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3話 女騎士のハローワーク(2)

「そもそも、おまえって日本で働けるのか?」


 

 話をしているうちにもうすっかり冷めてしまったフライを飲み込んだ後でミハルはたずねた。



「? どういう意味です?」

「就労資格とかちゃんと取ってるの? っていうかビザとかどうしてんの?」

「……ピザ?」

「あ、もう良い。分かってないのは大体分かった」



 不思議そうに片方の眉を吊り上げたファム・アル・フートを見て、ミハルは手を振って話題を打ち切った。

説明するのが面倒くさかったし、突っ込んだ質問をされたとき上手く答える自信がなかったからだ。



「ひょっとしてこの国では異国の者が働くのに官憲の許可が必要なのですか?」

「大抵の国ではそうだと思うけど」

「なんと愚かな管理主義でしょう。そんなことを国家が完全に目を光らせることなどできるはずがありません。きっとどこかで使い捨ての労働力として低賃金で若い外国人の体力と時間を搾取しているはずです」

「もしかしてそれで社会批判してるつもりか?」

「?」

 


 何やら皮肉げな顔で急に調子よく語り始めた女騎士をジト目で見やる。



「まあ、おじいちゃんの知り合いなら雇ってくれるかもしれないけど……」

「流石お祖父(じい)様。持つべきものは人脈ですね」



 女騎士を調子づかせると思って言わなかったが、人手不足が社会問題になりつつある昨今、若くて体力もあって明るい性格の持ち主とあれば条件をえり好みさえしなければ働き口を探すのにそうそう苦労はないのだ。

あちこちに顔が効くミハルの祖父なら適当なパートタイムで働ける先を探してくれるかもしれないし、そこなら女騎士の正体を誤魔化すのもそうそう難しいことではないだろう。



「ちゃんと愛想よくしろよ。見下したり馬鹿にしたり、異世界人だと思われるようなことしちゃダメだからな」

「もちろんです」

「あと暴力は絶対ダメだぞ」

「はい、それで何を斬るんです?」

「そういうとこだぞ!」



 長剣を手に取って柄を握りしめた女騎士を慌てて叱りつける。



「……そもそもおまえって何ができるの? あ、ドンパチ以外で」

「芋料理ならレパートリーは軽く百を超えますが」

「こっちの世界の料理しか作っちゃ駄目だぞ、言っとくけど」

「えぇ……? あとは読み書きと、計算ならできます。聖典は一人では読めませんが」

「こっちの世界の文字とか数字とか読めるの?」

「覚えればなんとかなるでしょう」



 となるとできるのは単純な肉体労働か、でなければレジ打ちくらいだろうか。

ミハルは想像力を必死に働かせて、スーパーの売り場に立つ女騎士の姿を脳裏に描いてみた。



 夕方の込みあう時間帯、テキパキと買い物カゴを持った客をさばいていく姿を思い浮かべることはどうしてもできなかった。

代わりに『なぜ低俗なものばかり買うのか』『こんな食材で美味い料理が作れるはずがない』『もっと芋を食え』などと客相手に説教を始める光景ばかりが脳裏に浮かんでくる。

 


「……やっぱり無理だ」

「えぇ!? 諦めないでください、ミハル!」



 すがるような視線を送られても頭を抱えるしかなかった。



「そ、そうです! 私にできることは少ないかもしれませんが、私たちとなれば話は別です!」

「? どういう意味?」

「"ファイルーズ"!」

<<何か>>



 女騎士が声をかけると、いきなり無機質な声が返ってきた。

感情や性別といったものを感じさせない抑揚のない声で、知っていても唐突に聞こえてきたのでミハルはドキリとしてしまう。



「精霊である貴方はどう思いますか?」



 動じることなく女騎士は問いかけた。部屋の中にいる誰でもなく、側にある長剣に向かって。

彼女が"ファイルーズ"と呼びかけた相手は、変わらず平板な調子で返答した。



<<現在の状況では、貴公に就労の必要はないと判断する>>

「何故です?」

<<"アルド"一般市民の基準と比較して肉体的もしくは金銭的な困窮の要素はない。労働によって対価を獲得する必要性は薄い>>



 およそ感情といったものを感じさせない声がつらつらと述べた。

声の主のことをファム・アル・フートは"ファイルーズ"と呼ぶ。

いわく彼女の先祖が住んでいた土地のおとぎ話に出てくる賢者のウサギの名前だそうだが、およそ動物系のゆるふわなキャラクターのイメージとは程遠かった。

どちらかというとまるで軍人か法律学者のような調子に聞こえるのだが、女騎士によると鎧に宿った精霊だそうだ。神々から使命を果たす支援のために遣わされた、と信じて疑わない。


