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その四 修道院のお茶の時間

「というわけで、我が修道院の台所は壊滅状態ですの」

 院長は要点をかいつまんで、わたしこと花の精霊の申し子ローズマリー・ブルーの惨状凄まじい生活を、余すところなくリリィーナさんに語り終えた。

 壊滅とまで言わなくても、とは思ったけど、まあ、カマドは年に数回修理しているし、ナベ釜類も全損した事実は、否定しようがないわね。わたしは諦めの境地に到り、院長の隣に大人しく座っていた。

 ああ、お腹が空いた。早くお茶が飲みたい。

 シスター・ラベンダーが手際良く青い薔薇模様のカップにお茶を注いでいく。

 今日のお菓子は、シスター・マーガレットお手製のスコーンだ。……あーッ、クロテッドクリームの大鉢に、滅多に出さないハムのサンドイッチ!

 あの瓶は院長秘蔵のイチゴジャムだわ。その横は、桃と鳥肉の詰まったパイではッ!?

 他にも街のお菓子屋さんから奉納されたキャンディにチョコレートが入った鉢まで置いてある!

 院長ってば、やりくりが苦しいと言いながら、この人のおもてなしにどれだけ(りき)を入れてるのよ。

 境界の探偵って、そんなに頼りになる職業なのかしら。

「ローズマリーさんはまったく魔法を知らないし、この修道院にも、怪しい魔法の片鱗は何も無いと。ローズマリーさんのことは表向きは公表されていないんですね」

 リリィーナさんはわたしを気遣ってか、修道院が見舞われた数数の惨劇については話を蒸し返さず、わたしについてのポイントだけを確認した。

「ええ、そうですのよ。昔は特に秘密では無かったのですけど、子供の頃から聖なる存在扱いされるといろいろと不都合があるので、いつしか公表しないようになりましたの。他の花の子がいるのも良いカムフラージュになりましたしね」

 じつは、『花の子』には精霊の申し子と、もう一つの意味がある。

 この国では、普通に『孤児』や『捨てられた子供』という意味で通用するのだ。

 その語源も、この修道院の庭が発祥地だ。

 修道院の庭の月光花の茂みに置きざりにされる赤ん坊。他にもさまざまな事情で修道院に預けられる十歳までの子供は、みんな花の子と呼ばれるのだ。

 昔は年に何十人も花の子がいたらしい。最近は国の近代化と共に国民生活が向上して、貧しさゆえに孤児となる者は少なくなったという。

 わたしと一緒に育った姉妹も三人だけだ。末の子は今年九歳になるデイジーだけ。この子を最後に、この数年、新しい子供は修道院に入ってきていない。

「それでリンデン院長は、具体的には、ローズマリーさんにどうなって欲しいのですか」

 リリィーナさんも院長も、お茶にもお菓子にも手を付けない。

 当然、わたしは食べることができない。

 うわああっ、お茶の時間にドーナツとシードケーキと、桃と鳥肉の詰まったパイを眺めているだけなんて、成長期の乙女には拷問だわよ。

 普段、恐ろしく質素な食生活をしているので、お客様向けメニューは天国のご馳走そのもの。そのご相伴に与れる者は、またとない福音を受けるに等しいのだ。

 聖母さま、お願いですから、わたくしに全種類のご馳走を味わう奇跡を与えたまえ――話が長引いてリリィーナさんが食べずに帰る前に、せめてわたしだけは一口でも食べられますように。

「この子にとっての安全な場所で、普通の人間としての人生をまっとうして欲しいのですわ。そのためには、もっと近代化の進んだ世界に移住する必要があるのです」

 院長は熱を込めて語った。院長は教会の用で都会へ行かれることもあるから、近代化とやらの知識をお持ちだ。主教会では灯は全部電気仕掛けになっただの、道路は整備されて一時間で遠くの街まで行ける最新型の自動車が走っているだの、街中にはガス灯が整備されただのと、珍しい土産話を聞かせてくださる。

 この村から滅多に出ないわたし達には、何のことかよくわからないけどね。

「しかし、さきほどのお話の中では、ローズマリーさんには、地主と領主と伯爵家から結婚の申し込みがきたこともあるとか。とてもきれいなお嬢さんですし、裕福な家に嫁がれる方が幸せになれるのでは?」

「普通の娘にならけっこうな玉の輿のお話ですけれど、その方方は皆、当修道院の後援者なのですわ。もしも嫁ぎ先でこの子の本性がバレたら、我が修道院の存亡の危機になりかねません」

 そこまで熱弁しなくても。

 まあ、本当の事だからしょうがないけど。

 リリィーナさんは生真面目な表情で頷いた。

「なるほど。それは確かに、修道院の死活問題ですね。魔法の廃れたこの国では、何かと問題が出そうだ。ローズマリーさん」

「はいッ!?」

 わたしは慌てて口の中の唾を呑み込み、しゃっくりみたいな返事をした。

「確認したいのですが、何か異常が起こったときに、自分が魔法を使ってしまった、という自覚を持ったことはありますか?」

「ありません」

 わたしは即答した。自慢じゃないけど、わたしは魔法の感覚らしきものは、まったく持ち合わせが無いのだ。

「答が早いですね。まったくの無意識か。それはそれで問題だね」

 リリィーナさんは面白そうに笑った。

「やっぱりおかしいですか」

 わたしは恐る恐る訊ねた。今まで花の子だから、という前提でわたしを見る人ばかりだったから、普通の人間として見た時に変わっている、という判定を下してくれる人は初めてだ。

「そうだね、自覚が無いのがとても不思議だよ。私が診たところでは、ローズマリーさんは花の精霊としての強い魔力を持っています。そして、その魔力は、地水火風を司る四大精霊のうち、火の精サラマンダーとの相性が極めて悪いようですね」

 リリィーナさんは院長先生の方へ顔を向け、表情を改めた。

「特に、修道院のカマドの火は、料理をする神聖な火です。火種を護っている火の精が、相性の悪い者には、来るな、近づくな、と警告を発している現象が、炎の爆発なのでしょう」

 それって、わたしは一生お料理しなくていい、もとい、炉には近づけないってことじゃないの。それはそれで、日常生活が困るんですけど。

「まあー、そんなことまでおわかりになりますの? 魔法使いとはすごいですわね」

「私からのアドバイスですが、ローズマリーさんは魔法学を学ぶべきだと思いますよ。どうせなら、局の経営する魔法大学に留学されてはいかがでしょうか」

「魔法大学!?」

 院長と副院長が声を揃えた。


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