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10話 ユニオが来た(3)




「むー……」

「…………」

「…………ハァ、ハァ、ハァ」


 

 頬をふくらませたままの幼児。

その上着の首根っこをむんずとつかみ、片手で空中へと持ち上げたまま憮然とした顔を崩さない騎士隊長。

そしてなけなしの体力を使い果たし、畳の上で両足を投げ出し荒い息をつく少年。


 この短時間のうちにしっちゃかめっちゃか好き放題に散らかして回った部屋のうちのひとつ、茶の間にて疲れ果てた三人はしばし息を整えた。


 本気で暴れる子供はこんなにも厄介な存在なのかとミハルは再認識させられた。袖を引っ張ったくらいではまるで障害にならない。

その上最低限の分別も期待できず遠慮もお構いなしで全力で抵抗するから手に負えなかった。



(保母さんとか幼稚園の先生ってすごかったんだ……)



 妙なところで特定の職業への尊敬を新たにするとともに、ここまでエネルギッシュに立ち振る舞える幼児の底無しの体力に呆れるよりむしろ感心した。

その幼児は今、分厚い上着の首根っこを捕まえてられて猫の子のように吊るされている。


 最初はこの姿勢のままでも暴れようとしていたが、文字通り手も足も出ないのを見て取って流石に諦めたようだ。

そんな恰好で苦しくないのかとミハルは一瞬心配になったが、上着にかかる力は脇やベルトに分散しているらしく苦し気な様子はない。というよりむしろ不機嫌そうにむくれている。



「このままこいつを捨てて帰りたくなってきたんだが」

「ちょっと! やめてよ! うちに置いてかれたって困る!」



 何かを諦めたかのようにピッコローミニが聞き捨てならないことをつぶやいてきた。



「あいつはどこ行った。いないのか」

「ファムならお店に行ったけど……」

「あんだと?」

「だってこんなに早く連れてくるとは……」

「ファムさま―――!」



 その名前を聞いただけで幼児は目を輝かせた。



「ファムさま! 近くにいる?」

「無責任なやつめ。呼び戻せるか?」

「お客さんが来てたり混んだりしてたら難しいかも……」

「ファムさま! このままファムさまのとこ行って! 行ってってば!」

「仕方ない。こっちから出向くか」

「えぇ……。この子連れていくの?」

「ファームーさーまー!!」

「ああもう、うっさい!」



 会話をしていようとお構いなしに黄色い声を上げる幼児を、ピッコローミニは怒鳴りつけた。

キンキン声こそやめたものの、幼児は一切ひるむ様子もなく唇をとがらせた。



「何がしたいんだ。お前は?」

「おまえじゃない! 名前がある!」



 ピッコローミニの質問に、幼児はじたばたと振り向こうとしながら応じた。



「そうかい。じゃあ改めて名乗っていただこうか」

「ユニオ!!」

「家名は?」

「ない!」

「ない? じゃあ生まれた土地の名前で名乗れ」

「知らない!」

「…………」



 話を広げるつもりが返ってとっかかりがなくなって、ピッコローミニは相変わらず眠そうな目のまま固まった。



「ユニオ、ファムさまに会う! ファムさまに会いたい!」

「なんだお前。もしかして騎士ファム・アル・フートのファンか? じゃあ直接会うのは勧められないぞ。がっかりするからな」

「ちがう! ユニオはファムさま知ってる!」


 

 甲高い声でユニオと名乗った幼児は叫んだ。



「ほう。あいつの何を知ってる?」

「色んなこと知ってる! おまえよりもファムさまのことくわしい!」

「言ってみろよ」



 ピッコローミニがアゴをしゃくると、幼児は得意げに並べ立てた。

 


「ファムさまはつよい! 力もち! がんじょう! おこるとこわい!」

「おい、嘘でも良いから綺麗とか優しいとか言ってやれよ」

「ファムさまは実はお酒が好き! 隠れて飲んでるけどユニオは知ってる!」

「どうだ?」



 騎士隊長から確認を求められて、ミハルは即座に台所の隅に並んだ空いた酒瓶を思い浮かべた。



「まあ、そういうところはあるかも……」

「あとファムさまはおイモ好き! おイモ料理するのも好き!」

「そうなのか?」

「あ、当たってる……」



 女騎士の芋に対する執着はこの一か月で身に染みている。噂や風聞で漏れ聞いたにしてにしては妙にピンポイントな情報だった。



「それでおイモばっかり料理する! みんなおイモばっか食べさせられるって言ってたけど、ユニオもおイモ好き!」

「お前の意見は?」

「え、えーと……ノーコメントで」



 自分と悩みを共有する者が他にもいたことにかすかな共感を覚えながら、少年は首を振った。



「ファムさまはお風呂に入るときワキの下から洗う!」

「そうなのか?」

「知らないよ!」



と言いつつ、


(本当だったらなかなか珍しい入り方だな……)


