16話 異世界流ダイエット術教えます(5)
「さぁ。次はミハルの番ですよ。 遠慮なくどうぞ!」
砂場の真ん中に突っ立って構えるファム・アル・フートを無視して、ミハルはユニオの髪にくっついた砂粒を払ってやった。
「ユニオちゃん、あっちでもっと平和な遊びしようか」
「そうする」
「えぇっ!?」
連れていった先にある鉄棒を見るや、ユニオは目を輝かせた。
「何これ、どうやって遊ぶの!?」
「どうやって遊ぶんだと思う?」
にこにこしながら観察していると、少し考えてからユニオは両手で鉄棒を握りしめた。
「こうやってぶら下がって」
「ぶら下がって?」
「落ちるまでずっとガマンする」
「それ遊びなの?」
自分の忍耐力の限界へ挑戦し始めた幼児に少し気後れしたものの、ミハルは実演して教えることにした。
「こうやって回って遊ぶの」
「お―――!」
手をかけて足を浮かせ、前回りをひとつしてみせる。幼児は感嘆の声を上げた。
「ユニオもやりたい! ユニオもやる!」
「あはは。ユニオちゃん、手が逆……」
ミハルがコーチしようとしたところで、逆手に鉄棒を握りしめたユニオは地面を蹴ると勢いよく両足を天に浮かせた。
そのままぐるりと半周し、鉄棒の上に上がった状態で白い歯を見せる。
「できた!」
「……す、すごいなぁユニオちゃん」
初めて挑戦した鉄棒で綺麗な逆上がりを見せたユニオを見て、ミハルは口元をひきつらせた。
自分が中学時代の体育の授業で何度やっても逆上がりができなかったことを思い出したのだ。
「ミハルもやって! となりで一緒に回る!」
「えーと、でもこれって子ども用だからさ。ちょっと難しいかな」
「あ―――、そっかぁ……」
とっさに口から出たごまかしに幼児は心底残念がった。
「何ですか、ユニオばっかり!」
「わっ」
後から追い付いてきたファム・アル・フートは、何やら唇を尖らせながら一番高い鉄棒へと近づいていった。
「私はもっとすごいことできますよ、見ていてください!」
「どんなの?」
少年が少し呆れていると、女騎士は鉄棒へ向き合った。
片手で鉄棒を掴むと膝を曲げ、地面から足を浮かせる。
そのまま勢いよく肘を伸縮させ、全身を上下させ始めた。
「片手懸垂です! 1、2、3、4……!!」
「えぇ―――!? 何でできんの!?」
目の前で実演されるのも初めてだし、女性が実行するところを見るのはテレビや動画でも見たことがない。ミハルは驚くというより半ばパニックになって泡を食った。
「ふふふ……どうですミハル、すごいでしょう!」
「確かにすげーけど、何か思ってたのと違う!」
流石に息を切らせてはいるものの、降りてきた女騎士はものすごいドヤ顔をしてみせた。
「強くて健康な子供が産めそうでしょう? 惚れ直しましたか?」
「ゴリラ女……!」
「? 何か言いましたか? それはどういう称賛の表現です?」
女騎士が不思議そうな顔をしているとなりで、ユニオが他の遊具の方を指さしてきた。
「ミハル、あれはどうやって遊ぶ?」
「んーと、あれはねぇ……」
応えようとした時。
ユニオがそわそわと足踏みしていること気付いた。今にも遊具の方へ駆け出していきたそうだ。
質問しているのではなく、いっしょに遊んで欲しいという意味だと気づく。
「……じゃあ今日はとことんユニオちゃんに付き合いますか」
そう言ってミハルは軽く伸びをして、思い切り体を動かす心づもりを整えた。
「そうしますか」
「やったー!」
はしゃぎ出すユニオに引っ張られるようにして、二人は遊具へと向かった。
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日が暮れた。
常夜灯がやや心もとなく園内を照らすものの、そろそろ皆が公園から引き揚げ始める時間だ。
「はぁ、はぁ、ひっ、ひっ、ひっ……!」
