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11話 こんにちは、ユニオちゃん(1)

 

「おいしかったー……」



 結局パンケーキを綺麗に片付けると、ユニオは満足そうに伸びをした。



「良かったですねユニオ。ミハルにお礼を言いなさい」


 

 ファム・アル・フートに促されて、ユニオはちらりとミハルの方を見上げた。

途端に満足そうな笑みは消え失せて、代わりに微かな怯えと尻込みとが赤みの差した頬に浮かんだ。

どうやら慣れていない相手の前では人見知りするタイプの子のようだ。



「……ご、ごちそうさま」

「あはは。どういたしまして」



 笑いながらミハルは皿とフォークを受け取って、台所へ片付けに行く。

少年が背中を向けた途端に、ユニオはぱっとファム・アル・フートの膝の上によじ登って耳打ちした。



「あいつすごい! 料理上手!」

「でしょう」

「うちに連れて帰って料理人にするといい!」

「失礼でしょう、ユニオ」



 内緒話にしては大き過ぎるその声に、ミハルは小さく苦笑した。



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「それでユニオ。あなた本当に私に会うためだけに現世(エレフン)に来たんですか?」

「んー?」



 女騎士の胸元に顔を埋めるようにしてくつろいでいたユニオは、それを聞いて顔を上げた。



「そんなことをしなくても機会はあったでしょうに。聖都に何度か戻った時とか、手紙を出して言付けを頼むとか」

「あ、そうだった」


 

 大事なことを思い出したように、ユニオはぱっと目を見開いた。



「ファムさま、今のうちに逃げる!」

「えぇっ?」

「ユニオと一緒に行く!」



 膝から降りたユニオは、ファム・アル・フートの手を引いて立たせようとした。



「何を言っているんですか、あなたは?」

「ファムさま結婚させられるって聞いた!」

「そうですが」


 

 ぐいぐいと腕を引っ張りながら、ユニオは必死に説得を試みようとする。



「無理矢理結婚させられるなんて良くない! ユニオが助けてあげる」

「何を言ってるんですか、あなたは。この結婚は神々が望まれたことですよ」

「それが本当かなんか分かんない!」



 椅子から動こうとしないファム・アル・フートに苛立って、ユニオは声を上げた。



「きっとだまされてる! 相手の男がファムさまをたぶ、たぶたぶ、タブカ、タブカブラ……!」

「『たぶらかした?』」

「そう! それ!」



 我が意を得たりと幼児が『ビシッ』と女騎士を指さす。



「とにかくそいつのせい! そいつがファムさまを無理矢理閉じ込めて、自分のものにしようとしてる! 相手の男が全部悪い!」

「えぇっ!?」



 キッチンの奥からオレンジジュースをグラスに注いで持ってきたミハルは、幼女の言葉を聴いて愕然とした。



「あ、ジュース来た」

「あとにしなさい」

「……そいつがいない間に逃げる! おうちに帰って隠れる!」

「いえ、私の夫はここにいますが」



 ユニオはぴたりと喚くのをやめて、辺りをぐるっと見渡した。



「こいつ!?」

「ちげーよ」

「違います」



 ユニオから疑いの目を向けられたピッコローミニとファム・アル・フートが即座に否定する。



「じゃあ誰!?」

「こちらが私の夫のミハルです」

「…………」



 女騎士から手で示されて、ユニオはゆっくりとジュースをお盆の上に置いたミハルの方へと振り返る。

呪い人形のように丸い目が見開かれて、その視線に射抜かれたミハルは思わず肩をすくめた。



「おまえかーっ!」

「えっと、一応そういうことになってるみたいで……」

「ゆ、ユニオがやっつけてやる!」

「えぇっ……?」

「ファムさまを返して!」

「わわっ!?」



 猛烈な勢いで突進しながら、幼児はぐるぐると両手を振り回しだした。

突然のことにミハルは慌てて身をよじり、その拍子にオレンジジュースの液面がグラスからこぼれそうになる。

それを見てユニオは急制動をかけて停止した。



「飲み物あぶないから置いていいよ」

「あっ、そう? どうも……」



 そっとミハルが手近なテーブルに飲み物を安置したのを見計らって。



「この―――!!」



 ユニオは突撃を再開した。

そのままミハルの下っ腹のあたりにどすんと頭をぶつけ、両手で胸や腹をぽかぽかと殴りつけ始める。



「返して! ファムさまを返して―――!」

「……あはは、痛いよユニオちゃん」



 いかに元気いっぱいとはいえ、7歳の幼児相手である。

小柄でなよやかとは言っても男子高校生のミハルが面と向かって気を張っていれば大した痛みを負わせられるはずもなかった。



「ちょっと! ユニオ! 何してるんですか!」



 血相を変えて駆け寄ったファム・アル・フートが、慌てて後ろからユニオを引きはがした。



「こいつ悪いやつ! ファムさまと結婚したくて無理矢理言うことを聞かせてる!」

「えぇ……?」

「やっつけて帰る! おうちの人たちも、みんなファムさまに帰ってきて欲しいって言ってる!」

「実家の? 父たちがですか?」

「そう! みんなファムさまがいなくてさびしいって!」

「嘘ですね」



 必死に説得しようとする幼児に向かって、ファム・アル・フートが淡々と言った。



「『神々と神造裁定者のためなら死して戦場に屍を晒して悔いなし』、それが一族の家訓です。私にそう教えてきた父が、娘が現世(エレフン)に嫁いだくらいのことで不満を漏らすとはとても信じられません」

