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11話 こんにちは、ユニオちゃん(3)

 夕方。もうすっかり日は傾いて、昼間の残滓をかろうじて茜色の光に残すのみになった。

ユニオが泊まる用意が要るだろう、という祖父の言葉でミハルはうちに戻ることにした。

その後にファム・アル・フートとピッコローミニがぞろぞろと続く。



(まさか一緒に歩いてたら俺も同類と思われたりしないだろうな……)



 うっかり嫌なパーティーの一員だと思われたらどうしようと思いつつ、通行人の目につくのはどうしようもない。

女騎士と騎士隊長はどうやったって目立つし、途中で警察官やパトカーと出くわさないのを祈るばかりだ。



「じゃあ、ユニオちゃんがうちにいられるようにしてくれるんだな?」

「ピッコローミニ隊長がそう取り計らってくれるそうです」

「……完全に寝ちゃったね」

「泣き疲れたのですよ」



 はれぼったいまぶたを閉じて、ユニオがファム・アル・フートの背中で寝息を立てていた。

その小さな右手は口元からくっついて離れない。



「あ、まだ指しゃぶりしてるんだ。かわいー」

「……ところでミハル、本当に良いんですか?」



 少年が眠る幼児のほっぺったをつっつきたいという衝動に駆られたのと同時に、女騎士が真剣な声で尋ねてきた。



「何が?」

「貴方が決めたことなら、ユニオを預かるのをもう止めはしません。しかし、軽く考えないでください。子供を預かるということがどういう責任と負担を伴うのか、あなたはおそらく知らないはずです」



 ファム・アル・フートの言葉には経験者が発する時にのみついてくる特有の重さがあった。



(そういえばいつぞやたくさんいる従姉妹の面倒を見ていたとか言っていたな……)



と少年は思った。



「軽く考えてなんかいないよ」


 

 後ろの方で興味なさげについてくるピッコローミニが静かに聞き耳を立てていることを承知で、ミハルは言った。



「本当ですか?」

「本当だよ。だって、俺のためでもあるんだから」

「あなたのため?」



 寝乱れたユニオの前髪を払ってやってから言葉を続ける。



「俺も小さいころ、好きな人に行かないでって言えなかったんだよ。今日のユニオちゃんみたいに」

「……」

「子供にはどうしようもなくて、良い方法も思いつかないままただ感情を持て余して泣いてたんだ」



 ファム・アル・フートは神妙な顔で、立ち止まると体を揺するようにしてユニオの体をおぶり直した。



「それでずっとさ、考えてたんだ。あの時泣きながら必死に叫んでたらどうなってただろうって」

「だからユニオにあんなことを言ったんですか?」



 半分は以前ファム・アル・フートに言われた言葉の影響もあるのだが、面と向かってそういうのは自尊心が許さなかったのでミハルは質問を受け流して肯定にした。



「この子と一緒に、八歳だった俺も助けたいんだよ。俺は」



 少年の言葉に納得したのかしていないのか、ともかく女騎士はそれきり何も言わなくなった。



「でもユニオちゃんってさ、よっぽどおまえのことが好きなんだな。普通別の世界にまで会いに来ようとしないだろ」



 今更ながら多少感じてきた気恥ずかしさを誤魔化すつもりで、ミハルはつとめて明るい声を出した。



「私も意外でした」

「えっ」

「この子は実家の人間や従妹たちと仲良くしているものだとばかり……。まさかこんな風に思い詰める子だとは思ってもいませんでした」


 

 自分の肩越しに女騎士は背に負った幼児の頭を振り返った。



「じゃあ、なんであそこまでして?」

「実は、ユニオという名前は私が与えたのです。最初に会って保護した時この子は自分の名前も知りませんでした」

「……!」



 孤児だということは聞いていたが、思っていたよりもはるかに重い過去が垣間見えてミハルはたじろいだ。



「私は名前と家を与えてこの子に恩を施したつもりでいましたが……。それだけでは足りなかったようです。与えた者が負わなければならない責任というものを見過ごしていました」



