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6話 夢のマイホーム!?(1)

 安川ミハルは男子高校生である。

必然、年の大半は学業が本分ということになる。



 その日の朝も、無慈悲な目覚まし時計のアラームによって始まった。

低血圧気味の体を引きずってのろのろと寝床をはい出した後、妻を自称する同居人の手による異国風……もとい異世界風の朝食を小さな胃に納めた。

『もっと肉を食べて精をつけなさい』というやかましい声を無視しながら洗面台で顔をばしゃばしゃと洗う。

歯と髪をきれいにしてから、ようやく頭が活動を始めたような気がした。部屋に戻ってアイロンがけしてある制服に袖を通す。



 『なんとなく格好良さそう』というイメージで人前では面倒くさがりな風を気取って見せるミハルだが、実はおしゃれや身だしなみに手間暇かけても苦にはしない性分である。

几帳面に細かく襟や袖を好みの形に直してから、机の上の小鏡をのぞき込んだ。



「うん」



 仕上がりに小さくうなずく。

鏡の向こうのミハルは、濃紺の四角い襟と灰色の制服をあつらえたかのようにぴったりと着こなしていた。

かつての海軍教育機関時代の水兵の制服をベースにした男子制服だ。学年指定の黄色いスカーフがこれまた小気味良いアクセントとなっている。

時折自他校問わず女子の集団から飛んでくる小さな黄色い歓声を、心中密かにミハルは自慢にしていた。

……もっともほとんどの場合その中身は「かっこいい」とか「凛々しい」とかではなく、「カワイイ!!」という彼にとっては非常に心外なものではあったが。



 ともかく用意はできた。

『体育の器械体操が憂鬱だな』とか、『英語の授業で指名されたら面倒そう』とか思いながら通学鞄を背中にひっかけたミハルが玄関に向かうと。



「ミハル。支度は整いましたか?」



 ファム・アル・フートが立っていた。

全身に一分の隙も無く白く輝く装甲を身に付け、頭には大振りのヘッドセット。

頑丈そうな作りの剣帯には、彼女の身長に匹敵する長さの刀身を持つ大剣を帯びている。



「………できたけど」

「では参りましょうか」



 ミハルが平和な朝の風景にはあまりにそぐわない恰好にしかめっ面を浮かべたのに気づきもしないで、完全武装の女騎士は何故かうきうきと靴脱石から土間へと降りていく。

敷き石を踏むたび鉄靴がガチャガチャと威圧的な音を立てた。



「ちょっと待て。その恰好で何を退治しに行くつもりだ」

「決まってます。もちろんあなたの付き添いです」

「俺の!?」



 ミハルは声を上げた。



「なんで!?」

「私はあなたの妻ですが、同時に現役の騎士でもあります。この粗略で野卑な"エレフン"の住人から主人を警護することもまた騎士としての務めなのです」



 ファム・アル・フートは目をきらきらと輝かせ、自らの職務に誇りを抱いていることを強調してきた。



「急にどうしたの!?」

「近所で不審者が目撃されたそうです。警護の程度を引き上げる必要があると判断しました。どうぞご理解を」

「えぇ……?」



 女騎士が真剣な顔で差し出してきたのは、町内会の回覧板だった。



【声かけ事案! 

 ・午後四時頃公園で女子児童が遊んでいたところ、男から声をかけられました。

 ・声かけ等の内容『おじょうちゃんの手ってスベスベしててカワイイねクックックッーン』】



 ……事件性があるのかないのか分からないがともかく自主的な注意をうながす内容だったが、別のことがミハルの勘に触った。



「おまえ俺が小学校の女子に見えるか?」

「うーむ……判断の別れるところですが、念のためです」

「そんなことあるはずないだろ! ……中学校の女子に間違われることならあるけど」



 苦い記憶がよみがえったのか眉を八の字にした少年に対して、女騎士は毅然と言い切る。



「とにかく今日は私が一日付き添います」

「学校に連れていけるわけないだろ!」

「私ひとりくらい気にならないでしょう? 従者や護衛を伴って通学する者なら他にもいるはずです」

「いねーよそんなやつ!」

「日中誰があなたを守るというのです。学業の邪魔にならないようにしていますからご安心を」



 ファム・アル・フートの脳内では、王侯や貴族が取り巻きを引き連れて通う中世の大学のようなものものしい授業風景が思い描かれているらしい。

が、現実にミハルが通うのは進学校とはいえ私立の普通の高校である。

高校に通うのに大人の女性についてきてもらうというだけでも笑い話だというのに、女騎士は鎧姿に剣を持ったまま一日中付きまとおうというのだ。

ミハルは泡を食って止めに入った。



「絶対やめてよ! 恥ずかしいから!」

「ミハル。そんな大人げないことを言い出さないでください」

「どっちがだ!」



 声を荒げたミハルに向かって、ファム・アル・フートは辛抱強く……少年には理解できない種類の真剣さを帯びた目で応えてきた。



「良いですかミハル。自分の価値を軽く考えてはいけません」

「価値?」

「あなたは神の御使いである神造裁定者が直々に指名された祝福者……我が母なる"アルド"に住まう全てのものにとっての信仰の象徴なのです」

「勝手にそんなこと決められてもすげー迷惑なんだけど」



 ぼそりとつぶやくミハルには構わず、ファム・アル・フートは流れるような口調で続けた。



「もしあなたに万が一のことがあれば……法王庁は全信徒からの信望を失い権威は失墜。人心は荒廃し治安は極端に悪化、政情不安の末に各国は自国の利益のために武力で相争い全土は荒廃することになるでしょう」

