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14話 女騎士のとある一日

「ミハルー、あれ何してるの?」

「んー?」



 台所兼食堂のテーブルについたユニオが画面を指さすので、ミハルはそちらへ眼を向けた。

朝のニュースのコーナーで、学校で飼っている生き物を紹介するという内容だった。今日は地方の小学校でブタの世話をするクラスの様子が映し出されていた。



「学校であのブタを飼ってるんだって」

「ミハルは飼ったことある?」

「小学校のころに教室でメダカを飼ってたくらいだなぁ……」



 ブタどころかペットを飼った経験もろくにない少年は小さく苦笑するしかなかった。



「ファムはペット飼ったことある?」

「ペット? 愛玩動物のことですか? 飼ったことはないですね……」



 芋粥をボウルによそいでいたファム・アル・フートが答える。



「ふーん、親が生き物嫌いだったとか?」

「いえ、そういうことはないですよ? 単に愛玩目的で生き物を飼う習慣がなかったというか……、別に嫌う理由はなかったと思います」



 女騎士は長い金髪を揺らして、考え込むように首を捻った。



「私も乗馬の世話なら実家の厩舎で7歳のころからしていましたし」

「ちょっとレベルが違うな……」



 うっかりすると忘れそうだが、彼女はそういえばモノホンの騎士の家の生まれなのだった。いざとなればまたがって戦場に行くのだから、馬の飼育と調教くらい当たり前なのだ。


 テレビに視線を戻すと、のんきな顔をしたブタが運ばれてきた菜っ葉やら野菜くずやらに鼻先を突っ込んでぱくぱくとむさぼっている姿が映し出されていた。



「あーでもブタってよく見ると結構かわいいな」



 つぶらな目に大きな鼻はどことなくユーモラスで、なんとなく見ていると心が癒される気がした。



「尻尾くるんくるん」

「ねー、ミニブタなら飼ってもうちで良いかもね」

「生き物の面倒を見るのは良いことですよ。いたわりの心が身に付きますし、情操教育に役立ちます」



 などと和やかに会話をしているうちに、女騎士が朝食の支度をテーブルに整えた。



「今日の朝食のメインはブタの塩漬け肉のソテーですよ」

「皮肉かこれは!?」



 思わず声を荒げてテーブルの端を叩いてしまったミハルに、女騎士はきょとんと眼を丸くしてきた。



「私は三日前からこの肉を仕込んでいたのに、その言い草はひどくありませんか?」

「どうしておまえはこういうときばっか間が悪いんだよ!?」

「知りませんよ!」

「いただきまーす」



 おさまりがつかないミハルをよそに、ユニオは構わず焦げ目の付いた肉にフォークを突き立てて脂身をかじり始めた。



「……ユニオちゃんはよく朝から平気で肉を食べられるね」

「ユニオ、ブタの肉好き」

「俺も嫌いじゃないけどさ……」



 うんざりとした目で皿に乗った飴色のとろけそうな豚肉を見下ろす。

ただでさえ朝から肉の脂はきついのに、先刻のニュースをっ見た後ではとても喉を通りそうになかった。



「……ユニオちゃん、俺の分も食べる?」

「食べるー」

「こら、お残しは許しませんよ」



 ユニオの方へ皿を回したところで、テーブルの向いの女騎士がとがめてきた。



「朝から肉はきついって」

「そんなことを言っているから体つきが貧相なままなのです。肉を食べなさい、肉を。私の父などは15の頃には朝食にソーセージを10本は食べビールを三杯は飲んでいたと言いますよ」

「マジかよ異世界人……未来に生きてんな」



 朝からビールというのは少年には理解できない文化だが、この世界でも国によっては水より酒の方が安全という地方もあるのだからありえないことではないのかともぼんやり思った。



