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12話 二人は仲良し(4)

「何慌ててんのさ」


 

 膝の上のユニオへぴったりと体を預けながら、ミハルは尋ねた。

幼児特有の生気に満ちた肌の弾力が心地よく、抱いている方の気分まで明るくしてくれるようだった。



「ユニオちゃんと仲良くしたいって言ったら、教えてくれたのおまえじゃんか」

「ユニオ、ミハルと仲良しになった」

「仲良くなりすぎです!」



 和気あいあいとした少年と幼児に対して、女騎士は目まぐるしく顔色を変えた。



「なり過ぎ?」

「ええ、そうです! も、も、もうちょっと段階というか節度というか……、徐々に親密になっても良いでしょう!?」

「あ、お菓子なくなった」



 ユニオはテーブルの上に伸ばしていた手を引っ込めると、ミハルの膝から立ち上がった。



「ファムさまの分取ってきてあげる」

「場所分かる? 一緒に行こうか?」

「だいたい分かるー!」



 言ったが早いか、足早に畳の上を駆けて茶の間から飛び出していく。



「元気だなぁ」



 にこにこしてと見送るミハルへ、ファム・アル・フートは膝を畳に擦りつけるようにして猛烈な勢いで近寄った。



「どうしたの、そんなに慌てて」

「ユニオをかわいがるのは結構ですが……、なんというかその、守らなければならない線引きというものはあるでしょう!?」

「線引き?」

「序列でも面目でも体面でも何でも良いです! その、羽目を外し過ぎないでください!」

「はぁ?」



 女騎士が何を言いたいのか意図がつかめず、ミハルは困惑した。



「どういうこと? 何が悪かったんだよ?」

「ああ、もう……!」



 少年が自分の意を汲みとってくれないのが不満らしい。珍しく女騎士が苛立ちを露わにした。



「ミハル。確認させてください。あなたにとって一番大切なのは誰ですか?」

「い、一番大切って……!?」

「良いから言ってください」



 一瞬答えに詰まり、目を逸らし、大きく息を吸って吐いてをしてから……。少年は意を決して朱唇を開いた。



「おじいちゃ」

「そう! もちろん妻である私ですね!」

「質問した意味! ……あと、よくそんなことが大真面目に言えるな!?」



 喋っている途中に割り込んではっきりと自信たっぷりに断言した女騎士に対して、少年は頬を赤らめた。

が、ファム・アル・フートはますます気が急くように身を乗り出してきた。



「その私を軽んじるような真似はやめてくださいと言ってるんです!」

「だから何がダメなんだよ!?」



 とうとう苛立ちを隠しきれず、少年も声を荒げて返した。



「膝です!」



 ついに耐えきれず、女騎士は叫んだ。



「……ひざ?」



 言いたいことが分からず、思わず自分の足へ目を落としてしまう。

 

 

「私も膝に乗せてくれたことないではないですか! どうしてユニオの方が先なんです!?」

「えっ」



 驚きや呆れや恥じらいよりも先に、少年の頭は思考の死角を突かれて真っ白になった。

年上の豊満な女性を自分の膝の上に乗せるという発想がそもそも少年には存在しなかったし。

女騎士が抱いていた隠れた願望がこんな形で噴き出してくるとはもっと予想外だった。


 

「ユニオのことばかり気にしてないで、私のことも大事にしてください!」

「えぇ……?」



 もはや理屈も何もあったものではない。

女騎士は更に身を乗り出すと、目を見開き顔を紅潮させたまま少年の方へ体重を預けようとしてくる。



「えぇぇ……!?」



 考えだにしなかった状況に、ミハルは処分される前の子ヤギのような悲鳴を上げた。




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 ぱたぱたと廊下を走り抜けて、豆菓子を手にしたユニオは茶の間へと戻って来た。台所の戸棚をひっくり返すようにして漁って見つけた戦利品である。