体力を使い果たしたミハルは、顔中から汗を噴き出しベンチに座って荒い息をついていた。
「ミハル大丈夫?」
「の、飲み物を買ってきました!」
うろんな目つきで見上げる少年の顔色は、もう青白いというより土気色に近い。ペットボトルのフタを開けるのももどかしくファム・アル・フートが買ってきたスポーツドリンクにむしゃぶりついた。
「無理して付き合うからですよ」
「だって、ユニオちゃんより体力がないと思われるの嫌だし……」
「でもその結果がこれでしょう?」
「すみません。子供の体力完全に舐めてました……!」
遊具の間を全身を使って駆けまわるユニオをついて回ろうとするうち、少年の方が先にバテバテになってしまったのだ。
「ユニオよりもあなたの体の方が心配になってきましたよ……」
「う、うっさいなー……」
「普段運動しないせいです。もっと体力をつけてもらわなくては」
一人で納得して、女騎士は勝手にうなずき始めた。
「いい機会です。明日から私と一緒に、毎朝運動することにしましょう」
「えっ」
「こういうことは友連れがいないとすぐに三日坊主になってしまいますからね。あなたの健康管理も私の仕事、立派な体格になるまで責任を持って面倒をみます」
普段ならこんな提案は一蹴していたはずだが、自分の体力のなさを現在進行形で痛感していた少年は耳を傾ける気になった。
「でも、おまえ基準で体鍛えてたらそれこそボロボロになりそうなんだけど……」
「適度に小走して心肺機能を鍛えるだけでも違ってくるものです。それくらいならできそうでしょう」
朝のジョギングということだろうか。それくらいならした方が自分のためかもしれない。
少し迷ってからうなずいたミハルだが、あることに気付く。
「でもちょっと待った」
「何です?」
「その恰好は流石にどうにかしろよ」
少年に言われて、女騎士は自分の纏う甲冑に目を落とした。
「この鎧……"ファイルーズ"が何か?」
「脱いでもっと動きやすい格好してこいよ」
「これを外しては負荷が減って運動の効果が薄れるでしょう」
「そんな恰好で運動するやつなんかいねーよ。動きにくいし、万が一人にぶつかったりひっかけたりしたら危ないだろ」
もっともらしい理由をつけたものの、『ゲームかアニメのコスプレをしていると思われる格好の相手と一緒にジョギングしたくない』というのが少年の本心である。
「ふむ。では善処しましょう。『郷に入っては郷に従え』という格言もあることですしね」
もっと抵抗すると思ったが、意外なことに女騎士は素直にうなずいてきた。
「では、私は明日の準備に少し寄り道をさせていただきます。ミハルとユニオはまっすぐ家に帰るのですよ」
「おい。そっちはうちと逆だぞ」
公園を出て行こうとする女騎士を呼び止めようとしたが、女騎士本人は構わずどんどん歩いていった。
「マドカに相談して、服を用意してきます。今日の夕食は少し遅くなりますよ」
「?」
一体どういうつもりなのか、ミハルとユニオは思わず顔を見合わせた。
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……翌朝。
「結局言われた通りに起きてきてしまった」
いつもならまだ布団にいるはずの早朝、ミハルは自宅の玄関前に立っていた。
とりあえずジョギング用に着替えた学校指定のジャージの袖のめくれを直しつつ、ファム・アル・フートがどんな服を用意したのか気になっていた。
「こっちの運動服っていうと……やっぱりトレーニングウェアとか? もしかして同じジャージかも……」
おそろいの恰好でジョギングする、というのはなかなか恋人らしい光景かもしれない。
かすかな期待に胸を膨らませつつ、ミハルはそわそわとファム・アル・フートが出てくるのを待った。
「お待たせしました。着替えに手間取ってしまって……」