 言いながら自分で納得するものがあったのか、ファム・アル・フートはうんうんとしたり顔でうなずいた。



「どうやら人を育てるということは、自分が学ぶということと同じようです」

「へぇ……」



 ミハルは我慢できずにユニオの頬に触れた。眠りながらユニオは鼻息を上げてむずがった。



「俺には何を教えてくれるのかな?」



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 家に着くなり、女騎士は激怒した。



「誰ですか―――! こんなに散らかしたのは―――!?」



 つい失念していた邸内の惨状を思い出して、ミハルは青い顔になった。

中途半端なところで起こされたユニオは顔をしかめて言った。



「ファムさま、うるさい……!」

「もしかして貴方がやったんですか、ユニオ!? 起きなさい!」

「――――――じゃ、俺は報告に帰るから」



 色めき立つ女騎士の返事を待たずに、騎士隊長は足早に廊下を渡ってトイレへと駆けこんでいった。



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 ……3日後。



「ユニオちゃん、一緒におやつ食べない?」

「食べたくない!」

「退屈じゃない? ご本読んであげようか?」

「いらない!」



 猫撫で声を出したミハルに背を向けて、ユニオは茶の間から走り去っていった。



「うぅ……」



 一人取り残された少年は、泣きそうな顔で用意していたお菓子やら子供向けの本やらを畳の上に放り出した。

ユニオの人見知りはなかなかの筋金入りで、こんな調子でミハルの側から近づこうとすればするほど一目散に走り去ってしまうのだ。



「ユニオちゃん、仲良くしようよぉ……」

「邪魔するぞ」

「わっ!」



 開きっぱなしの戸に情けない声を上げた瞬間、相変わらず眠そうな目をしたピッコローミニがいきなり入ってきた。

思わず声を上げてしまった少年に騎士隊長は渋い顔をする。



「人の顔を見て叫ぶとは失礼なやつだな」

「…………ヒマな親戚みたいな入り方してこないでよ!」

「そりゃ光栄。ほれ。届け物だぞ。ファム・アル・フートはいるか?」



 ピッコローミニが紙束を茶の間の座卓の上に放り投げた。

ミハルが呼ぶまでもなく、腰から下にユニオがくっついたファム・アル・フートが茶の間に顔を出した。



「これはピッコローミニ隊長。本日はどのようなご用ですか?」

「ほれ。新しい免罪符ほか一式だ」



 畳の上に膝を投げ出したピッコローミニが座卓の上を示して手をひらひらとさせた。



「ああ、これは大切なものを。ありがとうございます」

「何それ」

「ユニオの渡航許可証のようなものです。本来なら"現世(エレフン)"に来るには許可が必要ですから。これがないとユニオは違法滞在となってしまいます」

「緩いんだかきっちりしてるんだか良く分からないな、おまえんところは……」



 畳の上に座ったファム・アル・フートが書類を確かめる間に、ユニオはピッコローミニに向けて警戒心を露わにした目をしながら女騎士の背中にくっついた。



「ああ、例の新聞もお持ちいただけたんですか」

「昨日の聖都の早売りでな。読みたいだろ」

「これはこれは御心遣いをありがとうございます。ミハル、隠し子の話の訂正記事が載っていますよ」

「うーん?」



 もうあまり興味がなくなっていたミハルだが、新聞を読み上げる女騎士に付き合ってやることにした。 



「『本紙が発表した、騎士ファム・アル・フートの隠し子報道は事実誤認だったと聖堂騎士団より公式に発表された』」

「ああ、良かったじゃん」

「『幼児の証言は虚言だったと判明』」

「うん」

「『しかし引き合った祝福者安川ミハルは嘘をついてでも関心を買おうとした幼児の身の上をあわれみ、養子として引き取り養育すると聖堂騎士団のピッコローミニ隊長に告げられた』」

「……うぅん?」

 


 適当に相槌を打っていたところで聞き捨てならない内容を女騎士が読み上げたために、ミハルはがばっと振りかえった。



「『法王聖下はこれを大変喜ばれ、幼児を祝福するミサを上げられる予定』 まあ、良かったですね、ユニオ! とても名誉なことですよ!」

「……ちょっと待て。今何て言った?」

「もう一度読みますよ。『法王聖下はこれを大変喜ばれ……』」

「その前だその前!」



 耐えきれずに少年は叫んだ。



「俺がどうしたって!?」

「ああ、ユニオを養子と引き取るという形になったようですね?」



 平然とファム・アル・フートは言ってのけた。 



「ほれ。養子縁組届とラインホルト枢機卿直筆のサイン入り縁組許可審判書だ。お父さん」



 わざとらしくピッコローミニが抑揚をつけて言う。

あまりのことに、さあっと自分の顔から血の気が引けていくのがミハル自身にも分かった。



「養子ってどういうこと!?」

「あなたがユニオがここにいられるようにしてほしいと言ったのではないですか」

「15で父親になったのか、俺は!?」

「法律上はな。お前は妻帯者だし何の問題もない。ごくごく速やかに申し立ては受理された。俺が代理人になってな」



 相変わらず愛想というものが欠けた声でピッコローミニが断言してくる。

その声に密かな『してやったり』という満足が含まれている気がして、ミハルはおそるおそる確認した。



「ひょっとしてアンタ、最初からこうするつもりで……!」

「醜聞の一番いい消し方を知ってるか?」

「知らないよ! ……記者会見するとか?」

「答えは簡単だ。美談で上書きする。大衆は信じたい話と良い話の方を信じるからな」



 完全に手のひらの上で踊らされていたことをミハルは悟った。

どっと疲れが押し寄せてきたように力が抜け落ちて、ミハルはその場でへたりこんでしまった。



「俺、15歳の父親になっちゃった……」

「いやあ、祝福者様の海のように広大な慈悲深さには頭が下がる思いだ」

「他人事みたいな言い方して!」

「他人事だもん」



 いじめっ子の小学生そっくりの顔をしてみせた騎士隊長の顔を張り倒したい衝動にミハルは駆られたが、返り討ちに遭うのは火を見るより明らかなのでぐっとこらえた。



「……こいつがユニオの親になるの?」



 胡散臭そうにその様子を眺めていたユニオが、ミハルを指さしながらぽつりと漏らした。



「あああ、ユニオちゃん違うよ。えっとその、あくまで書類上のことであって、親だなんて……」

「そうですよユニオ。わきまえなさい」



 背中に隠れたユニオを引っ張って、ファム・アル・フートは自分の横に座らせた。



「こいつとは何ですか! ミハルはまだ若年ですが貴方の養父です。 ちゃんとお父様と呼んでご挨拶なさい」

「だから違うっての!」

「おとうさま?」

「違うよ! それにどうせならパパって言ってもらった方が嬉し……じゃなくて、とにかく違う! 違うの!!」



 髪を振り乱して訴える少年の様子をユニオは不思議そうに見ていたが、やがてあることに思い立ってぱっと眉を上げた。

 


「じゃあ、おかあさまだ!」

「違うってば! ……なんで!?」

「分かった。ママって呼ぶ」

「……間違ってる! 間違ってるよ、こんなの!! もー……! も―――!!」



 何一つ思い通りにいかない現実に対して耳まで真っ赤になりながら畳を叩きはじめた少年に、茶の間の三人は冷ややかな視線を送った。


構成直す必要が出てきたので少しお休みをいただきます。

次回は25日(金曜)に追加します。

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