と少年は内心驚いた。



「ファム様は右のおっぱいの下にホクロが二つある!」

「そうなのか?」

「知らないってば!!」



慌てて手を振って否定する。



「ユニオはファムさまのおっぱいこっそり触ったことあるよ! 10回くらい!」

「お前は何回ある? 揉んだり吸ったりしたことは? 形と感触と重さはどんなだ。正直に答えろ、どうだった?」

「あるわけないだろ! ……さっきからどっちに質問してんの!?」



ずいずいとこっちに真顔で質問を向けてくるピッコローミニに、耐えきれずミハルは抗議した。



「他にはないか? 足の裏に毛が生えてるとか首から上だけで真後ろを振り返ることができるとか」

「そんなこと聞いてどうする?」

「……じゃあ真面目な方の質問に答えてくれ。お前は騎士ファム・アル・フートの何だ?」

「えーと……。そうだ、隠し子!」



 これまでとは違って、わずかに考えるそぶりを見せてから幼児は答えた。

ピッコローミニは気付いて、目ざとく片方の目を軽く見開いた。



「……お前、もしかして誰かにそう言えって言われたか?」

「うん」



探りを入れる騎士隊長の言葉に、幼児は素直にうなずいた。



「誰に」

「つかまった教会のシスター」

「なんでそんなことを」

「そうすればファムさまのところに行けるって言われた」

「……」



 再びしばし沈黙。



「訳が分からん」

 


 幼児の首根っこを持ち上げたままの騎士隊長は、ぽつりと状況を総括した。

おそるおそる、尋問ともいえない問答の様子を見ていたミハルが口を挟む。



「あの、ちょっといい?」

「何だ」

「この子がファムと全くの無関係とは思えないんだけど……」

「俺もそう思えてきた」



 作り話にしてはあまりに具体的にファム・アル・フートの私生活の些細な点について知り過ぎている。作り話ならもっと大げさなことを言いだしそうなものだ。



「あと、この子がファムの娘だとはとても思えないんだけど」

「同感だ、俺もそう思う」



 まず外見が全く似ていない。言動もとても母親を語る口ぶりとは思えなかった。



「……親戚の子とか?」

「それならなおさら隠し子を名乗る理由が分からんな。会いたきゃそう言えば良い」

「ユニオは隠し子!」



 蚊帳の外で話を進められるのが気に食わなかったのか、幼児は短い眉を八の字にした。 



「だから会わせて! ファム様と会う! 会―――う―――!」

「暴れるな」



 先刻は暴れて見せたがじたじたとしたところで所詮短い手足である。片手で全体重を支えて小揺るぎもしない騎士隊長の腕からは逃れるべくもなかった。



「このまま本人のところに連れていこう」

「大丈夫かな……」

「そうしないと話が進まんぞ」

「いやそうじゃなくて……幼児誘拐っぽくない? 見た目が」



 猫の子を運ぶように子供を無遠慮に持ち上げるピッコローミニを見た印象を、うっかりミハルはそのままに口にしてしまった。

どう見ても保護者には見えないから、警察官やパトカーに見つかろうものなら声をかけられること必定である。おまけに鎧姿に帯剣までしていて不審極まりない。


 

「誘拐犯? 俺が?」


 

 心外そうにピッコローミニは小鼻をひくつかせた。

(怒られるかな)ととっさに身を引いたミハルだが、



「……まあ否定はしづらいが」



声にわずかばかりの哀愁をにじませて、ピッコローミニはうなずいた。



(え、何今の。もしかしてちょっと傷ついた?)

「おい行くぞ。何してる。案内しろ」



 軽い驚きを覚えたミハルに対して、あっという間にいつもの調子を取り戻したピッコローミニはそう命じてきた。



次回は18日夜追加します

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