命じて持ってこさせた書籍を、ティナの前に山のように積み上げる。
「君は物語ならなんとか読めるんだろう?
白騎士物語はどうだ?」
「……読まなきゃだめ?」
小首をかしげてかわいらしさを演出しても、ルシオはジト目で見つめてくるばかり。
ティナは大きくため息をついて、ルシオの手から本をもらった。
「これ、どういうお話?」
「読む前にそれを聞いてどうするんだ?」
「読むための心構えというか、やる気が出るかどうか……」
ごにょごにょと口の中で呟くティナに、ルシオは脱力した。
「まったく。……これは、たった一人の姫に心を捧げた騎士が、その姫を得るために王から無理難題を押しつけられ、それをクリアしていくという物語だ。
だが、難題と言われるものを、白騎士はほぼ腕力で解決していく。
世界一大きなパンケーキを持ってこい、といわれても、腕力で解決するんだ。
気にならないか?」
「え? 何それ、気になる! 読む! これ、読む!」
子供のように目をきらめかせて、ティナは早速ページをめくった。
美しい挿絵も多く、目にも楽しい構成になっていて、ティナは珍しく没頭していった。
「おとなしく読んでろよ」
ルシオは厳めしく顔をしかめながらそう言い残してティナのそばを離れ、自分が読みたい学術書の棚をあさる。
そして、それらを手に机に戻ると、ルシオは呆れて笑いそうになった。
ティナが音読を命じられたことも忘れて、笑ったり、驚いたりしながら読み進めていたのだ。
ルシオが横に座り直しても、そもそもルシオが席を立っていたことにも気づいていないようだ。
興奮に合わせてぽかんと開きっぱなしになる口元を見ながら、それでもルシオは注意せずに、自分も本の世界に飛び込んだ。
ぐっと右肩が重くなる。
何度か体を揺すって、そのたびに一度軽くなるのだが、すぐにまた重みが復活する。
ルシオは眉をひそめて、姿勢悪く本を読んでいるに違いないティナを振り返った。
「…………は?」
ルシオは絶句して己の右肩を見る。
そこには、すっかりと全身をルシオに預け、深く寝入ったティナがいた。
読書の時も開きっぱなしだった唇は、今もぽっかりと開いたまま。
柔らかい頬はルシオの肩に押しつけられ、甘い息をはいた。
「ど、どうしてこんなところで寝てしまうんだ?」
動揺もあらわにティナの体を揺すっても、肝心のティナはたまに満足げにむにゃむにゃと動き、何事かを呟くだけ。
「ティ……レスリー!」
「ん…………んぅ」
悩ましげな声を出して、ティナの体がさらに倒れる。
咄嗟に右腕を回して、ティナの肩を抱き留めた……ところで、ルシオは固まった。
ふっくらとした頬、強請るように薄く開かれた唇、かすかに覗く白い歯が、ルシオの鼻先にあった。
「レスリー? レスリー!」
「おやおや……」
夕餉の時間であることを知らせに来て、リヒトは思わず含み笑いをした。
そこには、リヒトが愛して止まない主二人が、額を付き合わせるようにして、すっかり寝入っている姿があった。
もう少し見ていたいような、起こすのがもったいないような、リヒトは珍しく自分の役目を恨めしく思うのであった。