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16話 異世界流ダイエット術教えます(3)

次の日。

学校の授業を終えたミハルと、同伴するファム・アル・フートが喫茶店に顔を出すと、笑顔のユニオが出迎えてきた。


「いらっしゃいませー!」

「お、ちゃんとあいさつできて偉いぞ」


 ユニオがはにかみながら黄色い声を上げたので、釣られてミハルもつい笑ってしまう。

今日はミハルもバイトのシフトの日なので、カウンター席の祖父に声をかけてから店の奥で準備をした。

といっても着替えてエプロンをつけるだけだが。


「ユニオもこれつけたい」


 ミハルのエプロンの端をつまみながらユニオがそんなことを言い出した。


「エプロンの予備ならまだあるけど、サイズがないなぁ……」

「今度私がユニオ用に詰めて直してあげますよ」

「本当!? ファムさまありがとう!」


 ファム・アル・フートが軽く請け負い、ユニオが目を輝かせた。

その様子を見てミハルは自分の懸念が杞憂だったことに安心したが、一応確認しておくことにした。


「ユニオちゃんはお客さんが来たらどうするの?」

「えっとな、まずはこれ運んで渡す」


 ユニオが席のテーブルに身を乗り出すようにしてメニュー表をつかんだ。


「あとお水グラスに入れて運んで、お客が食べたいものが決まったらじぃじかミハルに教える。それで何食べたいか聞いてもらう」

「なるほど」


 注文を取らせないならトラブルの種にもならないだろう。この程度ならユニオにさせておいても安心そうだ。


「あとお客の前では言葉使いは丁寧にする」

「うんうん、良いことだね」

「それからお客は叩いちゃダメ」

「……叩いたの!?」


 ミハルが愕然としたとき、ドアに取り付けられた小鈴が音を立てた。


「あ、いらっしゃいませ」

「ユニオちゃんおるかの?」


 挨拶もそこそこに、店内に入って来た老人が開口一番切り出した。

祖父の古い友人で店にはしょっちゅういついている常連客だ。大きな眼がギョロリと店の中を見渡した。



「じいちゃん、こんにちは。今日も来たな?」

「おう。ユニオちゃんに会いたくてまた来てしもうたわい!」


 ユニオがメニューとグラスを持って近づくと、ギョロ目の老人は顔をくしゃくしゃにして笑った。

テーブル席についた老人に、ユニオは身を乗り出すようにして尋ねる。


「何食べる?」

「そうじゃな……。ブレンドコーヒーとイチゴのタルトにしようかのう」

「ミハル―! じいちゃんが注文だって!」

「はいはい」


 普段は好まないはずの甘いお菓子を頼んだ常連の注文に軽く小首をかしげながらも、ミハルは伝票に注文を書きこんだ。

ユニオがかわいがられていることが嬉しくてあまり深くは考えず、カップと小皿を用意する。


「ユニオが運ぶ」

「大丈夫、できる?」

「ユニオちゃんが良いのぅ!」


 客がテーブル席から声をかけて加勢してきたので、ミハルは少し心配だったがユニオにお盆を渡した。

多少危なっかしい足取りだったが、ユニオはテーブルまで無事に運ぶことに成功する。


「おう、これこれ……。うむ、ユニオちゃんが運んでくれたコーヒーは美味いのぅ!」

「じいちゃん、お菓子もあるよ」

「……おぅ、忘れておった。甘いものは医者に止められておってのぅ」

「あー、それは残念な……」


 イチゴのタルトに手をつけようとしない老人に、ユニオは悲痛に顔を曇らせた。


「だから代わりにユニオちゃん、食べてもらえんかのぅ?」

「分かった!」


 言ったが早いが、ユニオはフォークを手に取ってタルトに突き刺した。

硬いパイ生地に手こずったものの、口元に運んでぼりぼりとかぶりつく。


「美味しいかい?」

「甘くてサクサクしてる。すごくおいしい! じいちゃんありがとう!」

「そうかい。そりゃあ良かったのぅ……!」


 常連客は心から嬉しそうにギョロ目を細めた。


「…………」


 カウンターからその様子を見ていたミハルは、愕然とした。


「ちょっと、おじいちゃん? 良いの、あれ?」

「本当は良くないけど……」


 祖父が言葉を濁した。


「止めた方が良いんじゃない?」

「だが、俺にも気持ちは分かるんだ」

「気持ち?」

「みんな、かわいい女の子の孫をかわいがりたいんだよ……」


 祖父がそうしみじみと口にした瞬間、再び喫茶店のドアが開いた。


「いらっしゃ……」

「ユニオちゃんは今日も来ておるんか?」

「おうユニオちゃんじゃ! 今日もめんこい恰好じゃ!」


 また祖父の古い友人たちだった。

