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15話 発覚! 女騎士の弱点(4)

 信号の色が変わったのを見て、ユニオは指さして声を上げた。


「青になった!」

「うん、行こうか」


 スーパーからの帰り道である。ミハルの横に並んで、ユニオは横断歩道の白い部分だけを踏んで渡った。


「青にならないと渡っちゃダメ! な!?」

「そうだよ。ユニオちゃんもこっちに慣れてきたねぇ」

「買い物袋、ユニオが持ってやろうか?」

「いえ結構です」

 

 卵とせんべいの入った買い物袋をミハルはかき抱いた。


「ユニオ強いから持てる」

「強い? ……いや、気をつけないと割れちゃうから」

「あー、弱点な」

「ちょっとニュアンスが違うな……」


 小さく苦笑してから、ふぅと息をついて少年は少し疲れた顔をした。


「そういや結局ファムの弱点って分からずじまいだったなぁ」


 もう過ぎてしまったこととはいえ、結局女騎士の弱みを探し出せなかったことは微かなしこりのように胸の奥に不満として残っている。

ミハルの様子を見て、ユニオは目を輝かせた。


「ファムさまは強い! 怖いものなんかない!」

「そうなの?」


 どうやらこの幼児も弱点については知らないようだ。いよいよミハルは諦観を強めた。


「ユニオも強いよ。 怖いものはない!」

「そうなんだ」

「今度虫が出てきたらミハルのこと守ってやるからな」

「う、うん。ありがと……」


 7歳の女の子が両手でぐっと力を込めて請け負ってきて、ミハルは顔をひきつらせた。


 そんな話をしているうちに、車の交通量が多い街道沿いを離れて住宅に囲まれた生活道路へ入っていった。

ニコニコととりとめのない話をしていたユニオの顔から、急に笑みが失せていった。


「? どうしたの?」


 少年の問には答えず、ユニオは鉄柵で玄関前を覆ったある一軒家に視線の自由を奪われていた。

先刻までの快活さが嘘のように、そっとその手がミハルの手を探し求めた。


「……手つなぐ」

「え」


 買い物袋を持っていない方の手を結構な力で握られて、ミハルは少し驚いた。


「どうしたのユニオちゃん、急に甘えん坊さん?」

「……がいる」


 沈んだ声でユニオがつぶやく。


「なに、どうしたの?」

「……モウジュウがいる」

「猛獣?」


 ユニオが青ざめた顔でそう言った瞬間。


「ワン! ワン!!」

「わっ」


 鉄柵を乗り越えんばかりの勢いで、黒い大型犬が飛び出してきた。

体重30キロはあるだろうか。骨太い頭に垂れた耳、そして丸目をらんらんと輝かせて、夢中で尻尾を振っている。

鉄柵の隙間から鼻づらを突き出して、長い舌でしきりにまばらなヒゲの生えた口元を舐め始めた。


「いつもびっくりするよね、ここの犬。人なつっこいんだけどさ」


 言いながらミハルが振り返ると、ユニオはぴったりと少年の背中に貼りついていた。


「……えっ、どうしたのユニオちゃん?」

「大丈夫だ、ミハル! ユニオがついてるぞ!」


 少年の服を顔を埋めたまま、ユニオはもごもごと叫んだ。

勇ましい言葉とは裏腹に、絶対に顔を上げようとしないとでも言わんばかりに指先が白くなるくらいの力で裾をひっつかんでいる。


 ちょっと考えてから、ミハルは思い立った意外な事実を口にしようとした。


「ユニオちゃんはもしかして犬が怖」

「ミハルは弱いからユニオが守ってやる!」


 少年が言い終わらないうちに幼児は大声を被せた。


「ユニオがついてるから心配いらない!」

「そうなの?」

「だから安心して先に進め!」

「あ、はい。分かりました……」


 しつけのなってない犬が吠え立てる門前を、幼児を引きずる不自然な姿勢のままミハルは進んでいった。



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 ……翌日。


「それで昨日ユニオちゃんが怖がっちゃってさぁ」


 昨日と同じ生活道路を、今日は女騎士と連れだって少年は歩いていた。ユニオは珍しく家に帰っていた祖父の相手をしている。


「全くあの子ときたら、気弱なくせに口だけは勇ましいから困ったものです」


 芋を満載した買い物を抱えて、ファム・アル・フートは軽く肩をすくめた。


「それで何をそんなに怖がったんです」

「え、犬だけど」

「……なんですって」


 鉄柵のついた門扉で玄関前を覆った一軒家を前にして、ファム・アル・フートが足を止めた。 


「別に噛みつく訳でもないのに犬が怖いなんてさ、ほんっとかわいいよな」

「……ミハル。犬の脅威を軽く考えてはいけません」

「え」


 大真面目に柳眉をまっすぐにして、女騎士は朱唇をきりりと引き締めて喋り始めた。



「犬は群れの序列の中で常に人間の上を行こうとします。弱みを見せればどういう態度に出るか知れたものではありません。病気を媒介しますし、噛まれれば傷口は膿み、腐り、最悪死に至ります。決して油断したり甘く見たりしてはいけないのです」


 普段より早口でそう一気にまくしたてられて、少年はぽかんと目を丸くした。


「ですから」

「だから?」

「手をつなぎましょう」


 女騎士が手を差し出してくる。

人が近づく気配に気づいたのか、鉄柵の向こうで黒い犬が駆けて近寄ってくるのが分かった。

長い鼻づらを鉄柵の間から出して、甘えの混じった甲高い鳴き声を上げる。


 女騎士は額から脂汗を流しながら、差し出した手を微かに震わせていた。


「さあ、恥ずかしがらないで!」


 その声が恐れと緊張にひび割れているのに気付いた時。

少年は唖然として―――女騎士の爪先から頭のてっぺんまで視線を往復させたのち―――ぽつりと言った。


「…………おまえもなの?」

次回は土曜日夜8時に追加します。

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