 

 その真偽はともかくとして、リアルタイムでこんな明晰に喋ることのできる対話型インターフェイスの存在などミハルも知らないし、魔法に等しい存在であることは間違いない。

以前は女騎士が身にまとう鎧から喋っていた気がするが、どうやら固定電話の子機のような要領で剣からも会話できるらしい。



「金銭の問題ではありません! 家でじっと過ごすことに耐えられないのです。怠惰は戒められるべきです!」

<<了解した。労働という行為そのものの社会的意義について再度情報を入力する>>



 女騎士の精霊は平然と返した。



「ところで"ファイルーズ"。ミハルに私たちに何ができるかを説明したいのです。貴方と一緒ならどんなことができますか?」

<<当機の機能に対する質問ということか?>>

「それで結構」

<<平面時空上の跳躍、及び能源の事象下固定による装着者の戦闘支援が当機の主機能である>>

「もう少し分かりやすく言ってください。力が馬何頭分とか」

<<"エレフン"の一般的な基準で回答すると、最大出力で821.2万ジゴワットである>>

「良く分かりません」



 とても騎士の鎧の精霊が語るとは思えない内容に少年が目を丸くする真向かいで、女騎士がばっさりと切って捨てた。



「パンを増やしたり、水をワインに変えたりはできないんですか?」

<<……当機の能力を超えた要求である>>



 それまでと違って一拍だけ間をおいて無機質な声が返ってきた。



「なんだ、できないのですか? 古の聖者はできたと言いますよ?」

<<……貴公を水上歩行させることならば可能である>>

「それだけ? 船に乗ればいいではないですか」

<<…………期待に応えられないのは残念である>>

「ああ、失礼。どうぞ気を落とさないで。私が望み過ぎたのです」 



 精一杯の優しい声で気の毒な鎧の精霊をなぐさめると、女騎士は長剣の柄をそっと撫でた。



「……」

 

 その様子を眺めていたミハルは、いよいよ決意をあらたにして全力でごまかすことに決めた。

 


