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1話 赤ちゃんの作り方(1)

 安川ミハルは先月ある拾いものをした。

とても大きくて、とても珍しい拾いものだった。



 それは物ではなく、犬や猫でもなく、ましてや貴重品などでは断じてなく――――――。



 女騎士だった。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




「ミハル。そこに座ってください。大事な話があります」



 今時珍しい平屋の日本家屋。その茶の間に凛とした声が響き渡った。

人に命令することに慣れた、明朗で澄み切った響きだ。



「え?何?」



 畳の上にくつろいだ恰好のままで、呼ばれた安川ミハルは少し不機嫌気に視線を上げた。

やや神経質そうな目の光と、抜けるように白い肌を持った少年である。

加えて15歳という年齢にしては華奢で小柄な体格と、首筋まで伸びた細い髪の毛が中性的な印象を見る者に与えていた。



 その彼が眉間に小じわを作った理由は、手元のスマートフォンを通して友人たちとのグループチャットに興じているのを邪魔されたくなかったからなのだが、声の主は構わず更に続けてくる。



「座ってください。とても大事なお話です」



 その強い意思を有した声は、取りようによっては自分の正しさを疑わない頑固さを伴って聞く者の耳まで届いた。

ミハルは小さく息をつくと、画面の表示をタッチして中座する旨を告げた。

最近この家に転がり込んできた同居人…………『彼女』がこうなったらテコでも動かないのは、これまでの経験で身に染みて分かっているからだ。



「何?」



 向かい合って用意された座布団の片方に腰を下ろしているのは、輝くような長い金髪と鮮血を思わせる両の瞳という特徴を備えた女だ。

ミハルよりひと世代近くは年を重ねているであろう妙齢の、異国の美女だ。

が、問題はそこではなかった。



 異色なのは平屋建ての日本家屋の茶の間だというのに、流麗な鋼板で覆われた鎧を一部の隙もなく身に付けていることだ。

鎧の材質は他では見たこともない光沢を持った金属で、ところどころの隙間からは内部の透き通った宝石のような結晶が顔を出し、室内の光を受けてまるで燐光のように小さく輝いていた。

極めつけに身長に匹敵する刀身と分厚い地金を持った両手剣まで側にたずさえている。



 その見た目を一言で表現するなら、そう。『女騎士』である。

今、その女騎士が安川家の畳の上に正座して、目の前の座布団に座るようにうながしていた。 



 立ち上がると頭をかきながら、空いた座布団の上にどっかりと腰を下ろした。

何度も家の中では鎧を脱ぐよう言ったのだが、本人曰く『平和だからといって任務中に着崩していては気合がゆるみます』だそうだ。

少しもこっちのやり方になじもうとしない……そう思いながら畳の上に膝を投げ出す。 



「で、何の話?」

「赤ちゃんを作りましょう」



 『今日の任務は廃村に巣食う野盗の討伐です』と口にする時と同じ調子で切り出されて、ほっそりした小さな体は思わず前方へつんのめりそうになった。



「ファム、ごめん。今何て言った?」

「子作りをしましょう」

「……は?」

「ですから、『子供を作りましょう』と言いました」


 

 唖然とする少年に向かって女騎士は繰り返した。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 夫の名前は安川ミハル。