「あなたも少しは酒をたしなみなさい。その方が身体が強くなります」

「どういう理屈だよ……あと未成年者飲酒禁止法違反」

「結婚式を上げたらひと月ずっと蜂蜜酒を呑んで子作りに励むんですよ、今から慣れておいてください」

「だからそういうのやめろって……ユニオちゃんがいるんだぞ!」



 小言を繰り返す女騎士と頬を赤らめてしまった少年との間を、幼児は不思議そうに見つめた。



「何するって言った?」

「えっと、ユニオちゃんにはまだ早……っ!」

「子供を作るんですよ」

「って、言い方!」



 泡を食ったミハルに構わず、ユニオはテーブルの上に身を乗り出してくいついてきた。



「子供って、赤ちゃんのこと?」

「そうですよ」

「!?」



 ユニオは目を見開くと、勢い余って椅子の上に足を乗せて立ち上がった。



「ファムさま、赤ちゃん産むの!?」

「ええ、家を継ぐ立派な騎士となる長男を産みます」

「!!」



 ユニオはどんぐり眼を見開くと、ぱぁっと目を輝かせた。



「赤ちゃん抱っこしたい! 抱っこする!」



 大抵の女の子がそうであるように、ユニオも赤ちゃんというものに強く興味を引かれるらしい。勢い良く椅子から飛び降りると、興奮のあまりその場で足踏みまで始めた。



「ユニオ赤ちゃん好き!」

「行儀が悪いですよ、ユニオ」

「赤ちゃんと一緒に遊びたい!」

「子供が生まれたら貴女はお姉さんになるのですよ。今から男爵家の娘らしくしなさい」



 ファム・アル・フートの叱責もユニオの耳に念仏だった。『お姉さん』という言葉にぴくりと反応すると、ぽおっと蕩けた目になって頬を緩ませた。



「赤ちゃんと遊ばせてくれる!?」

「ちゃんと優しくしなさい」

「優しくする! ユニオは優しくできる!」



 興奮の極みにあるユニオはもう収まりがつかなかった。鼻息も荒くファム・アル・フートの席へ駆け寄ると、その太腿の上に身を投げ出した。



「ほらほら、食事中ですよ」

「ユニオがお姉さんだぁ……!」



 ファム・アル・フートの膝の上で体を浮かせて、まるで水泳の練習をしているかのように足をバタつかせた。


「何人くらい赤ちゃん産む?」

「そうですねぇ……跡継ぎの長男に、実家を継がせる次男に、僧籍に入れる三男。それから騎士にする四男に予備の五男は欲しいところです」

「具体的な計画を立てるのはやめろ……。あと五男がかわいそうだろそれじゃ」



 喧騒に無関係を装うように芋粥をすすっていたミハルだが、流石にこれにはツッコミを入れた。



「いつ赤ちゃん生まれる!?」


 

 ばっと体を起こし、きらきらした瞳でユニオは尋ねた。



「ミハルが私と同じベッドで寝てくれるようになればすぐですよ」

「本当!?」

「おい、子供の前でなんてことを……!」

「ミハル―――!」



 今度は耳まで赤くなったミハルのところへ、駆け足でテーブルを回りこんだユニオがすがり付いてきた。



「ミハル、ミハル! ファムさまに赤ちゃん産ませて!」

「すごいこと言うなぁユニオちゃん……」

「ユニオ、赤ちゃん早く抱っこしたい!」



 ばんばんと小さな手で両足をはたかれて、ミハルは何と言えばいいのか言葉が見つけられなくなった。



「ユニオ、ちょっと来なさい!」



 流石の女騎士もこれを看過することはできなかったらしく、呼びつける仕草をした。

忙しいことにユニオはまたしてもテーブルを半周して女騎士の元へ走り寄った。



「そうだよ、ユニオちゃんにちゃんとこういうことは言っちゃダメって教えてあげなきゃ……」

「私の意を汲んでくれるとは、あなたはなんて親思いの良い子なんでしょう……!」

「おいちょっと待て」


 

 ひしっ、とユニオへ感激と感謝をこめた抱擁をする女騎士へ、少年は冷たい言葉を吐き捨てた。



「おまえ、自分のやってることに疑問を抱かないのか!?」

「何がですか。子孫を残すのは貴族の妻、ひいては騎士の娘の使命です」

「こんな小さな子の前でそんなこと言うやつがあるか!」

「ユニオ赤ちゃん好き! 赤ちゃんにミルクあげる! あーかーちゃーん―――!!」

「うぅ……いつの間にか俺の方が劣勢……!?」



 幼児と女騎士は二人がかりで、それぞれテーブルの別の方向から少年の方へじりじりと迫り寄った。



「ミハル、赤ちゃん作って!」

「ユニオの言う通りです、赤ちゃんを作りなさい!」

「なんだこの会話! ああ、もうこんな時間……学校に行ってきます!!」



 亡者から逃げるようにその手を振りほどくと、少年は飛び出すようにして玄関を後にした。

次回は明日夜追加します

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