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14話 女騎士のとある一日(4)

「まだぁ?」

「もう少しですよ」



 甘えた声を上げるユニオ、ファム・アル・フートは投げやりに答えた。

女騎士の意識は今、畳の上に置かれた遊戯版に傾けられている。

二色の石を使う単純なルールのゲームで、先日ユニオがミハルから譲られてすぐに遊び方を覚えたもののひとつである。

 


「よし、ここです!」

「ファムさま、そこには置けない」

「えぇ? 難しいですね、この遊戯は」



 盤を挟んで向かい合って寝そべっているユニオの指摘を受けて、ファム・アル・フートは一度置いた石を別の場所に動かした。



「ふぁぁ……」


 

 それ見たユニオが、顔中の筋肉をくしゃくしゃにして長くて大きな欠伸をする。



「やはりもう少しお昼寝した方が良かったんじゃないですか?」

「大丈夫、平気」

「変な時間に寝て、夜に眠れなくなって、泣いちゃっても知りませんよ」

「ちがうの、退屈」


 

 そう言ってユニオは自分の石をつまんで盤に置いた。

失礼な言い草に、女騎士も少しムッとした。



「私がこうして相手をしてあげているではありませんか」

「でもファムさま、このゲーム弱い」

「ふふふ、多少の経験で優位に立ったつもりでいると痛い目を見ますよ? 私もそろそろコツをがつかめてきたころですからね?」

「それユニオの石」

「ああ、そうでしたか」



 意外そうな顔で女騎士は手を引いた。

ユニオはふと思いついて、背筋を伸ばしたままアゴに手を当てて考え込むファム・アル・フートの顔を見上げた。



「ファムさまはミハルとこうやって遊んだりする?」

「いいえ?」

「じゃあお喋りとかいっぱいする?」

「話をすることは毎日ですが……雑談や遊興の話はあまりしませんね」



 言ってから、得意げな顔になってパチンと石を打ち込む。



「ふふふ。どうですユニオ、この手は!」

「変なの」

「何がです? ……えぇっ、そこ取れるんですか!?」

「ファムさまとミハル、仲悪いの?」


 

 幼児の言葉に、ファム・アル・フートは思ってもみなかったという表情を浮かべた。



「言われてみれば……一緒にいただけですね」

「それって楽しい?」

「悪くはない時間でしたし、今でもそう思っていますよ」

「変なの」

「あなたも静かな時間の楽しみ方を知れば、私の気持ちが分かるようになります」



 そう言って盤面に目を下ろした女騎士は、ちょっと慌てて捕捉した。



「……言っておきますけどね、私はミハルと遊んだり買い物をしたくないと言っている訳ではないんですよ?」

「?」

「ただ、七つも年下の男の子と結婚した人が周りにいないので、その……自分ひとりで手探りの状態なんです」

「そこはひっくり返せない」

「え、そうなんですか?」


 

 女騎士のルール違反をとがめてから、幼児は少し不平そうに唇を尖らせた。



「ひとりじゃないよ」

「えっ」

「ユニオもいる」


 

 畳の上で足をばたつかせたユニオに、ファム・アル・フートは思わず口元をほころばせる。



「そうですね、あなたは私の心強い味方です」

「うん」

「一人で野宿をしていたころは、こんな風にのんびりできるなんて考えもつきませんでしたし、話相手がいるというのは良いものです」

「ファムさま一人ぼっちだった?」

「ええ。ミハルに預かってもらうまでは、テントで生活して雨水を溜めてその辺りで食べ物を探す毎日でした」



 それを聞いてぱっと幼児は顔を上げた。



「楽しそう!」

「楽しくありませんよ。お風呂にだって毎日は入れなかったんですよ?」



 ムキになって勢いこんでから、ファム・アル・フートは一息ついた。



「……今ではこうして、しっかりした屋根も温かい寝床も用意してもらえて、うちにはあなたまでいるんですからまるで天国のように恵まれていますね」

「ユニオがいて嬉しい?」

「ええ、一人でないというのは良いものです。特にこの"現世(エレフン)"で"異世界(アルド)"の人間は私とあなただけですから」

 


 感傷が籠った声で言ってから、慌てて付け加える。



「別に"ファイルーズ"が不満だったと言っている訳ではありませんよ? 私が路上生活で生きていられたのは貴方のおかげです!」

<<配慮に感謝する>>

 


 特に傷ついた様子もなく、『鎧の精霊』は無機質な声で返した。



「でもユニオ、ミハルもじぃじも好きだな」

「私もですよ。すみません、孤独だなんて単なる独りよがりでしたね」



 ファム・アル・フートは幼児の手を見て、ぱっと石を動かした。



「それにピッコローミニ隊長も、口ではひどいことをおっしゃいますが様子を見に来てるのは気にかけてくれている証拠でしょうし」

「あいつきらい」

「あ、そうなんですか……」



 幼児に真顔ではっきりと断言されるとそうやって言葉を濁すしかなかった。

盤面の様子には気もそぞろのようで、ユニオはしきりに開け放たれた茶の間の縁台から外をちらちらと見ていた。



「ねえ、まだー?」

「じきですよ」



 ファム・アル・フートは長考してから……確信をもって石を手に取った。



「ふふふ、ユニオ。逆転の一手を見つけましたよ、この黒の石で私の勝ちです!」

「もう終わり。ユニオが勝ってる」

「えぇ!?」

 


 驚愕して盤面に目を落とすファム・アル・フートを無視して、ユニオは辛そうに畳の上に顔を突っ伏した。



「まだかなぁ……?」

「噂をすればですよ」



 ファム・アル・フートが茶の間の出入り口の方へ顔を向けたので、ユニオはぱっと体を起こした。

それに続いて、玄関の引き戸が開けられるガラガラという音が聞こえてきた。



「ただいまー……」

「ミハル―――! おかえり―――っ!!」



 勢い余って黒石で埋め尽くされたゲーム盤を蹴飛ばして、ユニオは茶の間から飛び出していった。

ファム・アル・フートは小さく息をつくと、自分も後を追おうと立ち上がる。



「…………」


 

 その前にふと思いつき、慌てて一方的な展開に終わった証拠のゲーム盤をしまいこんでから、女騎士は玄関へと向かっていった。

ごめんなさい、またです。

連休でどうにかペースを取り戻せたらと思います

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