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その六 留学前夜、花の子は人生を考える

 院長は、わたしの留学の仕度にサールバント金貨は使わなかった。

 汽車の切符は、お茶の後で、リリィーナさんが購入してきた。自分の切符を買うついでがあるからと駅まで修道院の馬車で走り、リリィーナさんとわたしと院長と副院長の合計4人分の一等車両の切符を、まとめて購入してきたのだ。

 わたしはあまりの散財ぶりに唖然とした。

 一等車両の客室は、富裕層しか利用できない高額料金だ。たしか最低でも一泊の料金は、街で暮らす中産階級の家族の月収くらいするはずだ。

 でも、院長と副院長は感激して踊り出さんばかりだった。

「なんてありがたいことでしょうねえ、こちらでの用意は何もいらないし、特待生はすべて無料ですって。ああ、もう、本当に、あなたが花の精霊の申し子で、魔法の体質で、本当に良かったと思いますよ」

 けっきょく院長は、サールバント金貨を2枚とも銀行に預金することにしたようだ。もらった札束も合わせると、うちの修道院はしばらくの間……いや、おそらく四年間は絶対確実に、赤字の心配をせずに済む。

 院長はその間に財政の立て直しを図るだろう。

「副院長、わたしは怪しいと思いますわ。だって、あんな大金を渡すなんて、話がうますぎませんか」

 お人好しの院長ではダメだと、わたしは普段からしっかり者と評判をとる副院長に話をしに行ったが、

「あら、何を心配しているの。あの方には、多次元管理局の後ろ盾があるのですから、間違いなどありませんよ」

 副院長によると、リリィーナさんを信頼する根拠は探偵という職業ではなく、背後に付いている多次元管理局にあるらしい。

 多次元管理局は、境海世界の中央となる第ゼロ次元にある。

 そこは境海世界の正義と司法の(とりで)だという噂だ。

 うちの修道院は古い分だけいろんな伝手がある。

 局とも昔から親交があったらしく、ときどきは寄付金までもらっているとか。

 その縁から、副院長は院長と一緒に多次元管理局の依頼を受けたことがあった。保護された子供の世話の手伝いや孤児を引き取るために、白く寂しい通りを何度か訪れてもいる。局の案内役をしていたリリィーナさんと知り合ったのも、その時だそうだ。

 ちなみにその時、保護された子供は、この国の出身だった。しばらくして実家が見つかり、無事に引き取られたとか。

 2、3年前、別館に数日滞在した子供がいたけど、あの子達かな。

 なんでもいいわ、子供が幸せになる話は大歓迎。

 だって、わたしの知っている花の子の物語は、修道女か聖女になる運命ばかりだもの。

 白く寂しい通りへ行くためには、蒸気機関車に乗って五つの国を通過する。

 直通の特急寝台列車でも、最低三日は掛かる旅だ。

 院長と副院長もわたしと一緒に白く寂しい通りまで来る。二人は保護者として、わたしが入学する魔法大学付属学院(通称:魔大)がどんなところか実際に見て確かめるためだという……が、わたしは知っている。

 リリィーナさんが買ってきた切符は、特急寝台列車の一等客室。

 院長と副院長が、富裕層しか乗れない一等客室で旅行に行けるとワクワクしているように見えるのは、わたしの気のせいではない。

「どうしたの、ローズマリーは元気がありませんね」

 寝る前の祈りの後で喜色満面の副院長に声を掛けられた。

「ちょっと緊張しているだけですわ。留学なんて急な話だったので」

「まあ、そうよねえ、まさかこんな良いお話が来るなんて、思ってもみなかったものね」

 留学する当人よりも嬉しげに副院長は語る。

 でも、わたしはリリィーナさんのことが胡散臭いんです。

 と、わたしが訴える前に、院長が会話に割り込んできた。

「そうそう、そんなに深刻に考えなくてもいいんですよ。これも花の聖母のご加護というものだわ、さあ、早く寝なさい、明日は夜明け前に出発ですよ」

 わたし達は明日の始発列車に乗る。

 切符を買ってきたリリィーナさんによれば、直近の直通便はこれだけらしい。これを逃せば面倒な乗り換えを三回する普通列車に乗って五日間の旅にするか、次の直通便を一週間待つことになる。

 わたしは院長方へお休みの挨拶をして、自分の部屋に戻った。

 この修道院は古くて大きいので、部屋数だけはたくさんあり、見習い修道女も自分の個室をもらっている。


 わたしは木製の書き物机の引き出しから、自分で縫った小さな麻布の鞄を取り出して、荷造りにかかった。

 といっても、見習い修道女には、個人の私物なんてほとんど無い。

 白いレースの縁取りのあるハンカチ3枚、簡素な木製の櫛が一本、髪を纏めるための細い黒リボンが二本。下着の替え二枚に、着替えの服は……わたしは昼間、姉妹達と整理して見つけた古着を二着、手に取った。

 白いブラウスに、古ぼけて色褪せた上着とスカート。

 ずっと昔、教会に寄付された服ばかり。

 あんまり学生向きじゃない、野暮ったいデザインだ。

 これから大勢の同世代の少年少女に囲まれる場所では見られたくない。

 わたしは見習い修道女の服で行くことにした。本当は、修道院を出る時には返さなければいけないけど、これが唯一、新しい布から仕立てたわたしだけの服だから。

 院長には事情を説明して、あちらで新しい服を支給してもらえたら、郵便小包で修道院へ送り返そう。

「あー、疲れた」

 わずかな小物を麻布の鞄に詰め終えたわたしは、ベッドにひっくり返った。

 あんまりたくさんのお金を見たせいか、気分が悪い。

 なんだか、すっかり売られた気分だ。

 かといって、魔法大学に留学したくないわけじゃない。

 リリィーナさんから留学の話を出されるまで、わたしの将来の道は非常に限られていた。

 このまま修道院に留まっても、わたしには将来の夢が無かった。

 ずるずる過ごして修道女になるか、修道院の慣例にしたがって里親を見つけてもらうか、嫁入り先を見つけるかという、三択しかなかったからだ。

 ちなみに三日前までわたしに来ていた三件の申し込みとは、花の子伝説のご加護を期待して嫁取りを狙う地主の息子、後妻が欲しい中年領主、伯爵家の美少女好みのドラ息子に嫁ぐのはどうか、という見合い話だった。

 振り返ってみれば、どれもそうとうえげつない選択肢だったわ。

 見合い話が来た当初にきっぱり断れなかったのは、提示されたわたしへの待遇と修道院への寄付金額が、けっして悪いものではなかったからだ。

 けっきょくこの三件の見合い話の顛末は、一件は白紙に還り、二件は収まるところに収まった。そのおかげで、わたしは心置きなく修道院を出られるんだから、残念とは思っていない。




 明けて出発日、リリィーナさんが午前四時の夜明け前に修道院に迎えに来た。

 リリィーナさんは、見習い修道女の格好のままのわたしを見て、少し驚いたようだった。


 リリィーナさんとわたしと院長と副院長は、シスターマーガレットが御者をする修道院の馬車で駅まで送ってもらい、始発の寝台特急列車に乗り込んだ。


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