「どんな家だよ」



 ミハルのツッコミを無視して、ファム・アル・フートはむくれる幼児に対して少年との間に割って入るようにして続けた。




「それに、ミハルは私の大切な人です! いくら貴方がまだ小さいとは言っても、無礼や暴力は許しませんよ!」

「大切な人って、そんな、こんな小さな子の前でおまえ……」



 赤面する少年に向かって、女騎士は不思議そうな視線を向けた。 



「何を恥ずかしがるのです? 本当のことなのに」

「ええっ、そんないきなり……! 本当に……?」

「もちろんです。私はあなたのことを、実の弟のように大切に思っていますとも!」

「…………」



 目を輝かせて朗々と断言するファム・アル・フートは、一転表情を曇らせたミハルがこめかみをぴくぴくと震わせ始めたのには気付かなかった。



「ウソ―――ッ!」



 二人の様子見ていたユニオは、短い眉を八の字にして叫んだ。



「ファムさま、だまされてる! ファムさまが好きなのはこういうのと違う!」

「何を失礼なことを言っているんです、あなたは」

「ファムさまが好きなのは、もっと強くてたくましくて背が高くてヒゲが立派な人! ユニオは知ってる!」

「うっ!?」



 幼児の鋭い指摘に、女騎士はあからさまに動揺した。



「そ、それはですね、あくまで外見の好みというか、結婚相手の条件というものとはまた別の話で……」

「でもそういう人が好きってユニオに言ってた! 背が低くてやせててヒゲが生えてない男はきらいって言ってた! 言ってたもん!!」

「ユニオ、その話はちょっと今はやめておきましょうか……」 



 背後からの少年の咎めるような視線に額に脂汗を浮かべて、しどろもどろに女騎士は幼児の言葉をさえぎろうとした。



「とにかく、ミハルとの結婚は神々が望まれたことです。 私の一存や、あなたの言葉でくつがえせるようなものではありません」

「じゃあこいつが死んだら帰ってくる!?」


 

 剣呑な言葉と共に指さされて、ミハルは思わずたじろいだ。



「いいえ、もう私は現世(エレフン)に嫁いだ現世(エレフン)の女。現世(エレフン)の習慣に従います」

「習慣?」

「夫に先立たれた時は葬儀の場でその火葬の火に飛びこみ、後を追って死後も添い遂げる。これが現世(エレフン)の妻の美徳なのです」

「サティは日本の文化じゃねーし今は禁止されてるぞ」



 ぽつりと言った少年の指摘は聞こえなかったらしい。幼女は顔を青くして、わなわなと未亡人への極端な貞淑を求める未知の地の風習に戦慄した。



「そんなのやだ! ファムさま、死んじゃダメ―――!」

「止めないでくださいユニオ! 神のために殉じるのが私の誓いなのです。死など恐れはしません!」

「なんなんだおまえら……」



 すがりつく幼女と、決然と言ってのける女騎士とのズレたやりとりを目にしたミハルがぽつりと漏らした。



「や、やっぱりこいつやっつけて帰る!」

「だからやめなさいと言ってるでしょう!」

「あはは……良いよ。かわいいもんじゃん」



 再び手を上げて突っ込んできたユニオに対して、ミハルを余裕を持って受け止めるつもりだった。



「てや――――――っ!」

「はうっ!?」



 勢いをつけて振りかぶった渾身の一撃は、目測を誤りミハルの下腹部を直撃した。



「おっ?」



 両手で股間を抑えて膝からくず折れた少年と、思わぬ破壊の力をもたらした自らの右拳とを交互にユニオは見比べた。



「……やっつけた!」

「なんてことをするんですか!」



 慌ててファム・アル・フートが駆け寄り、苦悶の形相を浮かべるミハルを助け起こそうとする。



「ふ、ふふふ、強いなぁユニオちゃん……!」

「ユニオ! ミハルをいじめるんじゃありません!」

「たたた、大したことないさこのくらい……。ひっ! ひっ、ヒッヒッフー、ひっひっふー……!」

「将来使い物にならなくなったらどうするんですか!?」



 店内の喧騒を無視して、カウンターのピッコローミニはミハルの祖父に向かって注文した。



「マスター。コーヒーを頼む」

「えっ? 失礼ですけど、お代は大丈夫……?」

「代金はあいつにつけてくれ」

「うちはツケはちょっと……」

「おい、騎士ファム・アル・フート! いくらか貸してくれ!」

「それどころではありません!」



 青い顔色を通り越して土気色になりだした夫の背中を擦りながら、女騎士は上司に向かって乱暴に叫び返した。

次回は20日夜に追加します

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