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12話 二人は仲良し(3)

 夕方になった。



「ユニオ、お買い物に行ってきますからお留守番をしていてください」



 ファム・アル・フートはエプロンを外しながら言った。



「一緒に行く」

「ダメです」



 裾を掴もうとするユニオの手を止める。



「"現世(エレフン)"の外は危険なのです。鉄でできた四輪車が我が物顔で走り回り、隙あらば政府を来た官憲の監視院が『職業と住所は?』などと詰問してくるのですよ」

「おもしろそー……」

「面白くありません! ……とにかくダメと言ったらダメです。ついてきたらもう一緒にお風呂に入りませんからね」



 はっきり断言して、女騎士は買い物袋を手に玄関から出ていった。



「……」



 しばらくの間、所在なさげに上がりかまちから扉を眺めていたユニオだが、諦めて家の奥へと戻っていった。



「?」



 茶の間の前を通りかかったところで、中から聞こえてくる音に気付いた。

覗き込むと、茶の間のテレビの前でミハルが座り込んでいた。

何やらくつろいだ様子だ。テーブルにはお菓子と飲み物まで用意している。



「…………」



 ちょっと悩んでから、おそるおそるユニオは茶の間の中へ入っていった。

ミハルがちらりとこちらを見てきたときはビクビクとしてしまったが、一度視線を向けただけで特に何をするでもなく画面へ視線を戻したので離れたところに座ることにする。



 テレビの画面では、見たこともない服を着た人々がごった返す街中を奇妙な棒を持った男が練り歩いていた。

グルメレポーターが街角を食べ歩くという内容で、次々と幼女にとっては珍奇な料理やお菓子が紹介されていく。



 ユニオは鼻息を荒くしてテレビの内容に見入った。

一体どんな料理で、どんな味がするのだろう。どこで食べられるのだろう。ファム・アル・フートに頼めば作ってもらえるのだろうか。

のめり込んでいくうちに、はたと少年に対しての警戒を緩めていたことに気付いてぱっと気を引き締め直した。



「…………」



 が、少年は動かないままテレビの画面をじっと見ている。

どうやらテレビを見ているだけでユニオを追い出したり、声を荒げたり、叱ったりするつもりはないようだ。

ユニオはちょっと気を緩めて、テレビの画面に見入った。



「…………」



 が、すぐに内容が掴めなくなってしまった。

グルメレポートは終わってしまう、今度は何やら真面目な顔で大人同士で話し込んでいる。

どうやら政治の話題のようだが、何を話しているのかさっぱり入ってこない。

ちらりと少年の方をもう一度見やる。

その手には朝見た時画面を切り替える道具……リモコンと言ったか? が握られていた。

頼めば変えてくれるかもしれない。



 が、怖い気もする。



 どうしようか迷ってから、ユニオはちょっとだけ少年の方に近づいた。

反応なし。

もう少しだけ近づく。

やはりこっちに何かするつもりはないらしい。



 警戒する必要はないのは分かったが、ちょっとだけユニオは気分がざわつくのを感じた。

自分をまるでいないように扱われるのは何か腹立たしさを覚える。

ちょっとくらい気にかけても良いではないか。



「なぁ……」



 思い切ってユニオは声をかけてみることにした。



 

 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



(来た来た来た……!)



 心臓がばくつくのを感じながら、ミハルはゆっくりと振り返った。

頭の中で必死にファム・アル・フートから教えられた作戦を思い返す。



……………………………。


『ユニオのような子は本来、自分を構ってくれる大人が好きなはずなんです』

『じゃあなんで俺は嫌がられるのさ?』

『やり方がちゃんとあるんですよ。子供に接するにはそれなりの方策があります』



 女騎士はぱっと三つ指を突き出した。

日本人がやるのとは違って、親指と人差し指と中指を使う数え方にミハルは軽くカルチャーショックを受けた。



『守らなければならないことは三つです』



 女騎士は指折り数えて言った。



『一つ目。無視すること』

『無視?』



 意外な言葉にミハルは驚いた。



『本当に完全に無視してはいけません。怒らせますから。しかしまだ仲良くなっていないうちに大人の方から無理に近づいてはいけません』

『そうなの?』

『ユニオのような子は知らない大人から怒られたり叱られたりするのではないかと身構えています。近づこうとするとかえって驚きやすく警戒心を強めてしまうのです』



……………………………。



「どうかした?」


 

