12話 二人は仲良し(2)
「……これはいわゆる赤ちゃん返りですね」
朝食の支度をしながらずっとべたべたとくっついて離さないユニオを見ながら、ファム・アル・フートは少し疲れた顔で言った。
「赤ちゃん返りって、兄弟ができたらなるやつ?」
「ええ、愛情を独占したくて気を引こうとするやつです」
「ファムさま、お腹空いたー」
「今用意をしているでしょう」
「お腹空いたー!」
女騎士の言う通り、すがりついて腰当たりに顔を埋めながらも時折ユニオがちらちらと自分の方の様子をうかがうのをミハルは気付いていた。
どうやらファム・アル・フートの関心をミハルの方へ向けさせまいと一生懸命らしい。
「おそらくは、あなたに私が取られると思ったのでしょう」
「あはは、焼きもち焼いたんだ」
「むー!」
ミハルが笑いかけると、むくれてファム・アル・フートのエプロンの中に顔を埋めてしまう。
「いい加減にしなさい、ユニオ。私がミハルに取られるなんて、そんなはずないでしょう」
「あ、赤ちゃん返りって叱ったりすると逆に良くないって聞いたことが……」
「私は神の命令によってミハルに嫁いだ身です。つまり既にミハルのもの。それをわきまえなさい」
「そっちかよ」
呆れるミハルをよそに、ユニオは苛立たし気に眉間にシワを寄せた。
「ん―――!」
「ほらほらいつまでもそんなことをしていないで。朝食ですよ。早く席についてお祈りをなさい」
うめき声も空しく、ユニオはテーブルにつかされた。
今日の朝食も例のごとく、芋粥に加えて鶏肉のソテーやらアスパラの炒め物やらいわゆる『精の付く』ものが並んでいた。
ミハルは胃袋がげんなりするのを感じながら、そっと芋粥にスプーンを浸した。
「一刻も早く夫が成人しますように……。そして一日も早く長男が授かりますように……」
「ファムさまがユニオだけをかわいがってくれますように……」
「こらユニオ、祈りで利己的なことを神々に願ってはいけません。ワガママはやめなさい」
「どっちがだよ」
ミハルのツッコミを無視して二人も皿に取り掛かり始めた。
が、すぐにユニオは手を止めてしまう。
「? どうしたんです、ユニオ。美味しくなかったですか?」
「ファムさま! 食べられない、食べさせて」
「はぁ?」
「お肉切れない!」
そう言うとユニオは鳥のソテーの皿の上にナイフとフォークを放り出してしまった。
「こら、甘えは許しませんよ。自分でできることはちゃんとしなさい」
「やってー!」
「赤ちゃんではあるまいし……。食べたくないのなら食べなくてよろしい!」
厳しくきっぱりと言い切って、女騎士は自分の皿の上の肉を切り分けた。
その迫力と威厳に、流石のユニオもしゅんと押し黙った。
「……さあミハル、あーんしなさい。もっとたくさん肉を食べるのです。強い子供を作れるよう栄養をつけておかなくてはいけませんからね」
「おい。何か矛盾を感じないか?」
「?」
ミハルに向かってフォークに刺さった脂がしたたり落ちる鶏肉を突き付けながら、女騎士はきょとんと眼を丸くした。
「んー! んー!」
自分よりも少年の方を女騎士が優先したと思ったのか、ユニオがますます不機嫌に唇をとがらせるのを見て、ミハルは慌ててテレビのリモコンを手にした。
激発する前のガス抜きに、テレビに話題を逸らそうと思ったのだ。
「ニュースか何かやってるかな……」
食堂の片隅に置かれたテレビが点灯し、気象予報士がどこかの公園でロケをしながら週末の天気をフリップで説明していた。
「今日は一日中晴れだって」
「では寝具も干してしまいましょう」
「!?」
ユニオはぽかんと口を開けた。
思わず椅子から飛び降りると、足早にテレビに駆け寄る。
その液晶の厚みを確かめてから、ファム・アル・フートの方へ向かって振り返って叫んだ。
「ファムさま―――!」
「何ですか、騒々しい」
「人が! 板の中で人が喋ってる!」
そういえばこの子は中世欧州並みの文化と技術しかない世界から来たのだ、とミハルは思い返した。
テレビどころか遠隔地の情報がすぐ手に入る媒体という概念すらないだろう。
