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15話 発覚! 女騎士の弱点(3)


・女子が苦手なものランキング3位 【幽霊】

 


「流石に幽霊は用意できないから、怖い映画借りてきた」


 レンタルショップのパッケージを取り出しながらミハルは息巻いた。

ホラー映画など借りた経験はなかったが、とりあえず有名そうでパッケージがおどろおどろしいのを選んできたのだ。


「もう諦めたらどうです?」

「いいや、思いつくことは全部やるぞ!」


 茶の間のテレビにつないだプレイヤーに円盤を入れ込む。

すぐに暗いメニュー画面が大写しになり、おどろおどろしい音楽が流れだした。


「何が始まるんです?」

「映画って言って……何回も見られるお芝居の映像版みたいなもんだよ」


 簡単なことの説明って難しいな、と思いながらミハルは答えた。


「ほう、自宅で観劇できるとは便利ですね」

「だろ」

「しかし舞台というのは劇場の建物の雰囲気や失敗できない俳優の緊張感というものも加味した総合芸術でしょう。何度もやり直しできる形で身近に消費するというのはちょっと醍醐味を損なうのでは……」

「本当に面倒くさいなおまえ!」


 女騎士から芸術論をぶちあげられて思わず少年は顔をしかめたが、気を取り直してリモコンを手に取った。


「いいか、最後まで見るぞ」

「はいはい、お付き合いしますよ」

「飲み物もちゃんと用意したからな。ジュースとお茶」

「はい」

「お菓子もあるぞ」

「はい」

「トイレに行きたくなったら一時停止するからすぐ言えよ!」

「分かりました……あなたこういうことには勤勉ですね」


 茶の間の真ん中の座布団ふたつに、ミハルとファム・アル・フートは並んで座った。

再生ボタンを押そうとして、ミハルはふとあることに思い至った。


 これはいわゆる『おうちデート』というやつではないのか。

くつろいだ空間で男女が親しく手をつなぎながら好みのペースで恋愛映画を見たり、おしゃべりをしたりするというやつ。

今やろうとしているのは少年の復讐を兼ねた弱点探しで再生を待っているのは人が死にまくるホラー作品だが、おおざっぱに言えば同じ行為と言えなくもない。


「どうしたんですか?」

「う、うるさいな」


 はたと固まってしまった少年は、慌ててボタンを押し込んだ。

オープニングが終わらないうちに少年はとなりの女騎士につぶやいた。


「……途中でやめるのはナシだけど、おしゃべりはかまわないからな」

「良いんですか?」

「良いの。自分の家なんだから……」


 口ごもりながら言い切って、少年は画面に集中した。



 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


『キャアアア――――――!!』


 断末魔の悲鳴。不吉な轟音。揺れる暗いフレームの中。

再び画面が明るくなったとき、映し出されたのは捨てられた人形のようにぶらんと鉄柵に垂れ下がるヒロインの姿だった。

もの言わぬ死体の冷たい死相がアップになる。


「ひぇぇぇ……!」


 座布団を頭の上にかぶせて、涙目になったミハルは目をつぶってしまった。


「嘘、この人も死ぬの……!?」


 映画は陰謀で孤島に閉じ込められてしまった男女十数人が、島に巣食う悪霊によって次々と惨殺されていくという筋書きだった。

主人公かと思われたリーダー格の二枚目俳優がまず最初に殺されてしまい、続いて重要そうな人物から順番に姿を消していく衝撃的な内容である。


 現在再生されているのは、黒幕っぽい孤島のオーナー、事情通らしい島の管理人、胡散臭い除霊師、解説役の眼鏡に続いてメインヒロインが退場するシーンだった。


 ショッキングな死亡シーンの連続で、ミハルはすっかり参ってしまっていた。

それでも『もう見るのをやめよう』と言い出さないのは男の子としてのプライド……というより、隣に座った女騎士への最後の意地と言ってよかった。


「? いったい今、何が起こったんです?」


 その横で、背筋をぴんと伸ばしたままファム・アル・フートは怪訝げな声を上げた。

どうも話についていけていないらしい。

恐怖や驚きというよりも戸惑いの色が強いその顔色を見て、ミハルは自分の頭に血が上るのを感じた。


「だからヒロインの女の人が悪霊に取り殺されて死んじゃったの!」

「どうしてです?」

「黒幕っぽいオーナーと、事情通っぽい島の管理人と、解説役の眼鏡の言うことを聞かずに悪霊の発信源の禁断の森に入ったからだよ!」

「その忠告した人たちはどこです?」

「全員もう死んだよ!」


 言っている間にテレビのスピーカーから更に悲鳴が聞こえてきた。


「あ。 また誰か死にましたよ」