「おまえの国は戦国時代か何かか。それとも核の炎に包まれた後の世界なのか」

「つまり、私はあなたの安全に責任があるのです」



 女騎士は断言した。



「もし法王庁を転覆させようという不信心者が狙うとすれば、聖都の中心に座します法王聖下よりもあなたの方がはるかに容易かつ効果的なのです」

「……」

「そして私の眼が届かず警備も手薄な学校にいる間が一番襲撃が容易い時間帯です」

「学校をテロリストが襲ってくる妄想とかどんな厨二病だよ」

「予測される危険に備えるのは臆病とは言いません。ご理解のほどを」



 そう言って女騎士はがちゃりと大剣を鳴らしてみせた。



「そんなこと言って授業の邪魔になるだろ!」

「柱の影から静かに見守っているだけです。お気遣いなく」



 父兄参観でもうんざりするというのに、鎧姿に剣を持った女騎士についてこられてはとても授業どころではない。

なんとか家で大人しくさせる方法を考えなくては。

だが、どうやって?


 少し考えてから、ミハルは目先を逸らさせる方法を思いついた。



「あのな、ファム。この国の考え方では、『結婚したら女の仕事は家を守ること』っていうのがあるんだ」

「――――――ほぅ?」



 あまりにも前時代的なカビの生えたものの考え方で、自分で口にしていてもヒヤヒヤものだったが、女騎士は興味を示してきた。



「だから職場や学校には連れていかないんだ。分かる?」

「なるほど……、そうだったのですか」

「学校は人がいるからむしろ安全だし、おじいちゃんがいない間に家を狙われる方が危ないと思わないか?」

「そういう考え方もありますか……。郷に入らば郷に従えと言いますしね。尊重しましょう」



 意外なくらいもの分かりの良い態度を示されて、ミハルは自分のアイディアマンぶりについつい舞い上がってしまった。



「では私は留守を守ることにします」

「そうしてくれると俺も安心できるよ」

「お任せください。ふらちな侵入者が敷地内に入り込もうものなら残らずこの剣のサビにしてみせます」

「するなっ!」

「……では生きて捕らえて背後関係を吐かせることにします」



 ミハルは何か言いたげにあわあわと口を動かしたが、登校時間にもう余裕がなくなっていたので仕方なく学生鞄をひっつかんだ。



「いいか、誰か来ても絶対に玄関の扉は開けるんじゃないぞ?」

「はい」

「顔も見せるな。返事もするな。良いな?」

「了解です。では、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」



 こうして慌ただしくミハルは学校へと向かっていった。

……自分が肝心要なことを失念しているのに気付かないまま。

 


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




 学校。

授業の合間の予鈴がなるまでの休憩時間、騒がしい教室の中でミハルは後ろの席に陣取った友人の一人……大師堂マドカと雑談していた。



「それで学校までついてくるって言いだしてさ」

「あはは。愛されてるねー」



 今朝のてん末を話したところ、ケラケラ高い声で笑われてしまった。

友人たちにはファム・アル・フートのことは出身地はなんとか誤魔化して、変わった外国人として説明してある。彼女はその中の一人だった。



「おムコさんのことが心配なんだって。かわいいくらいじゃん許してあげなよ」

「……前から言いたかったんだけどなんでみんな、平気であいつの言うこと真に受けてんの?」



 最初は面倒が少なくてありがたいとも思ってしまったが、こうもあっさり受け入れてしまうあたり友人たちのゆるさというか警戒心のなさに不安を感じないでもなかった。



「ちゃんと留守番出来てるのかなー。宅配便とか集金とかで人が来たらと思うと……」

「まあまあ流石にファムちゃんだって、いきなり切りかかってケガさせたり事件起こしたりはしないでしょ。流石に」

「ハハハ、まさかそこまでは……」

「だよねー、いくら日本の常識に疎いからって、そこまではねー」



 アハハハ、と机を挟んで二人は乾いた笑いを同時に上げた。



「…………!」



 少年の笑い声は徐々に低くなり、やがて顔が引きつっていった。

声に出してみたことで、頭の中で恐ろしい想像がみるみる現実味を帯びてきたらしい。



「やば、急に不安になってきた」

「え? そんなになの?」

「……ちょっと俺、次の時間の授業休んでうちの様子見てくる」

「ちょ! やめてよ、こっちまで不安になるじゃん!」



 ミハルが教室を出ようとするのを、マドカは慌てて細い二の腕を引いて押しとどめた。



 ――――――そして大抵の悪い予感がそうであるように、少年の勘はある意味当たっていた。


次回は今夜9時頃追加します。

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