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6話 夢のマイホーム!?(2)

 放課後になった。

ミハルは友人たちの遊びの誘いを断って、足早に帰宅していた。



「まさかとは思うけど……いやでも流石に……だけど万が一……いくらなんでもアイツもそれくらい……」



 ぶつぶつと心中の葛藤をこぼしながら不安から小走りになってしまう。

自宅の屋根が見えてきたところで、ほっと安堵の息まで漏らしてしまった。どうやらパトカーが何台も集まっていたり立ち入り禁止のテープが貼られている様子はない。



「なーんだ、心配してバカみたい……」



 ファム・アル・フートがいくら中世風ファンタジー世界から飛び出してきた女騎士だからといって、何の分別もなく刃物を振り回すほど論理の通用しない相手ではない。

留守番くらい任せられないのは流石に自分が心配性すぎる……というより気が小さかったのがいけなかった。

ちょっとバツの悪い思いをしながら、ミハルは玄関の扉に手をかけた。



「あれ」



 引き戸は意外な抵抗を見せた。鍵がかかっている。

自分には覚えがないし、祖父はまだ帰っていないはずだ。

誰か来ても応対するなと自分が命じたので、ファム・アル・フートが内側から閉めたのだろうか。女騎士が一人で外出するというのは考えたくない事態だった。



 まあいい。合鍵で開けるだけのことだ。

鞄から鍵を取り出して差し込むと、子気味良く開錠する手ごたえが返ってきた。



「……あれ?」


 開かない。

建付けが悪くなったのかと慌てて引き戸のすりガラスの向こうを透かし見ると、ホウキか何か棒状のものがつっかえ棒になっているようだった。

鍵の閉め方を知らない女騎士の仕業だな、と少年は決めつけた。



「ちょっと! ファム! いないの?」



 ご近所さんに恥ずかしいな……と思いながらも、仕方なく狭い庭の方に回って大声を上げた。こうなっては中からファム・アル・フートに開けさせる以外の方法がない。



「……?」



 少年はぎょっとした。

庭に面した縁側は端から端まで雨戸が固く下ろされ、どころか台所やトイレの窓まで全て閉め切られていた。まるで台風が来る前の備えのような光景だった。



「……なんだこれ?」


 

 一切を拒むようなその庭の中で、何故か折りたたみ式のハシゴだけがぽつんとブロック塀に立てかけられていた。

一体自分の留守中の自宅で何が行われていたのか少年には想像もつかなかった。

が、おそらくこの悪い予感が確信に変わるまでそう時間はかかるまいという覚悟だけは心の中で固まりつつあった。



「ミハル。おかえりなさい」


 

 びくっ、と肩をすくめてします。。

いきなり声をかけられたのみならず、その声は意外なところから降って来たからだ。



 平屋建ての増築された二階、ミハルの部屋の表通り側の窓を開けて、ファム・アル・フートが見下ろしていた。



「なんだファム、上にいたの? いるなら扉開けてよ」

「申し訳ありませんがそれはお断りします」

「は?」


 