ファム・アル・フートが玄関から出てきた。
「もう、遅いって……」
口では悪態をつきつつ、急いで振り返ってしまう。
「申し訳ありません。このような運動服を着るのは初めてなので……」
「な……」
女騎士の恰好を見て、ミハルは唖然とした。
トップスは白いポリエステル製の生地に、縁取りされた半袖に丸い襟。
アンダーはだぶつきのない厚手の、お尻の丸みにぴったりとフィットする紺色のスポーツショーツを身に付けていた。
平たく言えばいわゆる『体操服とブルマー』そのものである。
念の入ったことに頭には白いハチマキ、体操服の胸と背中には『ふぁむ』と名前入りのゼッケンまで縫い付けてあった。
あんぐりと口を開けたミハルの前で、不自然に盛り上がった体操服の胸を揺らしながら女騎士は門扉から表通りへと出てきた。
体格に比べて裾が短いせいで時折見事に割れた腹筋がちらちら見え隠れする。
実際に学校の体操着として使用されているところなど見たことのないミハルにとって、この衣装はふしだらで悪趣味なフェティシズムの対象としか思えなかった。
「ど、ど、どこから持ってきた? そんな服……」
「マドカから借りてきたのです」
何故か得意げに鼻の穴をふくらませながらファム・アル・フートは答えた。
どうしてクラスメートの女子学生がそんなものを持っているのか。どのような経緯で女騎士に着せることになって実際貸与することになってしまったのか。
突然のめまいと頭痛に襲われだしたミハルの脳ではどうしても答えを用意することができなかった。
「"現世"ではこのような恰好で運動をするのですね! 確かに動きやすく機能的です」
自らの丸出しの太腿が描く脚線美に目を落として、女騎士は納得したようにうなずいた。
「マドカが言うには、殿方と一緒に運動をするにはこの服を着るのがマナーだと」
「騙されてる! 騙されてるよ、おまえ!」
「どうです、まるで"現世"生まれの婦女子のようでしょう?」
「イメクラから逃げ出してきた人にしか見えねーよ!!」
清潔な朝の空気の中、少年の絶叫が響き渡った。
「これなら一緒に走っても恥ずかしくないはずです」
「1秒だって一緒にいたくないわ!」
「さあ、まずは軽く町内を一周しましょう」
「はあ!? 冗談じゃねぇよ……!」
今時ブルマーを履いた女と街中で堂々と並走していては、自分まで頭がおかしいと思われかねないではないか。
しかも体操服を着ているのは金髪で豊満なとびきりの美人である。嫌が応にも人目を引くころだろう。
「…………!」
ミハルの中で羞恥心が恐慌をきたし、パニックになって背を向けて駆け出した。
「嫌だあぁぁぁ!!」
「おぉ、なかなかの敏捷性です。 ミハル! やればできるではないですか!」
全速で疾走する少年の背中を追いかけて女騎士は後から走り出した。
あっというまに追い付いて横に並んでしまう。
「でも全力ではすぐに息が切れてしまいますよ」
「ひっ、ひっ、ひぃぃぃ!!」
「ちょっと速度を落としましょう」
「…………!」
自分は腕も足もちぎれよとばかり振り回して思い切り走っているのに、女騎士は軽く話しかけてくる。
いったいどんな体力をしているのか、このままではずっとぴったりとくっついて走られることになる。
ミハルは恐怖に駆られた。
「いや、嫌だ! ヤダー! 並んで走らないでくれ! 同類だと思われたくない!」
「そうですそうです。会話ができるくらいのゆとりのある速度で走るのが一番健康に良いのですよ」
脇腹の激痛にこらえながらも少年が必死に発した魂の叫びに、女騎士は笑顔で軽く応じてきた。
結局この日ミハルは校内の記録会でも出せなかった自己ベストのペースで町内を走りまわされることになった。
早朝ジョギングの計画は、翌日全身の筋肉痛に襲われたミハルが泣きながら中止を訴えたためにこの日で取りやめになった。




