16話 異世界流ダイエット術教えます(4)
「わ、ワシらはぁ! 撤回を要求するぅ!」
「「そうじゃ、そうじゃ!!」
ギョロ目の老人を筆頭に、年老いた常連客たちはシュプレヒコールを上げ始めた。
「ええい、うるさい! シッシッ!」
店の片づけを邪魔されるのがいい加減うっとうしくなって、ミハルはホウキの柄の先端で老人の肩を軽く小突いた。
わっと蜘蛛の子を散らすように老人たちが慌てて逃げ出す。
「きゃ、客に向かって暴力を振るうのか!」
「現代日本の若者の心はここまで荒廃しとるのか!」
「わ、ワシらの生きがいを奪わんで欲しいんじゃ!」
「ユニオちゃんがお店に出たのは昨日からなのに何が生きがいだよ……」
ミハルが苦々しく言った。
【ユニオに食べ物を与えないでください】という貼り紙を剥がそうとする常連客たちは結局閉店時間まで居残り、ありとあらゆる手を使ってなんとかユニオにお菓子を貢ぐ方策を求めた。
哀願・買収・威圧と続けてきて効果がないとみるや団結して労働争議めいたやり方に切り替えたのだが、ミハルに一蹴されてしまった。
結局彼らは古い友人である店主、ミハルの祖父に泣きつくことを選んだ。
「「「ろ、ロクさん! 何か言ってやってくれ!!」」」
「ユニオちゃんのことはミハルに任せてるから……」
小さく苦笑いしながらも、祖父は取り付く島もないことを言った。
どよどよと動揺する老人たちを見て、ミハルは少し頭に血が上ってくるのを感じた。
言ってやらねばならない、と一歩前に出る。
「おじいちゃんたち、いい加減にしてよ!」
「「「ミハルちゃん……」」」
「ペットにおやつやるのとは違うんだよ! 食べ過ぎでユニオちゃんが肥満になったり生活習慣病になったりしたらどうすんの!」
うぅ、と常連客たちがうめいて肩を落とした。思うところはあるらしい。
そこで椅子の上に乗ってテーブルを拭いていたユニオがぱっと飛び降りて、ミハルと老人たちとの間に割って入って来た。
「ミハル、大丈夫!」
「何が大丈夫なの?」
「お腹壊したりしない。ユニオはもっと食べられる!」
天に向かって片手をつき上げて、頼もしく幼児は断言した。
「だから食べちゃダメだってば! お菓子食べてお腹いっぱいになってたんじゃ夕食も食べられないでしょ!」
「頑張って晩御飯も食べる! 食べますので!」
幼児は引き下がらない。
"異世界"で甘味という贅沢に飢えていたユニオにとって、好きなだけ砂糖や果物をふんだんに使ったスィーツというのはミハルが思う以上に抗しがたい魅力を放っているようだ。
それが想像できて、ミハルは語気を少し弱めた。
「無理して食べちゃ体に良くないでしょ」
「でも……でも……待って。……眠いからちょっとだけ寝てからしゃべる」
「ほら! 血糖値上がりすぎてもう眠たくなってる」
『抱っこして』と言わんばかりに両手を広げてミハルにくっついてこようとしたユニオの目はとろんと緩んでいた。
眠気をこらえるかのように身を揺すってから、持ち直したユニオは両手を振り回して説得しようとしてきた。
「じいじたちが注文してくれればお金が入る! そのお金でもっと食べ物が買える!」
「それは良いですね!」
「ファムは黙ってて」
厨房で皿洗いをしていたファム・アル・フートが口を挟んできたのを片手で制して、ミハルは腰をかがめてユニオと同じ目の高さにした。
「お店のお菓子はみんな美味しい! もっと食べたい!」
「俺だってユニオちゃんが美味しいもの食べてると見るの嬉しいよ?」
「なら良い!」
「……でもうちのお店のものは一番美味しい状態で食べて欲しいんだ」
ミハルが静かに、それでいて熱のこもった口調で語りかけると、ユニオは大きく口を開いて何かを言いかけたのをやめた。
「無理して食べたり、ぶくぶく太るのを気にするようになったり、病気になってからじゃ本当の意味で美味しさは分からないでしょ?」
「……」