 悪意や茶目っ気めいたものは一切なく、ごくごく真面目に女騎士は拒絶の言葉を口にした。



「あの入口は明日、ニカワと鉄釘で固めて二度と開かないように工事する予定です」

「はぁ?」



 一体何を言っているのか分からず、少年はぽかんと口を開けた。



「ですから今後は家に入るときはそこのハシゴを使って上ってきてください。今から二階から入ることに慣れておくべきです」

「えっ」



 ミハルはぽつんと置かれたハシゴと、二階の窓とを見比べた。

確かに目いっぱい伸ばして、屋根の上を通れば窓から家の中に入れないことはない。



「……」



 やや迷ってから、ミハルはハシゴをそっと屋根の縁に立てかけた。

おそるおそるステップを踏みしめながら、自分が一体どこで間違えたのかをうんざりした気分で思い返そうとした。




 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 


「おかえりなさいミハル」

「た、ただいま……」

「早速ですが、この家には重大な欠陥があります」



 手を引いて窓から少年を迎え入れるなり、女騎士は断言した。



「どういうこと?」

「とても防衛には向きません。見晴らしの悪い登楼に、容易に乗り越えられる塀。門扉も頼りなく狭い回廊をすぐに割られるガラスなどで覆っている有様」

「……」

「これでは少人数でも容易に乗り込まれてしまいます」



 どうも敵に襲われた時の話をしているらしいぞ、と少年は少し悩んでから理解した。

それによると平屋建ての日本家屋の防御性能は女騎士の評点では落第らしい。

家の防御力のことなどよりも、何故女騎士の頭の中でそのことが急に問題になったのかの方がミハルには気になって仕方がなかった。



「そこで一日かけて改善案と防衛の計画を考えました。これを見てください」



 ばっと大きめのわら半紙を広げて、黒炭で幾重にも線が引かれた見取り図を示してくる。

線は綺麗とは言えないが要点ははっきりと書き込まれた地形図……のようにミハルからは見えた。



「ここが我が家です。まず四隅に監視塔を立てて全方位に目を行き届かせます」

「…………」

「更に周りの道を掘削させて堀にしてしまいしょう。これでとりあえず一度に周りを囲まれることはなくなります」



 女騎士の頭の中の想定では公道だろうとお構いなしのようだ。



「更に兵士の詰め所、跳ね橋、釣り天井、地下牢などの施設を増築します。これで最低限の防備は整うかと」

「ちょっと待った」

「何か?」

「うちは30坪しかないんだぞ。どうやってそんなに建てるんだよ」

「最初に周りの民家を買い上げて全てを立ち退かせぶち壊して更地にすれば確保できるでしょう」

「真顔で!?」



 にこりともせずに女騎士は断言した。



「一番近い後ろの一軒家だけは敢えて残し、渡し板を使って緊急時に二階から避難するルートにします」

「メディチ家の屋敷かよ……」

「塀には鉄製の柵を増設し、庭にはモーザ・ドゥ―グ種の猛犬を放し飼いにして番犬として侵入者を……」

「待った。ファム。ちょっと待って」



 何故か意気揚揚と献策を続ける女騎士を、少年は半ば強引にさえぎった。



「普通に留守番してくれてればよかったのに、どうしてそういうことになるんだ?」

「あなたが『女は家を守れ』と言ったのではないですか」

「言ったよ! どうしてそれがうちを軍事要塞にビフォ―アフターしようとしてんの!?」

「『女は防衛戦の準備をしろ』という意味でしょう」



 わら半紙を手にたずさえたまま、しれっと女騎士は言い切った。

少年は頭を抱えたくなった。



「そのビックリハウスで一体何と戦うつもりなんだ……」

「ミハル。今までが安全だからと言って、未来永劫平和を享受できるとは思ってはいけません。むしろ平時にこそ剣は鋭く研いでおくべきなのです」

「言ってることは分からなくもないけど……」

「……それに、この"エレフン"の住人は神造裁定者と法王聖下の威光に浴さぬ化外の民です! あなたが祝福された我が故郷にとってかけがえのない身だと分かればいつ態度を豹変させるか分かったものではありません!」


 

 窓の外を気にしながら、女騎士は剣呑な小声で少年に耳打ちしてきた。



「私が立ち退きの予備交渉をしようとしたら、周囲の住人は皆へらへらと笑ってまともに取り合おうとはしませんでした! 騎士に対してなんとぶしつけな!」



『いきなり鎧着て大剣持った女騎士が地上げの交渉しに押しかけてきてご近所さんも怖かったろうな』とミハルは思ったが声には出さなかった。



「あの目は何か企んでいる目でした! 私にはあなたを平穏を守る義務がありますが、場合によってはここを引き払って別の場所に移るか、"アルド"に亡命することも考えてください!」

