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その五 魔法大学への招待状

「あのう、それは、どういう学校ですの」

 院長先生が首を傾げている。

 境海世界ではさまざまな魔法が横行しているが、この国エイレスでは魔法が廃れて久しく、魔法学を学ぶ学校などもはや無いのだ。

「早い話が、局員の養成所でしてね。魔法大学を卒業後は、多次元管理局に就職して局員になっていただきます。魔法の才能は貴重ですから、局は常に人材を募集しているんですよ」

 リリィーナさんはスラスラと説明した。どこから取り出したのか、綺麗なカラー印刷の冊子を院長に渡している。

『魔法大学付属学院:留学応募要項』

 パンフレットだ。不思議探偵って、いつもこんなのを持ち歩いているのかしら。

 院長と副院長が眉間に皺を寄せてパンフレットを読んでいる。

「まあまあ、第ゼロ次元の白く寂しい通りには、こんな学校があるのですね。でも、私どもには、その、留学費用が……」

 院長が言葉尻を濁した。

 うちの修道院の財政状況は、去年から火の車だ。

 この国では一昨年から不作と不況が続き、後援者からの寄付金が、めっきり少なくなった。

 わたしも学校で勉強したのは基礎教育まで。先輩のシスターが先生をしている修道院直営の学校に通ったけれど、花の子で、さらにその上の上級学校へ進んだ子はいない。

 街の学校へ通うには、学費以外にも、下宿代だの生活費だの、いろんなお金が必要になる。裕福じゃない子供のための奨学金制度もあるけど、そんなのを狙えるほど秀才じゃないから、わたしは早々に諦めたのだ。

「あ、忘れていました、この修道院に寄付をしたいのですが」

 リリィーナさんはちょい、と右手を動かした。すると、手品のように、人差し指と中指に挟まれて、金貨が一枚出現した!

 キラリと光ったその金貨を、わたしは知っている。

 通称『境界(サール)紋章(バント)』金貨!?

 黄金の彫金と小さなダイヤモンドの粒が嵌め込まれた超高額貨幣だッ!

 うわあ、本物を見たのは人生で通算二回目だわ。一回目は何年も前に、どこかの大富豪が、税金対策に寄付を配っていた時だったっけ。

「これをお納めください。留学してもらうとなると、何かと物入りでしょう。ここから白く寂しい通りには、船旅で一週間以上、直通の汽車でも三日はかかりますし……」

 リリィーナさんは神妙な表情で、金貨を院長の前へ静かに置いた。

「こここ、これはサールバント金貨ッ!?」

「いいい、院長さま、これ一枚で、うちの修道院一年分の生活費になりますわ」

 院長と副院長は目を剥いた。

「ま、まあまあ、こんなにご寄附をいただけるなんてッ、あなたに主の祝福を」

 院長は目を潤ませ、副院長は十字を切って花の聖母の祈り文句を唱え、給仕に控えているシスターの中には「これで今年は新しいお鍋が買える」と泣き出した者さえいた。

 院長は金貨を両手で押しいただいた。

「なんて気の付くご親切な方なんでしょう。そうですわね、この子の荷作りが必要ですわね。普通の服や、学校の教材や、いろいろ要り用ですものね」

「そうですわ、あ、でも、院長さま、これは先に銀行へ相談に行かなくては……?」

 副院長のことばに、院長がそうね、とうなずき、わたしはハッと顔を上げた。

 高額すぎる通貨では、一般商店での買い物でお釣りがもらえない。サールバント金貨は日常の通貨ではなく、商取り引き用の手形みたいなものだ。

 副院長が言おうとした内容を、リリィーナさんがすばやく察知した。

「おっと、そうでしたね、この金貨では汽車の切符は買えませんね。失礼をお許しください。では、代わりにこちらを……」

 リリィーナさんは、おもむろに背広の内ポケットから黒革の札入れを出した。

 皆が息を詰めて見守る中、無造作な手つきで分厚い札束を掴み出す。

 それを、金貨を置いた時に劣らず丁寧に、金貨の横に並べ置いた。

「これは些少ですが、当座の仕度金としてお使いください」

 リリィーナさんの態度に、院長以下、全員が気圧され、言葉も出なかった。

 いや、些少って、あなた、この札束は多すぎるでしょう。どう見ても百枚以上ありそうじゃないの。

 チラリと見えた札束の下の方のお札の模様なんて、この国が属している境海世界で流通する最高額面のお札だ。たぶん、あれ三枚で、サールバント金貨一枚分になる。

 あ、院長が数え始めた。ええと、五、六、七……と、他の種類のお札もウン十枚あるのね。

 ざっとうちの修道院の年間予算三年分くらいかしら。

 リリィーナさんって、お金持ちなの?

「まあああああ、こんなに! おお、なんと御礼を申し上げたら良いのか……!」

 院長先生と副院長はすでに感激の涙をポロポロとこぼしている。

 無理ないか。最悪の場合は修道院の閉鎖とか、援助と引き換えにわたしの嫁入り先を見つけるとか、そういう事態もありえたんだし。

 リリィーナさんは、それを五分足らずで一発解決したんだもの。

「では、これでローズマリーさんは、魔法大学付属学院に留学生として来てもらえますね」

 リリィーナさんはわたしに向かってにっこりした。

「もちろんですわッ!」

 院長と副院長は声を揃え、わたしだけが声も無く硬直した。

 この人、胡散臭すぎるッ。

 なんでわたしなんかを、そんなにしてまで魔法大学に留学させたいの。

 わたしには魔法の才能なんか無いのに、絶対、変だわ。

 なぜ院長先生達は、この人の意味の無い強引さに気付かないのだろう。

 もしや、魔法で幻影か何かを見せられて騙されてるんじゃないだろうか?

 すっかり疑心暗鬼になったわたしは騙されてたまるものかと唇を引き結び、桃と鳥肉の詰まったパイを睨んでいた。


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