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15話 発覚! 女騎士の弱点(2)

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「まずは情報収集からだ……」


 必ず弱点を見つけ出してやる。そして恐怖の対象に慌てふためく状況を作り出し、その痴態を思う存分笑いものにしてやるのだ。

暗い復讐の炎に胸を焦がしながらミハルはスマートフォンを取り出した。

嬉々としてインターネットアプリを立ち上げる。検索エンジンにいくつかの単語を入力すると、すぐに望みの情報の一覧が表示された。


「何々……? 女子の苦手なものランキング……?」


 異世界の女騎士だろうとこの世界の女性だろうと、同性なら考え方は似通った部分はあってもおかしくない。

現にファム・アル・フートは大師堂マドカとウマが合うようだし、気脈が通じるなら共通した苦手なものくらいあるはずだ。

そう考えて少年は熱心にサイトの中身を読みふけった。


・女子が苦手なものランキング1位 【災害・家事・事故】


「なるほど……」


 画面を見てミハルはうなずいた。これが恐ろしくない人間などいないだろう。何しろ生命と財産の危機である。

早速用意に取りかかる。

天災や火災を再現することはいくらなんでもできないが、要は女騎士がそう思い込めば良いのだ。


 なるべく音を立てないように気をつけながら、こそこそと廊下を進み台所の様子をうかがう。

芋の皮剥きを終え、女騎士はしばしテーブルにかけて休憩しているようだった。向かいにはユニオが座って相手をしている。


「ユニオは男の人のヒゲはどの部分が素敵だと思います?」

「良く分かんない」

「私はやはり長く伸びたアゴヒゲが一番だと思うんですよねぇ……。丁寧に手入れをしてまっすぐ豊かなヒゲが一番です」


 肘をついた女騎士は陶然とした顔をしていた。


「ああでも口ヒゲも野性的で素敵です。アゴヒゲも捨てがたいですねぇ。ミハルに早く生えて来れば私が毎朝整えて上げますのに……」

「…………」


 一体何の話をしているのだろう。

がっくり肩を落としかけたところで、ミハルは慌てて自分の目的を思い返した。

すぅっと息を吐いて、肺活量一杯の大声を出す『溜め』を作る。遠慮や手加減をしてはダメだ。脳のリミッターを外して、非常時に出す声を再現しなければ。



「火事だ――――――ッ!」


 台所に飛び込みながら叫ぶ。我ながら完璧な演技だった。


「何ですって!」


 女騎士と幼児が血相を変えた瞬間、少年は自分の勝利を確信した。


「た、大変です! 大事なものを運び出さないと!」

「やー! やだ! 燃えちゃう!」


 ユニオが台所から飛び出していくのを半身になって避けて、ミハルは台所の出入り口から女騎士の様子を注視する。

テーブルから離れて、慌てて台所の中を右往左往するファム・アル・フートの様子を見てほくそ笑む。


「そ、そうです! これがありました!」


 ほれ見ろ、やはり怖いものに直面したときは女騎士だって醜態を晒すではないか。

何を思ったか両手を開いて冷蔵庫に取りつき始めた彼女を見てミハルは内心でそう思った。

火元に氷でも投げ込もうというのだろうか、とせせら笑う。


 ……しかしちょっとこれはやり過ぎたかもしれない。

額に脂汗を浮かべた女騎士に近づいて、『嘘だよ』と打ち明けてやろう。そう満足しかけたミハルが近寄ったところで。


「どっせ―――い!!」

「えぇぇ……!?」


 女騎士はやおら膝を下ろすと、自分の身長とほぼ同じ高さの大型冷蔵庫を腕力だけで床から持ち上げた。

両腕で保持したまま後じさりして、電源ケーブルやアースの線をぶちぶちと引き外していく。


 呆気に取られるミハルに向かって、振り返った女騎士は短く叫んだ。


「ミハルはユニオを連れてきてください!」

「どうすんの、それ!?」


 冗談のような光景に、逆にミハルの方が混乱してどうすれば良いのか分からなくなった。


「この魔法の食糧保存箱は私が外に運び出します!」

「ちょ、待て! 違う、火事なんか起きてない!!」


 流石に重い足取りながらも冷蔵庫を抱えて本当に台所を出て行ってしまう。

慌てて女騎士を追いかけようと廊下に出たところで。


「んーしょ、んーしょ!!」

「あいたっ!」