「おまえを異世界に帰した方が世の中は平和だって気がしてきた……」

「? 何か言いましたか?」



 きょとんと目を丸くした女騎士に、ミハルは大きくため息をついた。



「あのなファム。家を守れっていうのはそういう意味じゃないんだ」

「ではどういう意味です?」

「その……家庭を円満にするっていう意味」

「もう少し具体的にお願いします」



 簡単なことの説明って難しいな、と思いながらミハルは適当な言葉を探そうと頭をひねった。



「えっと……ご近所付き合いをちゃんとするとか、家の中を綺麗にしておくとか、美味しいご飯の用意をするとか、子どもをちゃんと面倒見て教育をしっかりするとか……。そういうことを言ってるんだと思う」

「なるほど。もっともなおっしゃりようです」

「賛同された!?」



 思いもよらぬ反応を返されてミハルは色めきたった。



「だって妻の役割とはそういうものでしょう?」

「おい。なんで自信満々なんだ。まさか自分ができているつもりじゃないだろうな?」



 新しい懸念の発生にミハルは渋い顔をしたが、とにもかくにも話を戻した。



「こっちの世界じゃそういう考え方は今はもう時代遅れなんだよ」

「そうなのですか?」

「うん。俺だって本当はそんなこと思ってない。ごめん、ついてこられるのが嫌で適当なこと言ったんだ」



 口をついて出た誤魔化しで女騎士に一日中奇天烈なことをさせたという罪悪感が、ミハルに素直にそう口にさせた。

 悪ふざけではなく真剣に周囲丸ごと要塞化しようとしたのは、ファム・アル・フートが生まれた世界ではひょっとしたらごく当たり前の発想なのかもしれない。

自力救済という名の暴力が支配する世界。安全が保障された日本でしか暮らしたことのないミハルには、そこで家族を守るためにどれほど備えと警戒心が必要なのか想像もつかない。



「では、無駄なことをさせられたと?」

「うん。そういうこと……」

「わ、私は、ついにようやくやっとミハルの役に立てるときが来たかと思ったのですが……」



 がっくりと肩を落としたファム・アル・フートはベッドの端へとへたり込んだ。

ミハルは自分が悪いことをしたような気がしてきて、フォローできることがないかを探した。



「えーと……おまえは常識知らずで破天荒なことばかりして強引で時々うんざりもするけど、役に立ってない訳じゃないんだぞ」

「……例えば?」



 ファム・アル・フートが重そうなまぶたをちらりと上げてミハルの方を見た。


「食事の用意」

「妻として当然です」

「家の中をきれいにしてくれてるし」

「身の回りを整えるのは騎士として身を修める初歩です。お褒め頂くまでもありません」



 どうもこれではだめらしい、と喋りながらミハルは悟った。

だからといって、現代文明で女騎士がいてくれるおかげで実益がもたらされる状況など思いつかない。

うちに女騎士がいるだけでその匂いを嫌がって悪いドラゴンやアンデッドに襲われずに済んでいると、でまかせを説明して果たして納得してくれるだろうか?



「……」


 しょげかえるファム・アル・フートを見ていて、ミハルは口八丁やごまかしに頼るのはやめようという気になって来た。


「?」


 少年は女騎士のとなりに腰を下ろした。ベッドがぎしりと音を鳴らす。



「役に立ってるかは分からないけど、今日はおまえがいてくれて良かったと俺は思ってるよ」

「お、おためごかしはやめてください! 私が世話になりっぱなしだということくらい、自分でも分かっています! あなたがいなければ私はまだテントで生活していますし、金銭も満足に使えずに野垂れ死んでいたかも……」



