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15話 発覚! 女騎士の弱点(1)

「きゃあぁ――――――ッッッ!」


 耳をつんざくような少年の悲鳴が、日本家屋の中を響き渡った。


「むっ! ミハルの悲鳴が!」


 テーブルの上に新聞紙を広げて芋の皮剥きをしていたファム・アル・フートが過敏に反応する。

ナイフと芋を放り出すと、かたわらの椅子に立てかけていた大剣を手に取る。


「続きなさい、ユニオ!」

「はーい」


 芋の皮で遊んでいたユニオを引き連れて、女騎士は台所を飛び出した。


「ミハル、何事です! 敵はどこですか!?」


 悲鳴が聞こえてきた茶の間に踏み込んだ女騎士は、中の光景を目の当たりにして愕然とした。

 

「わっ、わっ、わわっ!!」


 腰が抜けたように手をついて、ミハルが畳の上を逃げ回っている。

その後ろで、何やら流線形をした茶色い脂ぎった色をした昆虫が長い触覚を動かしていた。


「……?」


 特に危険なものや、少年を驚かすようなものは見受けられない。

女騎士は大剣を振り下ろす先を見つけられず困惑した。


「ミハル? 敵は? 何を怯えているんです?」

「て、敵!? そこにいるだろ! ゴッ、ゴッ、ゴキが!」


 慌てふためく少年に唾を飛ばされても、どう見ても脅威とは思えない虫一匹がじっとしているだけである。

あわあわと女騎士の足元に辿り着いた少年はその膝にすがりついてきた。


「……何を遊んでいるんですか、あなたは」

「遊んでねーよ! えーとえーと、殺虫剤! 新聞紙! スリッパでも良い!」

「……それは何かの呪文ですか?」

「あーもう、面倒くさいなおまえは!」 


 本当に困ってしまったファム・アル・フートが首を傾げた横で、ユニオが茶の間に顔を出した。

畳の上の虫を見て、幼児は好奇の色に瞳を輝かせた。



「何あれ―――ッ! 変なの―――!」

「ユニオちゃん、近づいちゃダメだよ!」

「飼う! あれ飼う!」

「何言ってんの!」



 手を伸ばして虫へと近づこうとする幼児を、少年は必死に押し留めた。

その音に驚いたのか、虫は突然猛然と畳の上を六本の脚をせわしなく動かして走り出した。


「ひぃっ!」


 少年が悲痛に顔を歪める。

女騎士はますます困って、眉間のシワを深く刻んだ。


「別段恐ろしい光景とは思えませんが……?」

「何とかしてよ!」

「そう言われても……虫一匹に何を慌てているんです?」


 出入り口を人間三人に塞がれたせいか、茶の間の畳の上を行ったり来たりしたゴキブリは、一か八か羽を広げて飛び回り始めた。

死中に活を求めようとでもいうのだろうか。直線的に、しゃがみこんだ少年の顔目がけて一目散に薄い羽根をはばたかせてくる。


「キャー―――ッッッ!」


 今度こそ少年は絶叫した。


 その眼前で、白刃が閃いた。

ファム・アル・フートが、目にも止まらぬ速度で鞘から引き抜いた大剣を振るったのだ。

室内で、自分の身長に匹敵する刃渡りの長さを持つ剣を扱っているとは思えない絶技である。


 綺麗に真っ二つに切り裂かれたゴキブリは一瞬で絶命し、畳の上に半身ずつぽとりと落ちた。


「つまらぬものを斬ってしまいました」

「うわっ、うわわわっ!」


 尻餅をついたミハルが、虫の死骸から慌てて後じさる。


「飛ぶ虫を斬るというのは剣の練習にはいいかもしれませんが……無益な殺生はなるべく避けるべきですね」

「え、そのまま鞘にしまうの……?」


 ゴキブリを両断した剣を拭くこともせずに納刀した女騎士に、少年が思わず顔をひきつらせた。


「あー……。死んじゃった……」

「ユニオちゃん触っちゃダメだよ! えーとえーと、新聞紙! 捨てなきゃ!」


 まるで毒物を扱うかのように、少年は何枚も古新聞を使って極力触れることのないようにぐるぐる巻きにすると、ゴミ箱の奥へ放り込んだ。


「あー……、ようやく終わった」

「ひょっとして猛毒の害虫か何かだったのですか?」

「え? いや、そういう訳じゃないけど」

「ではキバがあって噛みついてくるとか? 致死性の病原菌を媒介するとか? 寝ている間に人体に卵を産みつけに来るとか……」

「やめろ想像したら気分悪くなってきた」


 少年は苦い顔をしたが、すぐに恥じらうように唇を尖らせてみせた。


「そういうのはないけど……でも、怖いじゃん」

「怖い? 何がです?」

「その、見た目が」


 ファム・アル・フートが顔を見合わせた。


「「……」」


 ぴったり三秒間、静寂を保ってから。

 

「「アハハハハッ!?」」


 二人は体を『く』の字に折り曲げて、腹を抱えて笑い始めた。


「何だよ、誰にだって苦手なもんくらいあるだろ……」

「そ、それはそうですが……!」

 

 ファム・アル・フートは笑い過ぎて苦しいと言わんばかりに眉をハの字にして口元を抑えた。

ユニオはもっと遠慮がなかった。茶の間の畳の上に膝を下ろしたかと思うと、仰向けにひっくり返って足をバタバタさせて文字通り笑い転げている。



「虫が、虫の見た目が怖いって!」

「何だよ、ユニオちゃんまで。そんなに笑うことないだろ……」

「ミハルの弱虫ー!」

「そうですね、弱虫ですね」

「な、何を―――ッ!」


 少年は顔中を真っ赤にした。


「お、おまえらだって怖いものは何かあるだろ! 人のことばっかり!」

「ええっと……思いつきませんね」

「何かあるだろ、こう、弱点というか……苦手なものが!」

「信仰に違わず神の使命に恥じない生き方をしていれば、何も恐れることなく生きていけるものなのです」


 こんなときばかり胸を張ってみせる女騎士の態度が、少年には腹立たしく見えた。

屈辱と報復してやりたいという思いが静かに胸の中で燃えあがり、口の中で言葉に昇華する。


「……決めた」

「えっ」

「そこまで言うなら絶対におまえの弱点を見つけてやる。おまえも知らない自分自身の弱みだ! 泣きながら『もうやめて、許してください』って言うまでやめてやらないからな、覚悟しろよ!」


 少年本人としてはドスの効いた脅し混じりの喋り口のつもりなのだろうが、甲高い喚き声としか女騎士には聞こえなかった。


「ほう、それは楽しみですね」

「そんな余裕かましていられるのも今のうちだぞ、見てろよ!」


 それはミハルなりの精一杯の宣戦布告だった。


次回は明日朝7時に追加します

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