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10話 ユニオが来た(1)

 ファム・アル・フートは激怒した。

必ずやかの事実無根かつ厚顔無恥な噂を粉砕せねばならぬと決めた。



「なんですって―――――――!?」




 興奮のあまり、女騎士はもう少しでその低俗なゴシップ新聞を二つに引きちぎってしまうところだった。



『騎士ファム・アル・フートに隠し子!? 祝福者婦人に不倫の疑惑!』というあまり文学的感性を刺激しない見出しだが、女騎士の心を揺さぶるには十分効果的だったようだ。

だがその心の振れ幅は感動よりも憤怒の方が大きかった。



「寝も葉もないことをっ! 許せません! なんという侮辱ですか!」

「その様子じゃ本当に身に覚えがなさそうだな」


 

 安川家の台所で、ピッコローミニは出されたインスタントコーヒーのカップを『ズズッ』と音を立ててすすった。

 


「当たり前です! こんな醜聞をでっちあげる新聞はすぐに回収すべきです!」

「そんなことしたら噂が本当だから権力で無理矢理抑えつけようとしてるって風聞が立つぞ。聖都の人間のゴシップ好きは知ってるだろ」



 ぐぬぬぬとファム・アル・フートが歯ぎしりする横で、安川ミハルは一向に状況が把握できないままだった。



「落ち着けよ。何が書いてあったんだよ」

「これが落ち着いていられますか!」



 女騎士をなだめる以外の方策がなくなったミハルに向かって、ファム・アル・フートは新聞紙を広げて見せてくる。



「読んでください! ここ、ここです!」

「読めねーよ」



 大きな見出しを指さされたところで、英単語すら怪しいミハルにとっては異世界の文字なぞ宇宙人の言葉と大差ない。複雑に並んだ文字を見ても単語の区切りどころか文字と数字の区別すらチンプンカンプンだった。


 

「ああ、失礼。要約するとですね……」



 ファム・アル・フートの話を総合すると次のようなものだった。



【聖都郊外の教会に併設された孤児院で、奇妙なことを言い出す子供が見つかった】


【その子供はつい先日入籍して世界的な大ニュースとなった騎士ファム・アル・フートの隠し子であると主張している。その証拠として騎士ファム・アル・フートの身内しか知らないはずの癖や体の特徴をいくつか証言している】


【7歳だというこの子供の身元は不明だが、聖都の路上で生活していたところを孤児狩りで収容されたとのこと】


【聖都の聖堂騎士団と法務聖省はこの噂を重く受け止め、事実関係の調査に乗り出した模様……】


【これが事実だとすれば法王圏を揺るがす醜聞となりかねない。続報が分かりしだい本紙で掲載する】

 


 云々。


 

 要はスキャンダルどころか、真偽定かならぬレベルの飛ばし記事らしい。そうミハルはあたりをつけた。

 


「……それから聖都で行われたレスリング大会で哲学者が優勝したことと、ある家庭で子猫が一度に15匹産まれたとあります。まぁ、15匹も!?」

「いやそっちはどうでも良いわ」

「これは子沢山の縁起の良い猫かもしれません! 我が家に1匹いただきましょうか!?」

「おい、帰ってこい」



 ミハルはうんざりした顔で、三面記事の方へと釘付けになったファム・アル・フートから新聞紙を奪い取った。


そこでコーヒーを飲み干したピッコローミニが、相変わらず眠そうな視線を女騎士へと向けてくる。

 


「確認するが、本当に事実無根なんだな?」

「当たり前です! 私がいくつだとお思いですか? 22ですよ! 7歳の娘がいるわけ……」



 刃物を引き抜くように鮮烈な語気で強く否定した女騎士だが、徐々にその声は細くかすれていった。



「……ないとは言い切れませんね」

「だろう?」

「言い切れないのかよ!」



 思わずミハルは叫んだ。



「え? 15歳で妊娠出産なんて普通でしょう?」

「普通じゃねえよ! ニュースだよ!」

「ガカ州のダマエ家の婦人など12歳で出産したと聞きますよ」

「うへぇ……すげぇわ異世界」



 嘆息する少年のはす向かいで、そろそろしびれを切らしだしたピッコローミニがずいと身を乗り出してくる。


 

