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16話 異世界流ダイエット術教えます(1)

 授業が終わった。


友人たちの遊びの誘いを軽く断って、ミハルは一人で家路についた。


「バイトの日なんだ」


と言い訳したのだが、本当は中間テストが近かったからだ。


家に帰って勉強すると言ってがり勉だと思われるのが嫌だったのである。


(まさかお店に来たりはしないだろうな……)


 などと思いながら、通学鞄を背負った安川ミハルが校門を出たところで。


「―――ッ!」


 街路樹の向こうから、いきなりミハル目がけて小さな影が走り寄って来た。


「うわっ!?」


 驚きに思わず身をよじったところで、影の主が腰の辺りへしがみついてくる。

何事かと目を見開くと、丸い目を真っ赤にした幼児が少年を見上げていた。


「ミハル―――!」

「えっ!? ユニオちゃん!?」


 ユニオだった。

ミハルが下校するまで待ち構えていたのが、学校を出入りする人の目が怖くて木の陰に隠れていたらしい。


「一人で来たの? ファムは?」

「用事ができたって異世界(アルド)に行った」

「あぁ……それならお留守番してればよかったのに」

「ミハルが泣いてないか心配だから来た!」


 今にもこぼれそうな涙をまぶたの内側いっぱいに溜めて、ユニオはぶんぶん首を振った。

苦笑しながらミハルが幼児の手を取ると、鼻をすすりながらユニオは体を離してまっすぐ立った。


「……帰ってテレビ見る」

「はいはい」


 手をつないだまま連れだって歩き出す。

時折周りの下校中の生徒から奇異の目で見られたり、くすくす笑われたりしたが、手を離そうとは思わなかった。

指を引っ張ってくるユニオの手からは温かさと一緒に必死さが伝わってくるようで、そのことがミハルの気を大きくして羞恥心が入り込まないようにしているようだった。


(何か……ちょっと良いなこういうの)


 ついつい顔がほころんでしまった時、ユニオが顔を上げて耳をそばだてていることに気付いた。


「? どうしたの?」

「何あれ!」


 幼児が指さした方向に目をやると、パステルカラーに塗装されたアイスクリームの移動販売の車が停まっていた。

店員がアイスクリームをよそう前で、で数組の学生が駄弁っているのが見える。


「ああ、車でアイスクリーム売ってるんだよ」

「アイスクリームって何?」

「えーと……食べたことない? 牛乳が材料の氷菓子って言えばいいかな……」

「何それ!?」


 ユニオが、未知への好奇と期待の光に満ちた目でミハルを見上げてきた。


「……食べてみる?」

「食べる!」


 ぱっと顔を輝かせたユニオに手を引かれるようにして、アイスクリーム屋へと向かっていく。


「えーと……バニラ二つください」


 硬貨を数枚手渡すと、すぐにコーンに乗せられた白くて丸いクリームが出てきた。


「冷たいから気を付けてね」 


 穴が開くほど氷菓子を凝視するユニオにカップを手渡す。

まだ警戒心が残っているのかユニオはおずおずと口を近づけたが、思い切って舌でひとなめした。


「――――――!!」


 反応は激烈だった。

ユニオは『信じられない』と目を見開いてアイスクリームとミハルの顔とを見比べた後、猛然とクリームにかじりついた。


「あはは……。美味しい?」


 見事な食べっぷりに自分のアイスを食べる気も削がれて、ミハルは尋ねた。

唇の周りをべたべたに汚したユニオが大きくうなずく。


「甘い! すごい甘い! あと……甘い匂いがする!」

「甘いしか言ってないよユニオちゃん」

「あれ! あれと同じくらい甘い!」

「何と?」

「バニップの脳みそと同じくらい、甘い!」

「ごめん味が想像つかない……」


 ユニオはそのままアイスクリームにかぶりつくと、コーンの先まで一息に噛み砕いてしまった。

指に残ったコーンの欠片まで惜しそうに綺麗に舐めとって、ようやく一息つく。


「美味しかったぁ……。ごちそうさま!」

「どういたしまして」

「……」


 満足そうに嘆息したユニオは、ミハルの手に手付かずのアイスクリームが残っていることに気付いた。

視線が釘付けになったまま、外から見てもはっきり分かるくらいごくりとその喉が鳴った。


「……」

「えっと、欲しいの?」

「ちがう!」


 慌てて手を振ってユニオが打ち消す。


「ファムさまが言ってた! 人が食べてるものを欲しがっちゃダメ!」

「そうなんだ……アイツ結構厳しいなそういうところ」

「……でもミハルが欲しくないなら、ユニオが片づけてあげる!」

「あ、はい。お願いします」


 ミハルが自分のを手渡すとユニオは両手で受け取った。


「捨てるのがもったいないからな!」

「う、うん。そうだね……」


 歓喜を隠し切れない様子で、ユニオはアイスクリームに唇を寄せた。



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 ……それからというもの。

ユニオは毎日ミハルの下校時間に現れるようになった。


「ミハル! 迎えに来た!」


 いつぞや街路樹の陰で泣きそうになっていたのが嘘のように、上機嫌そのものの顔で走り寄ってくる。

手をつなぎながらミハルは苦笑いした。


「ユニオちゃん、実は買い食い目当てでしょ?」

「違う。ミハルが心配で来た」

「本当に?」

「本当!」


 と言いつつ、ユニオは普段の通学路とは違う表通りの方へミハルの手を引いてきた。


「あれ? どっち行くの? そっちは遠回りだよ?」

「でもこっち通って帰る」

「どうして」

「こっちが良い!」


 ミハルが不思議に思いながら付き従うと、その理由はすぐに分かった。


「ミハル、あれ何!?」


 大通り沿いの店舗のうちの一軒、新装開店したタコ焼きを指さしてユニオは口を開いた。


「あれは……タコ焼き屋さん」

「タコ焼きって何?」

「えーと小麦粉を水で溶いて、タコとか生姜とか入れて焼いたもの?」

「タコって何?」

「え、知らないの?」


 そう言った後で、そもそも"異世界"に生息する生き物がこの世界と同一なのだろうかとミハルは内心で疑問に思った。


「どんな味がする? どんな見た目? 高い? 安い? 毎日食べるもの?」


 顔を輝かせながら矢継ぎ早に質問を浴びせられて、ミハルは逃げられないことを悟った。

 

「……食べてみる?」

「お付き合いします!」


 ここぞとばかりに良い返事をするユニオに手を引かれながら、ミハルはポケットの中の財布に手を伸ばした。


 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 ……一週間後。


「おじいちゃん、バイトのシフト増やして」


 自宅で新聞紙を広げていた祖父に、ミハルは頼み込んだ。


「どうした、いきなり」

「ちょっと懐がさびしいんだ」

「……お前、イジメでカツアゲでもされてるんじゃないだろうな?」


 祖父は不審げに眉を潜ませた。


次回は24日夜に追加します。

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