「ところでファム。こっちで働く気なら、身分証くらいは持ってるんだろうな?」

「身分証? ああ、それならちゃんと所持していますよ」



 少年の目論見に反して簡単にそう返すと、ファム・アル・フートは台所の戸棚まで歩いて何やら革製の書類入れを持ち出してきた。



「これがラインホルト枢機卿猊下直筆のサイン入り免罪符です」

「……」

「こちらが聖堂騎士団本部発行の通行手形。こちらは畏れ多くも、法王聖下の御璽入りの結婚証明書です」

「異世界でしか通用しねえよこんなもん!」

「あっ! なんてことをするんですか!」



 少年がテーブル上に跳ねのけた金箔の縁取り付きの羊皮紙を、ファム・アル・フートは慌てて拾い集めた。



「免許証とか保険証とか学生証とか、そういうこっちの世界の身分証がないとダメだろ!」

「……聞いたこともない単語です。 何ですかそれは。 どこのダンジョンに潜れば手に入るのです?」

「そういうアイテムじゃねえよ! ……待ってろ、見せてやるから!」



 そう言うとミハルは乱暴にテーブルを立ち、祖父の私室へと歩いて行った。



 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「これ、これが免許証!」



 ミハルは祖父の免許証を女騎士にかざしてみせた。

外出、外泊の多い彼の祖父は変なところでズボラで、良くこういう大事なものを部屋に放って置きっぱなしで何日も家を留守にするのだ。



「なんだ、ただのカードではないですか」



 期待していたものと違ったのか、ファム・アル・フートは不満そうに唇を尖らせた。



「バカにするなよ。これさえあれば働くだけじゃなくて銀行に口座も作れるし、サラ金でお金だって借りられるし、レンタルショップの会員にだってなれるんだ」

「おぉ、意味は良く分かりませんがすごいのは伝わってきました!」



 女騎士は素直に目を丸くしてきた。



「これがないとこっちの世界じゃ働くにもうまく行かないんだ。だから諦めて……」

「……つまり私にもそのカードがあれば解決するわけですね?」

「へ?」



 思わぬ展開に、少年はつい気勢をそがれてしまった。



「しばらくお借りしてよろしいですか?」

「お、おい。なくすなよ?」

「ご心配なく。では、用意することにします。支度があるので私はこれで」



 ひょいとミハルから免許証を受け取ると、ファム・アル・フートはさっさと自分の部屋へと下がってしまった。



「……あいつ、教習所に通うつもりか?」



 何だか嫌な予感を感じながら、残されたミハルはひとりつぶやいた。




 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




 ――――――三日後の夕方。



「ただいまー……」

「ミハル! おかえりなさい! いいものが届きましたよ!」



 帰宅したミハルを、上機嫌な顔でファム・アル・フートが出迎えてきた。



「いいものって何?」

「忘れたんですか、免許証です!」

「は?」



 何を言われているのか分からず、ミハルは一瞬口をぽかんと開けて固まった。



「ほら、見てください! 私の免許証です!」

「何をバカな…………って、えぇ!?」



 女騎士が手にしているカードを見て、とうとう少年は声を上げた。



 確かに免許証だった。

証明写真には何故か半目で写る女騎士の写真が載っているし、公安委員会の印もちゃんと入っているし、カードの色も材質も本物そのものである。

名前欄には「安川ファム・アル・フート」などというおさまりの悪い氏名まで入っているではないか。



「おま……、どうやって!?」

「まあ私にも、これくらいのものを用意できるくらいの甲斐性はあるということですよ!」



 えらそうにふんぞり返る女騎士が妙に腹立たしかったが、それどころではない。少年は泡を食って免許証を食い入るように見つめた。

そして、あることに気付いた。



「……この数字、前に見たことあるぞ」

「ああそうです。おじい様のものをお借りしてそのままでしたね。お返しします、はい」


 凝視する少年の様子に気付かない様子で、ファム・アル・フートは祖父の免許証を返してよこしてきた。

背筋にうすら寒いものを感じながら、ミハルは祖父のものと女騎士のもの二つの免許証を見比べる。



 住所は言うに及ばず、交付日に都道府県番号に発行年月日に固有番号、更には発行回数まで全く同一だった。

ついでに生年月日まで同じ日付が並んでいる。



「丸コピーじゃねえか!」

「ぐふっ!?」



 怒りに任せて免許証を放り投げると、女騎士の眉間に直撃して跳ね返って玄関の土間へ落ちた。

 


「さてはお前、意味まるで分かってないな!? こんなものどうやって作った!? 偽造じゃ意味ないし犯罪なんだぞ!?」

「えっ」

「あとおまえが産まれたのが65年前になってるぞ!」  

「えぇぇぇ!!?」



 完全にこれで通用すると信じていたらしい。女騎士の顔は一瞬で蒼白になった。



「……」



 少しだけ冷静さを取り戻した少年は、改めて玄関に落ちた免許証を拾い上げた。

数字が間抜けなこと以外は手触りも質感もまるで本物の免許のように見える。



「どうやってこんな偽造カード作ったんだよ……」

「この間あなたが学校に行っている間に急いで聖都に戻って、隊長にお願いして錬金術師たちに作らせてもらいました」

「なんてことを……」

<<当機は反対する提言を行ったことは付け加えておく>>



 "ファイルーズ"の無機質な声が割って入ってくるが、ミハルは更にあることに気付いた。



「おまえ大型二輪も特殊自動車も取ってることになってるぞ」

「何ですかそれは」

「免許の種類。バイクもトラクターも乗れるってこと」

「? 何に乗るんですって?」

「だから、法律で許可もらった自動車の種類」

「車? あんなものを動かすのに許可がいるんですか?」



 ミハルは耐えきれなくなって頭がくらくらしてきた。

 

「"ファイルーズ"! お前のご主人様を何とかしてくれ!」

<<当機は反対した。繰り返すが、当機は反対した!>>


 

 悲痛な叫びをあげる夫と精霊を、最後まで良く分かっていない目で女騎士は見ていた。

 

次回4_1 ファム流風邪の治し方(前)は明日朝9時ごろ追加します。

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