男子高校生。

クラブ活動には無関心の帰宅部。実家が経営する喫茶・軽食店でアルバイト中。特技は卵料理とカプチーノを作るためのスチームマシンの操作。



 妻の名前はファム・アル・フート。

職業、騎士。

異世界"アルド"の聖堂騎士団の正騎士(自称)。現在は結婚を機に休業し主婦業に専念中(なお自称)。特技は両手剣の剣技と馬術と竜退治(やっぱり自称)。



「やっぱりおかしいよ、こんなの!」



 畳の縁をぺしぺしと指先で叩きながらミハルは声を荒げた。

座った状態でも彼よりも確実に頭一つは高い位置から、女騎士が涼し気に見下ろしているのが更に神経を逆なでしてくる。



「夫婦が子作りをすることがですか? 何をバカな。この世界……"エレフン"の住人は一体どういう倫理感をしているのです」

「そうじゃなくて、この世界じゃ15歳の高校生はまだ、結婚したり子供作ったり育てたりはしないの!」

「何を言っているんです。15歳といえば立派な大人。子供を作って家庭を守るために家名を背負い戦場に出て悪しき者どもと戦って良い年頃です」

「おまえの世界の倫理観を持ち込むな! ここにはドラゴンもエルフもオークもいねえよ!」



 女騎士がこうして自分が生まれ育った世界の常識に基づいてハチャメチャなことを言い出す度、ミハルは大声で彼女を押しとどめる羽目になるのだった。



「オーク? 何ですかそれは? 私の世界にもそんな生き物はいません」

「それでも女騎士かおまえは! ……いや、そこはどうでも良いんだよ!」



 ミハルの心の奥底にも後悔とも疲れとも言えない感情がじんわりとにじみ出てきた。

こういう時には『あの時余計なことしなければ良かったかな……』などと思ってしまったりする。


 奇妙な縁と偶然がいくつも積み重なって、こんな風に一緒にいることになってしまった。

だがどんなに少女に間違われかねない見た目をしていても、心の中は思春期真っ盛りの男子高校生である。

今でもただでさえずっと年上で美人のファム・アル・フートに近くに寄られるだけで頬が朱に染まりそうになるのを隠さねばならないのだ。

彼女の要求通りに、良き夫良き父親として振る舞うのは現実的ではないほど難易度が高いことのように思えて絶望的な気持ちになる。

それに。



「私の使命は、神々と御遣いに選ばれた祝福者と結ばれて子孫を残すことです。祝福者であるあなたには協力して頂かなければなりません。どうぞご理解を」



 ……こんな風ではとても全面的に協力する気にはとてもなれない、というのが偽らざるミハルの本心だった。

 



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




 今にも怒鳴りつけたい気持ちを残った理性でこらえながら、少年は極めて常識的な切り出し方で女騎士を押しとどめることに決めた。



「あの……神の使命とかはとりあえず置いておいて。今の俺は父親になるには早すぎるんだ」

「早く結婚して多く子供を作った方が効率的でしょう。私だって行き遅れなくらいなのです。安全な出産があと何年できるか分かりません」

「だから何度も言ってるだろ! この国では俺はまだ結婚できないの! 15歳の父親なんてことになったら新聞沙汰なの!!」

「知ったことではありません。我が母なる世界"アルド"の教会法では、愚かしくも婚姻に年齢の制限を定めてなどいないのですから」



 しゃあしゃあと済ました顔で言ってのける七つも年上の異世界から来た美女の顔を、小柄な少年は恨めしく見上げた。

彼の心中など気にも留めない様子で、女騎士は立て板に水を流すように話始める。



「ミハル。夫婦の最大の役割とは何でしょう?」

「それは……。悩みを相談したりとか、生活とか、資産の共有とか……」

「そう。子孫を残すことですね」

「今質問した意味あるか?」



 うんざりとした少年のツッコミを完全に無視して、女騎士は自分の主張を繰り返しだした。



「私ももう22歳です。なるべく早くに爵位と家名を継ぐ男子を産みたいのです。」

「……この国には淫行条例っていう法律があってな」

「? それがどうかしましたか?」

「大人が18歳以下の未成年と、その……に、肉体関係を持ったら相手が罰せられるの! 問答無用で!」



赤面しながら吐き出されるように少年の口から出てきた言葉に、女騎士は全身を石のように硬直させた。



「……冗談でしょう?」

「冗談なもんか」

「え……? そんな……。18歳にならないと子作りができないなんて……」



 金色の髪が貼りつき脂汗が浮かび始めた額を『信じられない』と言わんばかりに片手で抑える。



「バカなのですか、この世界の……"エレフン"の人間は!?」

「俺は内心おまえがそうなんじゃないかと疑ってるがな」



 血相を変えた女騎士にミハルが冷静な言葉を浴びせたところで、ファム・アル・フートは懸命に回転させた頭の中からある情報を拾い上げて、ぴくりと肩を動かした。



「……ちょっと待ってください。確かこの国の民法では婚姻した時点で未成年としては扱われなくなるはずです」

「おまえ、そんなところばっかり吸収力すごいな……」

「そして『お互い婚姻の意思を有していれば事実婚として扱われる』はずです。 ……ということは法的には何も問題ありません! 安心して私を抱いてください!」

「なあ!? 実はめちゃくちゃこの国のことに詳しいだろ!? わざと知らないふりをしてるんじゃないだろうな、まさか!」



 ぐいと身を乗り出してきたファム・アル・フートに対して、今度はミハルの方が泡を食う番だった。

次回「1_2 赤ちゃんの作り方(後)」は夜9時ごろ投稿します。

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