「お菓子あった!」



 笑顔で報告しながら部屋へ入ろうとすると。



「おかえりなさいユニオ」

「…………」

「!?」 



 異様な光景がそこにはあった。

額に脂汗を浮かべ、定まらない視線を宙に這わせた少年。

先刻までユニオが乗っていたその膝の上には、女騎士が取って代わっていた。 

自分よりもはるかに体格の小さな少年の両脚の上へ腰を下ろし、窮屈そうに形の良い脚を折りたたんでいる。

が、何故かその顔は得意の絶頂のような形に口角を引き上げていた。 



「ユニオ。ここは本来は私の場所です。譲ってもらいましたよ?」



 自らの優位を確信した時特有の、ツヤのある声で女騎士が断言する。

時折ふらふらと小さく頭が揺れて不安定そうなのだが、自分から降りるというつもりはないようだ。

そのすぐそばで、顔を蒼白にした少年がつぶやいた。



「足の感覚がなくなってきたんだけど……」

「我慢してください」

「爪先が紫色になってきた……!」

「だからどうしました?」

「う、動けない……!!」



 部屋に漂う殺伐とした空気に、豆菓子を手に持ったままじりじりとユニオは後じさりした。




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 夕食が終わった後。

いつも通りの時間にミハルはユニットバスの給湯スイッチを入れ、しばらくして電子音声で自動でお湯を張られたことを示すメッセージが流れた。



「なに今の!?」



 茶の間で食い入るようにテレビを見ていたユニオが、ぱっと立ち上がった。



「お風呂入ったって」

「お風呂!」



 ぱぁっとユニオの顔が輝いた。



「ミハルと一緒に入る」

「えっ」

「タオルでお湯でぶくぶくさせて遊ぶ!」



 すぐに行こうとばかりに、ユニオは手を振り回し始めた。



「えぇっと……俺は一人でゆっくり入る方が好きなんだけど」

「一緒の方が楽しい!」


 

 子供を風呂に入れるという行為に慣れていないミハルはためらったが、ユニオは折れようとしなかった。


 

「懐かれちゃいましたねえ」



 洗濯物をたたみながら様子を見ていたファム・アル・フートがくすくすと笑った。



「遊び相手にちょうどいいと思われたのかな……」

「男の人が構ってくれるのが珍しくて嬉しいんですよ」



 言いながら、少年の方へ折りたたまれた服を手渡してくる。



「はい、ユニオの着替えです。ちゃんと髪を洗ってあげてくださいね」

「しょうがないなぁ……」

「早く!」


 

 苦笑交じりに立ち上がったミハルは、ユニオに背中を押されるようにして脱衣所へ向かっていった。

 


 そして、きっかりそれから百秒後。



『キャー―――――ッ!』



 絹をつんざくような男子高校生の悲鳴が家の中に響き渡った。




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 ばたばたばたというけたたましい足音に、ファム・アル・フートは開いたままの茶の間の入り口に顔を向けた。



「おい、ファム! どういうことだよ!」



 服を脱いだまま腰のあたりにタオル一枚だけを巻き付けて、ミハルが飛び込んできた。

髪も体もまだ濡れていないのに、顔中は真っ赤に茹で上がっている。



「何ですか、騒々しい」

「女の子じゃねえか!」

「えっ?」

「ユニオちゃんが! 女の子じゃんか!? 言えよ、そういうことは先に!!」



 脱衣場の方を指さしながら、ミハルは息を切らしながら叫んだ。その場で地団駄を踏み出しかねない勢いである。

ああ……、とファム・アル・フートは納得の声を漏らしてなんとなく状況を悟った。



「言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないよ!」

「でも見れば分かるでしょう?」

「分かんないよ!」

「女子にはおちんちんはないんですよ」

「裸にしてからのことを言ってるんじゃねえよ!?」


 

 血相を変えた少年にそう返されて、むしろ女騎士の方が驚いた顔になった。



「今まで気づいていなかったんですか?」

「だって……ユニオって……男の名前だろ!?」

「いいえ?」

「えぇ……!? 俺はてっきり……!」



 興奮して紅潮していた少年の顔が、面白いくらいの勢いで青白く血の気が引いていった。本当に何か勘違いをしていたらしい。

 


「ファムさまー」

「ああ、ユニオちゃん! 駄目だよそんな恰好で出てきちゃ!」



 これまた一糸まとわぬユニオが出てきた。こちらはタオルひとつ持っていない。

とっさに両手で顔面を抑えた少年と、呆れた形に眉を潜めた女騎士とを交互に見渡してからぽつりとつぶやく。



「ミハルのおまたツルツルだった」

「やー、言わないでそんなこと!」



 顔を覆ったままミハルがぶるぶるとかぶりを振る。



「どうしてー? 大人はみんな毛が生えてるってファムさま言ってた」

「ミハルは実はまだ子供なのです」



 嘆息と共にファム・アル・フートはユニオの疑問に答えた。



「だから子作りや一人前の男性らしいことも恥ずかしがってしようとしないのです」

「ちょっ、子供の前で何てことを!」

「ふぅん」



 その意味が分かったのか分からないのか、ユニオは曖昧にうなずく。



「早く大人になれば良いのに」

「私もそう思います。心から」

「……何なんだよこの会話!」



 耐えきれなくなって、少年は両手を顔から離して叫んだ。



「一体俺は、あと何人に陰毛が生えてないところを見られりゃ良いんだ!?」

「そんなこと私に言われても……」

「ミハル、お風呂。お湯が冷めちゃう」

「あっ、ダメ、引っ張っちゃ……!」



 タオルが板張りの廊下に、ふぁさりと軽い音を立てて落ちる。

その状景を見て、再びファム・アル・フートは深々とため息をついた。


次回は2月1日金曜日に追加します。

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