小柄だがまるまるとしたダルマ体型のヒゲの老人と、背の高い前歯の一部が欠けた老人が、同時にユニオを見てにんまりと笑った。


 慣れた様子で勧められるテーブル席に相席したヒゲとのっぽの老人は、やきもきするようにしてメニューを待った。


「メニューとお冷でござ……」

「「ユニオちゃんに来て欲しいんじゃ!」」


 近寄ったファム・アル・フートが普段通りメニュー表と水を手渡そうとすると、二人の老人は切実に訴えだした。


「ユニオちゃん。ご指名だよ。3番テーブルに行ってあげて」

「分かった! じいちゃん、また後でな」

「ああ、ユニオちゃん行っちゃうんかのう!?」


 祖父の指示を受けて、悲痛に顔をゆがめるギョロ目の老人に小さく手を振ってからユニオは新しい客のテーブルへと歩き出した。


「いつの間にこんなキャバクラみたいなシステムができてたんだ……」


 憮然として突っ込むミハルを無視して、ユニオが置き直したメニューとグラスを見て老人たちは年がいもなくはしゃぎ出した。


「ユニオちゃんにもらったお冷は美味いわい!」

「ユニオちゃん、どのお菓子が美味しいんじゃ?」

「じぃじが作ったものは全部おいしいの!」

「おう、すまんかったんじゃ……」


 何故かユニオの顔をうかがいながら、ヒゲとのっぽの常連は注文を決めた。


「ゴルゴンゾーラとイチジクの赤ワイン煮入りクレープに、アイスクリームとマカダミアソースのパンケーキ……?」


 ファム・アル・フートが伝票に書き込んだあまりにも女子向けな注文に、ミハルは老人たちに遠回りな自殺願望でもあるのかと疑った。


「まあ、出せって言われたら出すけど……」

「早く頼むわい!」

「ユニオちゃんに運んで欲しいんじゃ!」

 

 こんなにエネルギーに満ちた常連の姿を見るのは初めてだ、と思いながらミハルはスイーツを用意した。


「じいちゃんたち、お待たせ!」

「おう、美味そうじゃなぁ……」

「しかしワシ、今日は腹の調子が悪くて脂が多いものはどうもハシが進まんわい……」

「そうじゃ、ワシも歯が痛んで冷たいものはいかんかったんじゃ」

「ではなぜ注文されたんです?」


 ファム・アル・フートの指摘をシカトして、二人の老人はテーブル席の空いた椅子を引き出したりナプキンを用意したりいそいそと動き始めた。


「だからユニオちゃんに代わりに食べてもらいたいんじゃわい」

「こっちに座ると良いんじゃ」

「おまかせください!」


 ちょっと苦労して椅子に上がったユニオが、自分で運んだままのクレープとケーキをぱくぱくと口に放り込み始める。


「ユニオちゃんが美味そうに食べておるのを見ると、こっちも嬉しくなってくるわい」

「全くじゃ、ワシらの寿命も伸びてきそうな気がするくらいじゃ!」

「おい、お前さんたちばっかズルいぞ! ワシも相席してユニオちゃんが食べておるところ見たいのぅ!」


 最初に来たギョロ目の客まで席を移動して、老人たちはデレデレとユニオがお菓子にぱくつくところを鑑賞し始めた。


「ちょっとおじいちゃんたち、何やってんの!?」


 ようやくユニオが夕食を食べたがらなかった理由を把握して、ミハルは血相を変えてテーブル席へと駆けこんだ。


「わ、ワシらはスィーツを注文しただけじゃがのぅ?」

「そうそう、食べ残しをユニオちゃんに食べてもらっておるだけじゃわい」

「こら、手付かずのスィーツと呼ぶんじゃ!」

「何の話してんの!?」


 つべこべと言い訳を始める老人たちにミハルが目を剥いている横で、ファム・アル・フートが立たせたユニオの脇の下へ手をやって抱き上げていた。


「……ユニオ、あなたちょっと太ったんじゃないです!?」


 重さを確かめた女騎士が驚いて眉を跳ねあげた。


「大丈夫、ユニオはまだたくさん食べられる!」

「ダメです! 不道徳ですし、お菓子ばかりで健康にもよくありません! 禁止します!!」

「「「「え――――――っ!?」」」」


 ユニオと老人たちが一斉に声を上げた。


「そんな殺生な……」

「生い先短い老人の楽しみを奪う気か!」

「生きる望みをなくした!」

「申し訳ありませんが、決定事項です」


 老人たちの抗議を無視して、ファム・アル・フートは色紙にマジックで何か書き始める。


「貼り紙をしておきましょう」


【ユニオに食べ物を与えないでください】とでかでかと書かれた色紙が掲示用にコルクボードに張り出された。


「おい。動物園じゃないんだぞ」


 流石にミハルもこれには眉をひそめた。

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