1話 赤ちゃんの作り方(2)
「あー、もう! いい加減にしてくれ!」
ぴったりをくっついてこようとする女騎士の鎧を両手で必死に押しのけて、ミハルは何とかファム・アル・フートを元いた座布団の上まで戻すことに成功した。
しかし彼女はまだ諦めきれないようで、細い眉を山なりにしかめている。
「どうしてそんな風に拒むのです? あなたくらいの年なら既に結婚していたり子供がいる同世代の男も他に大勢いるでしょう」
「いねーよそんなやつ! もっと周りを良く観察しろ!」
「もしかして……私に魅力がありませんか?」
急に語気を弱めて、しゅんとファム・アル・フートは目元を潤ませた。
「え、"エレフン"では私のような見た目は器量が悪いとされるのですか?」
そんなはずがなかった。街を歩けば誰もが振り返るほどの容姿だ。
が、肩を落とした女騎士に面と向かってそんなことを認める気にはとてもなれず、ミハルは目を逸らした。
「そ、そんなことないけど……」
「ならどうして? 騎士としての務めばかりでもう22歳になってしまった行き遅れだからですか!?」
「それ絶対外で言うなよ……?」
「分かった! 胸と尻が大きいから気にいらないのですね!? 仕方ないでしょう、母の血なんです! このだらしのない体は! 私だって、もっとしなやかな均整の取れた体になりたいくらいですよ!!」
「……おまえって、自分でも気付かないうちに相当恨み買ってそうだな」
「? 何の話ですか……?」
そこで一息ついた女騎士は、あることに思い至ってぱっと目を開いた。
「分かりました……」
「えっ」
「ミハルはまだ陰毛が生えてないから、男性として自分に自信がないんですね!?」
「……」
密かに抱いている身体的なコンプレックスを大声で指摘されて、ミハルはやや長く伸ばした前髪の下で額に青筋を浮かべた。
「わ、私は気にしませんよ! 性徴は人それぞれですからね! ヒゲだけは立派に蓄えた方が魅力的だとは思いますが……」
「―――」
「何も問題は……はっ! も、もしかしてミハルは……精通していないんですか!?」
「――――――」
「ああ、まさか、そんな……。神様……」
「―――――――――」
「た、確かめてみましょう! 勃起って分かりますか!? おちんちんが大きくなることです! まさかそこまで子供ではありませんよね!? ……ちょっと見せてください!」
「いい加減にしろ」
少年のベルトに額に脂汗を浮かべたファム・アル・フートが手をかけたところで、金髪で覆われたその脳天にミハルの手刀がめり込んでいた。
「――――――ッ!!?」
畳の上で悶絶する女騎士に背中を向けて、ミハルは座布団の上にどっかりと座り直した。
「そうじゃなくて……気持ちってあるだろ!」
「き、気持ちですか?」
「良いのかよ……。その、いきなり結婚しろって命令されて、だから子作りって」
「……」
照れと羞恥心を乱暴な語気で隠そうとしている少年の声に、ファム・アル・フートは神妙な顔でそのすぐそばへ座り直した。
「ミハル。私は摂理を重んじ義に生きる騎士です。神より受けた使命を全うするためなら、己の小さな我欲などといった問題は取るに足らないことです」
「じゃあ、俺以外でも神様に命令されたら、その、子ども作るのかよ……」
「そ、そんなことはありえません! 私たちはもう法王聖下によって認められた夫婦です。他の男に肌を許すなどと!」
慌てて否定する女騎士だったが、その言葉の意味はミハルが期待するところと違っていることには気付かなかった。
「俺は嫌だからな」
「え?」
「なし崩しで……とか、命令でとか、義務とか、そんな理由で『する』のは絶対嫌だ!」
勢いこんで少年は言い切った。
「わ、私はミハルと愛しあうには不適格ですか?」
「……『おまえ』がっていうのとは違う。 好きな相手と、同じ気持ちでしかやりたくないだけで……」
羞恥心で耳まで赤くしながら、しどろもどろになって少年は言った。
これではほとんど告白しているようなものではないか。どうして自分がこんな風に追い込まれているのだろう。
理不尽な目に遭っているという想いを抱えて、ミハルは横目でちらりとファム・アル・フートの様子をうかがった。
意外に打ちひしがれるでもなく、気が急いている様子もなく、女騎士は少し神妙そうに小鼻をひくつかせていた。
「私は急ぎすぎですか?」
「多分」
「ではどうすればミハルは子作りに真剣になってくれるのですか?」
『すごいことを言われてるな……』と思いながらミハルは小首をひねった。
「それは、その……ちゃんと手順を踏んでだな」
「ほう。手順」
「恋人らしいこととかして、絆が深まったら……。その気になるかも……」
言いながら、こっそりとミハルは指先で畳の上に置かれた女騎士の手を探した。
「なるほど、全て分かりました!」
が、少年の指先がその手に辿りつくよりも先に、女騎士はいつのまにか晴れ晴れとした顔に戻って立ち上がっていた。
「えっ」
「では準備をしてまいります! また後ほど!」
何ひとつ後ろめたいものがないかのような顔でそう挨拶すると、女騎士は大股で茶の間を出ていった。
「……準備って、何の?」
後には、寂しく片手を宙に浮かしたミハルだけが残された。
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……小一時間ほど経って。
仕方なくミハルが再び、スマートフォンのグループチャットにやる気のない相づちを打っていると。
「お待たせしました!」
意気揚々と女騎士が茶の間の戸を開けて戻って来た。
「何してたの?」
「ミハル。私は目からウロコが落ちた思いです。あなたに感謝を」
「は?」
「正しい知識がなければ、正しい行いができるはずもありませんね。私としたことが焦り過ぎて手順を見失っていました」
ぺこりと定規で測ったかのような正確な立礼をされて、少年は思わず体を起こしていた。
「さあ、では一つ一つ順番に手順を踏んで子作りをしましょう!」
「えっ、そんないきなり……!?」
「大丈夫、一通りの知識は身に付けてきました! 準備もできています! 私に任せて!」
そう言い切ると、ミハルの目の前に座った女騎士は持参した革袋から何やら取り出し始めた。
「だからさっき言ったみたいに気持ちが大事なんであって……!そ、それに、いきなりそんなこと言われても心の準備が……!」
いきなり耳まで真っ赤になった顔を見せるのが恥ずかしく感じられて、慌ててミハルは両手で顔を覆った。
「…………?」
覆った手のひらの向こうで聞こえてくるガサゴソと紙がこすれ合うような音に、ミハルは手を下ろした。
「……なんだそれ?」
良い笑顔のファム・アル・フートが手にしていたのは、十何枚かの厚手の紙の束だった。
一番手前の紙には黒のインクとペンを使って、見たこともない文字が中心に大きくでかでかと書いてある。
「ちゃんと1から手順を踏んで、ミハルには正しい子作りの方法から学んでいただきます!」
「……」
「題して、『赤ちゃんの作り方』!」
はじまりはじまりー、と前口上を述べてからファム・アル・フートが一番手前の紙をめくる。
次の紙に描いてあったのは、丸坊主と長髪をした服を着ていない呪いの人形二体だった。
もしかしたら筆者の技量が追い付いていないだけで、裸になった男女が描かれているのかもしれない。
「まずこのように夫婦がお互いの服を脱いで――――――グハッ!?」
言い終わらないうちに、ミハルのチョップが女騎士の脳天へめり込んでいた。
次回2_1「初夜忘れるべからず(前)」は明日午前9時ごろ追加します。