「ひっ!」

「あれ、あの男はもう殺されていませんでしたっけ?」

「似てるけど違う人だよ! 今死んだのは主人公っぽい男の従姉妹の義理の父親で、崖から落ちて死んだのは主人公っぽい男のはとこの奥さんのおじさん!」

「人間関係が複雑過ぎて、感情移入するのが難しいですね……」


 画面を見ながら女騎士は難しそうな顔をしている。

自分だけがホラー映画の内容に怯えているという構図がミハルの癇に触った。


「怖くないのかよ、こんなに人が死んで、血もビュービュー出てるのに!」

「まず悪霊に殺されるというのが非現実的過ぎます……それにその、荒唐無稽過ぎて……。本当に怖いのですか、これは」

「怖いよ! めちゃくちゃ怖いよ!」

「ミハルは想像力が豊かなんですね……」

「何その上から目線! ム、むかつく!」


 女騎士と自分との間にある温度差に、涙目のミハルは身をよじらせて憤激したが、ファム・アル・フートの乏しい理解を埋める方策など思いつくはずもなかった。

 

「と言ってる間に、生き残りはほとんどいなくなってしまいましたね」

「ああどうなるんだろう、あとはおっさんの警察官とアメフト部のキャプテンとバカなカップルしか残ってないのに……! こんなの絶対全員死ぬじゃん!」

「ミハルは詳しいですね」


 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 映画は結局、最後の最後に悪霊が復活するといういかにも続きがありそうな形で幕を閉じた。


「……ぐすっ」


 涙目になったミハルが円盤をケースに戻していると、座布団を片付けながらファム・アル・フートがさして感銘を伴わない声で言った。


「面白いお芝居でした」

「いいよ気を使わなくて」 


 後始末をしてレンタルショップのパッケージを座卓の上に放り出すと、ミハルはむくれて座りこんでしまった。

ファム・アル・フートは小さくため息をつくと、とりなすようにその隣に座った。


「ごめんなさい、謝ります」

「……何だよ」

「配慮が足らないことをしました。弱虫と笑ったことには謝ります。ですから機嫌を直してください」


 なだめるような女騎士の声を聴いていると、変に意地を張って無理矢理弱点を探り出そうとした自分の行いがさも器の小さいことのように思えてきた。

それが恥ずかしくて、ぷいと顔を背けてしまう。


「……いいよ、自分が弱虫なことくらい知ってるさ」

「ミハル。へそを曲げないでください」

「違うよ、それだけじゃなくて……なんというかその、や、やり返したいっていうだけじゃなくてさ」


 ぽつぽつと自分の気持ちを口にしようとするうち、だんだんと漠然としていた思いが形になっていく気がした。

これまでは報復感情に隠れて見えなかったが、女騎士の弱点を知りたいと思ったのはそれだけが理由ではない。


「俺おまえのこと全然知らないんだもん」

「……」

「だからさ、苦手なものくらい知っときたいと思ったんだよ。おまえ、俺の前じゃ弱みとか辛いこととか見せようとしないだろ」


 弱い理由だし、言い訳のようにしか聞こえないなと自分でも思ったが、紛れもなく本心だった。

しかし口にしたら途端に意気地なしの性根が顔を出してくる。

どう思われただろうと怖くなって、おそるおそる目を向けると。


 女騎士は笑うでもなく、軽蔑した風でもなく、静かに朱唇を開いた。


「怖いものならともかく……恐ろしいことならありますよ。私にだって」

「な、何?」

「あなたに嫌われることです」


 大真面目に言われて、少年は耳まで真っ赤になった。 


「だってもしそうなったら、私は愛のない相手と結婚しなければならないではないですか!」

「……」

「そんな家庭で産まれ育った子供が将来どんな大人に育つか……ああ、考えただけで恐ろしいです!」

「おまえって本っ当自分のことしか考えてねーのな……」


 がっくりと肩を落とすミハルの気も知らずに、ファム・アル・フートはぱっと何か思いついたように目を見開いた。


「もう一つありました」

「何?」


 わざとらしくしなをつくって、女騎士がうわずった声でのたまい始める。


「た、例えばもし夜中に年下の男の子が寝所に押し入って来て、無理矢理手籠めにされたらとても怖いなーって……」

「……」

「それでもしそのまま妊娠してしまったりしたら……ああ、なんて恐ろしい!」

「まんじゅう怖いやってんじゃないよ」


 ちらり、と自分を見てくるファム・アル・フートに向けてミハルは呆れて言った。

ミスって前の話が新規保存のままになっていました、申し訳ない……。

次回は明日朝7時に追加します

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