ユニオは目を丸くしながら画面を叩いたり、その前で手を振って中のレポーターの反応をうかがったりと食事そっちのけで実験を始めた。
「かわいいなあ……」
「そうですか?」
「初々しくて新鮮じゃない」
思わず頬がほころんでしまったミハルを見て、ファム・アル・フートも微笑みを浮かべた。
「所詮"現世"の低俗な発明品です。あんな子供騙しが通用するのはユニオのような子供くらいのものですよ」
「おまえみたいなやつを見た後だと余計にそう感じるわ……」
ぐったりとした顔でミハルはぼあいた。
「うちに来た異世界の人間って全員図太くてテレビくらいじゃ驚きそうにないもんなぁ……」
「なあなあ、どうやって入った!?」
テレビに向かって呼びかけていたユニオは、瞬間的にCMに切り替わった画面にびくっと全身を震わせた。
入浴剤のCMに出演している半裸の男性タレントを目にして今度こそ目が点になる。
「ファムさま! ファムさま! ねーちゃんが男の人になった!!」
「ユニオ、良く見なさい。景色が全然違うでしょう。あれはこの家からの眺めではありません」
駆け寄ってくるユニオに対して、ファム・アル・フートが冷静に指摘する。
「あれは遠い場所の光景を魔術か何かを使ってこの部屋に伝え、薄い板に映しているのです」
原理はともかく意外と冷静な観察に、ミハルはへぇと息を吐いた。
「おまえってバカだけど、頭は悪くないよな」
「し、失礼な!」
「遠くの風景?」
「そうですよ。そういう道具なのです」
興奮さめやらぬユニオに、ファム・アル・フートは笑いかけた。
「全くあさましくて騒々しい下賤な発明です。祝福者の家にはふさわしくありませんね」
「だけど、ものの見方が偏ってるから厄介だな」
「すごい……すごい!」
興奮のあまり、ユニオはその場で足踏みを始めた。
「あれでおうちのばーちゃんとお話できる!?」
「うちのテレビはそこまで多機能じゃないなあ……」
言いながらミハルは、手元のリモコンで公共放送の教育番組にチャンネルを変えた。
日本の民謡をアニメ―ションで再現する内容で、ユニオは再び口をぽかんと開いた。
「あー!」
「分かったから静かになさい」
「ファムさま! 見て見て! 見てってば! 絵が、絵が動いて、あっあっ、ああー――――――っ!」
「ミハル。食事中はその板を映すのはやめてください。ユニオが過呼吸を起こしそうです」
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食事が終わった後、ユニオは電源の落ちたテレビの画面をじっと見ていた。
再び点くのを期待しているのは明らかだったので、ミハルは思い切って声をかけてみた。
「テレビ見る?」
その質問にユニオはどきっとしたようだが、すぐに首を振った。
「み、見たくない!」
「じゃあ今日は、ちょっとお出かけしてみる? 公園とか行ったら同じ年くらいのお友達たくさんいるよ?」
「い……いらない!」
「いらない?」
「……ユニオ、ファムさまのお手伝いしてくる!」
言うが早いか、ユニオは洗い物をしているファム・アル・フートのところへすっ飛んでいった。
「あぁ……」
ぽつんと一人残されたミハルは、やる方なくリモコンを片手に立ち尽くした。
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そんな調子で3日が経って。
騎士隊長が養子縁組の書類を押し付けて帰っていった後。
「……ユニオちゃんと仲良くなりたい!」
ユニオがいないタイミングを見はからって、ミハルはファム・アル・フートに思い切ってそう打ち明けた。
「えぇ……?」
昔ながらの室内用のホウキで茶の間を掃除していたファム・アル・フートが手を止めた。
「父親らしいことがしたいって訳じゃないけど、預かることになった以上は一緒に遊んだり普通に話したりしたい! いつまでも避けられたままじゃ間が持たないだろ」
「父親らしいことって……」
ファム・アル・フートが意外そうな顔をする。
「"現世"では父親は子供と遊んだり話をしたりするんですか?」
「普通はそうだと思うけど」
「えぇっ?