「だからこんな無茶なやり方で食べたりしてほしくないんだよ」
ユニオは一瞬だけ頬をふくらませたが、少年の切実な様子を見て徐々に眉をハの字に近づけ、やがてぽつりと言った。
「……ミハルがそう言うならやめる」
「うん、ありがとう」
その様子を見ていたファム・アル・フートが、カウンターの向こうから少しに苦い顔をした。
「ユニオ。どうしてあなたはミハルには割と従順なんです?」
「ユニオは素直な良い子だから」
「素直な良い子はそんなことを自己申告しません」
「「「ワシらはどうなるんじゃ!!」」」
蚊帳の外に置かれていた老人たちが割り込んできた。
「頼むー! 少しずつで良いからユニオちゃんにおごらせてくれー!」
「だからダメだっつの」
「なら営業時間外に外で会わせてくれ! それでレストランでごちそうしたり服や靴を買ってやったり貢ぎたいんじゃ!」
「ますますキャバクラじゃねえか」
ミハルが一顧だにしないので、老人たちはがっくりと肩を落とした。
「とにかくユニオは食べた分痩せなくてはいけません。ミハルに与えられた玩具ばかりではなく、もっと体を動かして遊ぶようにしなさい」
「うん」
「もっと外に出なきゃ。明日はお店はお休みだから、帰ったらいっしょに公園に遊びに行こうか」
「ミハルと一緒に遊びに行く!」
ユニオが喜ぶ横で、女騎士は不思議そうな顔をして聞いていた。
「どうしたの?」
「"現世"では体を動かすのに外出しなければならないのですか?」
「普通運動するときは外に出るだろ」
「でもユニオは遊び相手がいないときは、大笑いながら家の階段を何度も上り下りしていますよ?」
「室内飼いの犬じゃねーんだから」
ミハルが眉間にシワを寄せる一方で、ファム・アル・フートは何か思いついたように目を見開いた。
「良い機会です。ミハルもついでに体を鍛えなさい」
「なんでさ」
「いくらなんでもあなたの体格は貧相過ぎます。子は親に似るものです。屈強な子供を産むためにはやはり父親が強くたくましくなくては」
「馬主みたいな考え方やめろ」
呆れてミハルは口にしたが、ユニオはますます飛び上がって黄色い声を上げた。
「ミハルもユニオと一緒に運動するといい!」
「おう、そうしろそうしろ」
ユニオと祖父まで一緒になって勧めてくる。
結局そういうことになった。
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次の日は天気にも恵まれた気持ちのいい陽気になった。
学校から帰って着替えたミハルも、それに合わせて気分が高揚としてくるような気がした。
「どこ行くの?」
「児童公園。公園って分かる?」
「知ってる! 四つ足の怪物の模型が置いてある!」
「俺が知ってる公園とちょっと違うな……」
ユニオの手を引いて歩きながら、ミハルはもう一方の同伴者へ白い目を向けた。
完全武装の鎧を着込んだ女騎士が、油断なく腰の大剣を鳴らしながらすぐ後ろについてきていた。
「何やってんのお前」
「私が同行するのが何か問題ですか?」
「何だよその恰好は」
「鍛錬に行くのでしょう。ならば鎧を身に付け武器を帯びるのは当然です。動きやすい恰好
で軽業がどんなにできても、戦場に出たとき鎧を着て動けなければ意味がありません。普段と違うからなどという言い訳は敵には通用しないのですよ」
熱弁する女騎士と言い争うのが面倒くさくて、ミハルは黙って視線を外した。
現代日本でそんな負荷をかけたところで単なる自己満足かマゾヒズムの発露としか少年には思えなかったのだが。
「……ここだよ」
「ほう。なかなか良い場所ではないですか」
小高い丘にある児童公園は、遊具は少し古びていたがひろびろとした開放的な場所だった。
追いかけっこだろうと球技だろうとのびのびできる広さで、今日も何人かの女の子がグループで黄色い声を上げてはしゃいでいるのが見えた。