 おもちゃの入った段ボール箱を抱えきれず、後ろ向きに引きずって廊下を進んできたユニオが膝にぶつかって来た。


「ミハル邪魔!」

「あ、ごめんねユニオちゃん……! って、違う! 違うの、ごめん俺が悪かった!! 嘘なんだよ!」

「えぇ……!?」


 耐えきれず叫んでしまう。

…………もちろん後でこっぴどく怒られた。



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 ・女子が苦手なものランキング 2位 【爬虫類】



「今更あいつがこんなものを怖がるとは思わんが……」


 諦めきれず執念深くランキングサイトの画面をのぞき込みながら、ミハルはつぶやく。

何せ野原のヘビを手づかみで捕まえてスープに調理していた女である。ウロコがあるものは全て食材認定していてもおかしくはない。

と思いつつミハルはスマートフォンでなるべくショッキングな爬虫類の画像を探し求めた。何事も試してみなければ結果は分からない。


 報復感情とは不思議なもので、内向的な普段とは打って変わって少年の心は実にエネルギッシュに女騎士が嫌がるものを探し求めていた。


「うわっ、気持ち悪」


 眉をひそめながら、爬虫類の情報サイトや飼育記録のサイトを次々と開いては閉じてを繰り返していく。


「うぉ、これはなかなかすごいな」


 ミハルが結局見つけ出したのは、大人の身長ほどもあるオオトカゲの飼い主の日記ブログだった。

特定生物としての役所への届け出から始まって、飼う環境の整備にエサの用意に掃除や安全対策など、とてもペットを飼っているようには見えなかった。

痛々しく血のにじんだ皮膚の写真まで載っていた。これはもう猛獣の飼育記録といった方が適切だろう。


 ミハルにはとってはオオトカゲの感情を感じさせない目や腐臭が漂ってきそうな四角い口元、鋭く伸びた爪には嫌悪感しか感じないのだが、それが魅力という人もいるのだろうか。

とにもかくにも女騎士相手に見せてみることにした。


 部屋から出て、ファム・アル・フートを探す。その姿は廊下ですぐに見つけることができた。


「ファム、ちょっと見てくれる?」

「何です?」


 掃除をしていたファム・アル・フートに声をかける。

今時フロア用ウェットシートも掃除機も使わずに、ホウキで屋内を掃除しているやつは珍しいだろうな……。

などと思いながらスマフォの画面を見せた。


「オオトカゲだって。怖くない?」

「…………」


 ファム・アル・フートはホウキの柄を手にしたまま、じろりと画面を見た。


『キャー! こわーい! そんなもの見せないでください!』


 ……などという反応は流石にもう期待してはいなかったが、無表情で押し黙られたことにミハルはちょっとがっかりした。

もう少し驚くなり気味悪がるがってくれた方が可愛げがあるというものだ。

諦めて手を引こうとしたところで、女騎士はぐいと頭をかがめるようにして画面を追いかけてきた。

  

「もっと良く見せてください」

「えっ」


 意外なことに、ファム・アル・フートは食い入るように画面を見つめている。


「これは"現世(エレフン)"のトカゲですか?」

「う、うん」

「この近くに生息する種類ですか? 簡単に捕まえたり購入できるものです? この飼い主の方に譲ってもらえるよう頼めませんか?」


 食い入るようにトカゲの画像を見比べながら矢継ぎ早に質問をされて、ミハルはたじろいだ。 


「何? お前もしかして、そういうペット飼う趣味でもあるの?」

「いえ、だってトカゲですよ。懐かないでしょうし凶暴そうですし、飼っても愉快ではないでしょう」

「じゃあなんで」

「オオトカゲを材料にした精力剤を作る薬剤師がいるという噂を聞いたことがあるのです。これだけ大きなトカゲを材料として提供し、その精力剤を飲めばあなたももっとたくましくなるかもしれません!」

「やめろバカ」


 短く切って捨てるが、女騎士は目を見開いて諦めず食ってかかってきた。


「一度口にしたら朝から晩まで衰え知らずだと良いますよ!? その……男性自身が!」

「え、そんなに?」

「興味ありませんか!?」

「な、ないことはないけど……でもこれが材料の薬は嫌だ! 飲みたくない!」


 頬を紅潮させて主張する女騎士と、スマフォの画面の無表情のオオトカゲを何度も見比べて、ミハルは悲痛な叫びをあげた。


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