「心当たりはないのか? 虚言なら誰かの恨みを買ったとか……」

「いいえ、全く」

「確認しとくが昔の恋人の捨て子が嘘の母親を吹き込まれたなんてことはないだろうな?」

「もちろん! 肌を許した覚えなどありません! 私は今でも清らかに純潔を保っています!」

「え、マジで?」



 ピッコローミニが目を丸くしたのと同時に、ファム・アル・フートは『しまった』という顔をした。



「お前、まだ処女なのか!?」

「しーっ! そんな大きな声で! ミハルに悪いでしょう!?」



 何とか落ち着かせようとする女騎士の努力も空しく、ピッコローミニは普段の騎士隊長からは想像もつかない動揺を示した。



「嘘だろ、同棲して一月以上も経つのにか!?」

「ま、まだ子供なのです! 夫を責めないでください!」

「俺が15のころは女とヤることばかり考えてたぞ!?」

「ミハルは繊細なんです! 寝所に誘っても断ってしまうくらいに! もう少し時間をください!」



 あまりに大声で二人が明け透けに夜の生活について意見を交わしだしたので、ミハルは思わず顔を赤くしたまま呆気に取られてしまった。



「おいどうするんだよ、お前らの子供が生まれたときに洗礼を受けさせるために新築する聖堂はもう設計が始まったんだぞ」

「え? もう? でも着工はまだ先でしょう?」

「それがな、お前らのことが評判になって全土から寄付と寄進が恐ろしい勢いで集まったんだ。施工は予定よりずっと前倒しになった」

「そ、そんな勝手な! こっちにも予定というものがあるのに!」



 慌てふためく女騎士に、ピッコローミニは眉をそばだてて耳打ちした。



「……何がいけないんだ? もしかしてお前みたいなのは"現世(エレフン)"じゃ不細工の部類なのか?」

「そういう訳ではないらしいのですが……」

「婚前交渉は文化的な理由で駄目なのか」

「いえ、そうではないのは情報筋から確認済みです。どうやらミハル個人の問題のようなのですが……」



 テーブルを向かいあってひそひそと……しかし充分聞こえる音量でそんな密談をされて、ミハルはだんだんむかっ腹が立ってきた。



「他に意中の女でもいるのか?」

「分かりませんが、もしかしてありうるかも」

「……どうする? 消すか?」

「物騒な! それは最後の手段です!」

「女とは限らんな、男かもしれんぞ」

「そんな非生産的な! ああ、神様……」


 

 大げさに悲嘆する女騎士に対して、騎士隊長は何か思いついたように眉を小さくはね上げた。



「あ、ひょっとして身体的な理由か? 包茎とか? それでコトに及べないんじゃないか」

「ああ、なるほど」

「――――――っ!」



 脱力してテーブルに突っ伏してしまったミハルを無視して、騎士二人は天啓が降りてきたかのような晴れ晴れとした顔で自分たちの仮説を信じ込んだ。

椅子に座ったまま絶句する少年を挟み撃ちするような形で、テーブルを回り込んで両側から優しく肩を叩いてくる。



「気にするな。今は手術でちゃんと治せるんだ。聖都に良い医者がいる」

「わ、私は何も気にしませんよミハル。恥ずかしいことではないのですから」

「な。勇気を出せ。人生が変わるぞ」

「手術を受けて一つ上の男になりましょう、ミハル!」

「…………!」



 少年はとうとう耐えきれなくなった。平たく言えばプッツン来た。



 ――――――ドン!!

 


「俺 は 仮 性 だ ! ! 」



 両手でテーブルを叩きながらそう叫んだ少年の裂帛の気迫は、歴戦の騎士二人をたじろがせるのに余りあるものであった。



「隠し子の話は一体どうなったんだよ!?」

「隠し……?」

「おまえさっきまでそれでキレてただろうが!?」



 ミハルはテーブルの上の新聞紙を拾い上げると、トップの見出しをばしばしと手ではたいて見せた。



「そ、そうでした。とにかく出まかせです。身に覚えはありません。私は純潔です」



 気を取り直して、ファム・アル・フートはピッコローミニ隊長に向かって腕を組んでみせた。



「まあ俺もお前がうまいこと男と情を交わせたとは正直思ってないが」

「まあ! お疑いですか!」

「そうは言ってないぞ」

「では証明してご覧にいれます! ちょっと寝所へ失礼しますよ!? ミハル、お布団を引きましょう、ね!?」

「落ち着け」



 女騎士が少年を連れて奥へ引っ込もうとするのを腕を引いて騎士隊長は引き留めた。



「しかしな、全く縁もゆかりもないガキがいきなり自分は有名人の子供だって触れ回りだすと思うか?」

「単なる悪質ないたずらでしょう?」

「三流とはいえ新聞沙汰になるくらいには詳細にお前のことを知ってるんだぞ? そもそも目的は何だ?」

「口止め料目当てでは?」

「間に入る大人もいないのに? 子供だけで計画しようとするか、そんなこと。 バカなことって怒鳴られておしまいじゃないか」



 ピッコローミニの言葉に、流石にファム・アル・フートも語気を静めざるをえなくなってきた。



「……確かに気持ち悪いですね」

「だろう」



 ファム・アル・フートは目だけで『ではこれからどうするのか』と尋ねた。

ピッコローミニは先を言った。



「とにかく一度、こっちに連れてこようと思う。会って話せば分かることもあるだろ」



 女騎士は露骨に嫌な顔をした。



「嫌ですよ、私は! 会いたくなどありません!」

「我慢しろ。本当に縁もゆかりもないガキならそれなりに処置を取る」

「そんな!」

「命令だぞ」



 うぅ……と小さく不満げな息を立てたが、女騎士にはそれ以上上司に逆らう気力も代わりとなる妙案も浮かばなかったようだ。

渋々同意せざるをえなかった。


次回は明日夜追加します

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