「ユニオちゃんも仲間に入れてもらってきたら?」
「……!」
ユニオは答えの代わりに、黙ってミハルの背中に顔を押し当ててきた。
「やっぱりまだ無理か」
「ユニオ、こっちで体を動かしましょう」
ファム・アル・フートが滑り台のそばの砂場に誘って来た。
「ちょっとちょっと。砂場で砂遊びなんて、ちょっと子供っぽすぎるんじゃ……」
「さあ、ユニオ。かかってきなさい! 組み打ちの訓練です!」
「えっ」
砂場の真ん中で仁王立ちして、ファム・アル・フートは手を広げてユニオに対してそう命じた。
「てや―――っ!」
それに応じて、呆気に取られるミハルを置いてユニオが猛然と走り出した。
身長でも体格でもはるかに上回る女騎士に向けて、勢いよく頭からぶちかましを食らわそうとする。
「まだまだ! それでタックルのつもりですか!」
女騎士は上から肩を押さえつけると簡単に力の方向を逸らして、ユニオを柔らかい砂の上に転ばしてしまった。
「すぐに起き上がる! どうしました、その程度で!」
ファム・アル・フートの叱咤に返すかのように、猫科の獣のような動きで飛び上がったユニオは女騎士の足にしがみついた。
「んー! ん―――っ!」
「そんなことでは敵は参りませんよ!」
倒そうと懸命に腕を引くユニオをあっという間に抱え上げると、ファム・アル・フートは再び幼児に砂場に横倒しにしてしまう。
「む―――っ!」
「そう、その意気です! 戦う意思を見せることが何よりも大切なのです!」
唇をへの字にして再び起き上がって向かって幼児のファイティングスピリッツを女騎士が称賛したところで。
「何やってんだ!?」
「ぐへぇ!?」
追い付いてきた少年のツッコミが女騎士の頭頂部に炸裂した。
そのまま膝から崩れ落ちて、顔から砂場に倒れ伏す。
「ミハル、すごい……!」
自分がどんなにやっても小ゆるぎもしなかった女騎士を一撃で沈めた少年に、砂で前髪を汚したユニオは驚嘆と憧憬の入り混じった表情で固まった。
痛みにこらえながら女騎士は砂場に肘をついて、失態を胡麻化すようにつとめて平静な口調で解説してきた。
「み、見ましたかユニオ。今のが奇襲攻撃の見本です……」
「何言ってんだおまえ! あと、何やってんだおまえ!?」
「私に気付かせるどころか、回避も防御もさせないとは。流石はミハル、一体どこでどうやってそんな戦闘技術を……」
「うっさい! バカ! 虐待だぞお前のやってることは!」
遠巻きに見ていた、縄跳びで遊んでいた女の子たちが一様にぽかんと口を開けているのに気付いて、ミハルは慌てて声のトーンを抑えた。
「だってここは子供用の戦闘訓練場でしょう?」
「はぁ?」
頭を押さえながらよろよろと立ち上がって、女騎士が良く分からないことを言い出した。
「この砂地は受け身に失敗しても、ケガをしないように柔らかく整備してあるではないですか。似たようなものは騎士団の訓練場にもありました。ここは少し狭いですが、子供用には十分でしょう」
「何言ってんの?」
ミハルが顔をしかめるのを意に介さず、女騎士は公園の中央に大きくでんと構えた樹脂製の遊具を指さした。
「あれは足場の悪い山岳戦を想定した訓練場に違いありません」
「単なるかくれんぼする岩山だよ」
「あちらの地面に太い杭を打ち付けたものの上で格闘訓練をすれば、平衡感覚と跳躍力を養うのに最適でしょう」
「ただのアスレチックだっつの」
公園という子供の遊び場を整備するという発想が女騎士にはどうしても理解できないらしい。
恐ろしく剣呑な想像入りの解釈を加えて、女騎士は設備を見渡した。
感心したようにこくこくとうなずく。
「単純に見えてなかなか合理的に考えられた施設です。ここで適切な鍛錬を積めば子供でも立派に神々のために戦う戦士へと成長することでしょう」
「児童公園をテロリストの養成キャンプみたいに言うのはやめろ」
苦み走った顔でミハルはつぶやいた。