 まだ眉間に警戒の険しさが残っている幼児に向けて、なるべく優しい声でミハルは言った。



「……あれ何してる?」



 ユニオがテレビの画面を指さした。

剥げかかった頭の政治評論家が難しい顔で政治とカネの問題を非難しているところだった。



「大人の難しい話してるんだよ」

「……どんな話?」

「どう言えば良いかな……。いけないお金のもらい方をした人のことを悪く言ってる」

「ふぅん……」



 分かったのか分からないのか、ユニオはあいまいにうなずいた。



「詰まんない」

「うん、そうだね」



(チャンネルを変えてあげようか?)などと言いたくなるのを必死にこらえて、ミハルは動かないように努めた。



……………………………。



『そして二つ目。焦らないこと。はっきり言って昨日までのあなたのやり方は赤点です』

『悪かったな……』

『ユニオは本当はのんびりとしていてマイペースな甘えん坊なのです。自分から何かしようするまで合わせてあげることです』



……………………………。



 じっと耐える時間が続いた。

興味無さそうな顔でテレビの画面に見入っているユニオの様子を横目でうかがう時間はおそらく五分もなかっただろうが、ミハルの体感ではずっと長く続いた気がした。



「なぁ」

「!? ……何かな? ユニオちゃん」

「おまえ、あれ面白い?」



 テレビの画面を指さしてユニオは言った。



「え、うーん……。面白くはないけど」

「そっか」



 また押し黙ってぼんやりした目で画面を見始める。

じれったさを感じながらも、それでもミハルはファム・アル・フートに言われた通りじっとこらえようと努めた。



「…………」

「なぁなぁ」

「うぅん!?」



 しびれが切れる直前になって声をかけられ、ミハルは思わず返答が上ずってしまった。



「他の見たい」



 初めてのおねだりに、心中でガッツポーズを決めてしまう。

全く気を許さない相手に何かをねだる子供などいないからだ。



「……分かった。ユニオちゃん、どんなのが見たい?」



 リモコンを片手にミハルは尋ねた。



……………………………。



『三つ目。なるべく名前を呼ぶこと』

『名前ね。なるほど』

『子供は名前を呼ばれることが好きです。ユニオは特に自分の名前にこだわりがありますから効果があります』



……………………………。



「ユニオちゃんどれが良い?」

「おいしそうなやつ」

「難しい注文だな……」

 


 と言いながらミハルがチャンネルを変えていくと、料理番組を見つけることができた。



「あれ何してる?」

「お米炊いてるんだよ」

「オコメって何?」

「えーっと……白い草のつぶつぶ?」

「ふーん?」



 ぼうっとユニオは画面を見ていたが、急に思い出したように声を明るくした。



「ユニオはお芋の方が好き! たくさん食べられるよ」

「そうなの?」

「本当だよ! 去年は新しいお芋ゆでたやつ五つも食べた!」

「そうなんだ、ユニオちゃんすごいなぁ」

「頑張ればもっと食べられた! ファムさまが『食べ過ぎちゃダメ』って言って止めた!」



 先刻までの態度はどこへやら。弾むような声でユニオは喋り出した。


 

……………………………。



『最後に四つ目。話を聞くこと。子供は自分の話をするのが大好きです』

『? さっきは全部で三つって言ったぞ』

『……うるさいですね、数え間違えたんですよ』



……………………………。


 

 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「……ただいま帰りました」



 買い物を済ませて、購入した芋で袋をふくらませたファム・アル・フートが帰宅したのはすっかり外が薄暗くなってからだった。



(さて、どうなったことやら)



 玄関を上がって中の様子をうかがう。

茶の間から話し声が聞こえてきた。



「ファムさまのおうち大きい。この家が10個は入る」

「へー……広いんだ」

「もっと入るかも……15個……20個くらい!」



 どうやら上首尾だったらしい。教えた方策で少年は上手くやったようだ。

祝福者たる者それくらいしてくれなくては……と思いつつ、不思議と自分でも頬が緩むのを自覚しながら女騎士は茶の前へと入った。



「帰りましたよ、すぐ夕食に……なっ!?」



 茶の間の光景に女騎士は思わずわが目を疑った。



「ファムさまのいとこは7人いる」

「そんなに」

「みんな女! 女しか生まれないっておとうさまも言ってた。 泣いてた」



 お菓子を片手にしたユニオが、あぐらをかいたミハルの膝の上で手足を投げ出していた。

べったりと体重を預けてリラックスしきった恰好である。

ミハルはニコニコと相好を崩して、ひたすら上機嫌にとりとめもない話を聞いている。


 

「ユニオちゃんはお姉さんが8人もいたんだ」

「うん。シトゥラは優しい! でも怒ると怖い」



 知っている名前が出てきた。ファム・アル・フートの従妹たちのことだ。



「クビアはファムさまそっくり! おっぱいがないところだけ似てない!」

「ははっ。量産型ファムかぁ……ちょっと恐ろしいな」

「こっそり気にして胸が大きくなるおまじないしてる。ユニオは知ってる」



 急にユニオは眉を寄せると、尖った声で甘えたように語尾を伸ばした。



「アルバリはいっつもユニオにいじわるするー! やさしくしてくれないー!」

「そうなんだー、良くないねー?」

「良くない!」



 まるで相手が目の前にいるかのように手足を振り乱し始めた。ミハルは笑っていたが、ようやく気配で女騎士のことに気付いたらしい。



「あ、おかえり」

「ファムさまおかえりー!」

「た、ただいま帰りました……これは一体どういうことです!?」



 額に汗を浮かべて現状の説明を求める女騎士に、幼児と少年は顔を見合わせた。



「おまえが教えてくれたやり方で仲良くなれたんだよ」

「そうですかそれは良かった……仲良くなりすぎでしょう!? ユニオなんて今朝なんか逃げ回ってたじゃないですか!」



 ぽりぽりとお菓子の残りをかじっていたユニオは、平然と返した。



「思ったより話の分かるやつだった」

「なんて適当な子なんでしょう、この子は!」



 ファム・アル・フートは思わず頭を抱えて叫んだ。


次回は28日夜に追加します。

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