「えぇっ、って……。おまえのいたところじゃ違うのかよ」
「"異世界"では平民や農民ならともかく、戦士階級以上ならまずありえませんね」
女騎士は軽く首を振りながら答えた。
「私も10歳くらいになるまで、父とはまともに話をした記憶がありません」
「マジか」
「"現世"は野蛮で人情を介さない世界だと思い込んでいましたが……。子弟教育については考え直す必要があるかもしれませんね」
真剣に考えだす女騎士を見て、ミハルは異文化ならではの不安を感じてきた。
「えっ、もしかしてそれが原因? 男が女の子に話しかけたら気持ち悪がられるとか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。むしろ良いことです。父親が優しい方が子供にとっては安心を覚えるのは"現世"も"異世界"も変わりません」
慌ててファム・アル・フートはフォローした。
「しかし、ミハルがそんなに子供に対して優しいとは……。てっきり恥ずかしがって冷たい態度を取ってしまう方かと」
「俺だってそんな、普段から優しいとかそういうのじゃないけど……」
面と向かって言われて、ちょっと気恥ずかしくなって口ごもってしまった。
「このままじゃユニオちゃんは、うちの中で閉じこもってずっとお前にくっついてるだけで一日が終わっちゃうぞ」
「それは困りますね」
「だろう?」
「ええ、このままでは私が出産した後、ユニオが嫉妬して赤ちゃんに対しても危害を加え始めかねません」
「おまえの発想ってやっぱりそういうレベルなのな……」
ぐったりと肩を落としたミハルに対して、ファム・アル・フートは含みのあるにやにや笑いを始めた。
「? 何だよ」
「ミハルが子供に優しくしてくれるなら、私たちの息子に対しても非常に良い影響を与えてくれそうです……。きっと優しくて誠実で利発な立派な騎士になってくれるでしょう」
「やめろよ親の期待を押し付けるの……」
言いかけて、ミハルはまるで自分が親になるのを容認しているかのような口ぶりになっていたので慌てて手を振った。
「だから父親らしいことがしたいんじゃなくて、ユニオちゃんを何とかしてあげたいんだよ」、
口をついて出た言葉が、言った後で自分の本心であることにミハルは気づいた。
「俺兄弟とかいなかったから、赤ちゃん返りとかする気持ちは分からないけどさ……。一人っ子って両親がいないとなかなか遊び相手とか構ってくれる相手が見つからないから……。全然違う世界に来て、知ってる人に極端に甘えたくなる気持ちは分かるっていうか」
両親が出かけてしまった時や、他の兄弟がいる同世代の子どもを見た時に感じた疎外感に似た感情が思い出されてかすかに胸を締め付けてきた。
あの寂しさを知っている人間が、もっと孤独なユニオに対して何もしないのはとても不実なことに思えてくる。
「そうですか……ミハルは寂しかったのですね」
女騎士は小さくうなずいた。
「何なら私のことを姉上と呼んでも良いんですよ?」
「誰が呼ぶか」
「なっ」
どや顔の提案をむべなく却下されて、女騎士は肩を震わせた。
が、取りつくろうように小さく咳ばらいをしてから続けた。
「分かりました、秘策を授けましょう」
「秘策?」
「ええ。人見知りする子供と仲良くなる方法です。これさえ守れば大抵は大丈夫、という」
ミハルは思わず身を乗り出した。そんな良いメソッドがあるとは思いもしなかったのだ。
「ど、どんなの? 教えて?」
「まずは一つ目。これが大事です。必ず守ってください」
ちょっと得意げに女騎士がひとさし指を伸ばす。
「無視することです」
次回は27日夜に追加します。