 自分の手から視線を上げないまま、女騎士は語気を強めていった。



「帰って来たとき、『おかえりなさい』って言ってくれたろ」

「……」



 女騎士は、少しいぶかしそうにしながらも顔を上げた。



「俺、あのときちょっとだけ嬉しかったんだけど」

「……」 

「……うちにいて欲しい理由にならないかな」



 当たり前のことを感謝するのって気恥ずかしいのだな、と思いながらミハルは口ごもりつつ最後まで口にした。

女騎士は返答の代わりに、目を白黒させながら少年の顔と部屋の天井とを交互に複数回見比べた。



「そ、それは騎士の本分からは少し違いますが!」


 わざとらしく声を張り上げる。


「夫であるあなたの望みならば、私は応えることにしましょう。……それが役目です」



 自分で自分を納得させるように言い切ると、女騎士はうんうんと小さくうなずいた。



 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




「しかしそれにしても、この家はねーだろ」



 女騎士の描き上げたマイホームの図案に目を戻しながらミハルは額に脂汗を浮かべた。

一度に複数の場所から飛び道具を打ち込めるよう工夫された城壁の角度や、簡単には中に入り込まれないようにあちこちに設けられた鎧戸や狭間といった防御機能など、無駄に実戦的なのがかえっておそろしかった。



「近所迷惑だし、何よりいくらかかるんだよこんな建物……」

「ご安心ください。改築予算は法王庁から出ます」

「やめろ本当になりそうな気がしてきただろ」



 ため息をついて、ミハルは鉄壁の城塞の設計図を畳んでしまおうとした。



「ん?」



 そこで、四角い城壁と建物の中に囲まれた中央のあるスペースに気付く。

周りの建物とは独立した開けた場所に、何やらこまごまと区割りがされて書き込みがなされていた。ところどころに記号や数字らしきものも見える。

何のためにこんなものを設けたのだろう。



「何これ。屋根の下じゃないよな?」

「えっ」



 指で示すと、女騎士はあからさまに動揺して目をぱちくりさせた。

 

 

「そこはその……大したものではありません。建物の内側にも日光が届くように開放してあるだけです」

「その割にはえらく細かく書き込んであるな」



 少年の指摘に、女騎士はとうとう観念したようだ。小さく目を逸らしながらつぶやいた。



「……中庭です」

「中庭?」



 何も隠すことはないだろうに、とミハルは不思議に思った。



「その……子供のころから夢だったんです。自分で設計した庭のある家に住むのが」



 ぽつりぽつりと恥ずかしそうに女騎士は口にした。



「父は戦争の時に役立つ食用か薬になるようなものしか庭には植えていなかったので……憧れなんです。季節ごとの花を植えて、一年中花の咲いている庭園が」

「へぇ」

「それからその、私たち夫婦のベンチとか、雨が降っていてもくつろげる屋根つきの休憩所や、子供が遊べる遊具などを、その、妄想していました……」



 罪を打ち明けるようにファム・アル・フートは赤面したが、ミハルはようやく夢のある話が出てきて嬉しくなった。

誰だって子供のころは将来住むとびきりの自分専用の家を想像してみるものだ。

大抵は童話に出てくるような非現実ものばかりだが、自分の遊びたい理想の庭なんてそれに比べればかわいいものではないか。



「俺もさ、子供のころ庭にブランコが欲しかったんだ」

「えっ」

「何かのアニメで庭の木にロープでくくって作ってたの見てさ。どうしても欲しくなったんだ。親にお願いしたけど危ないからダメって言われた」

「き、気持ちは分かりますよ! 私も従姉妹たちと思う存分遊べる場所が欲しかったのです」

「俺は一人っ子だったけど」

「私たちの子供たちは中庭で存分に遊ばせましょう! 真ん中に木を移植して、ツリーハウスを建てるんです。ここは子供専用で、大人は入れないのです」

「良いじゃん。秘密基地みたいで」

 


 二人はひとしきり理想の庭の話で盛り上がった。

設計図通りなら周囲を掘で囲まれ城壁で覆われたまるで刑務所の運動場のような立地のはずなのだが、そんなことも忘れて一年中花が咲く施設と遊具の充実した庭園の空想にふけった。

そこは世界一平和で穏やかな場所のように思えた。



「あ、あとどうせなら庭に池も欲しいかも」

「良いですね」

「魚飼ってさ。餌とかやったりすんの」

「おお、それは素晴らしいです! お客様が来られたら夕食に振る舞うことにしましょう。我が家の名物になります」

「いや養殖池じゃねえよ?」

次回は9日夜9時に追加します

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