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その三 修道院の花の庭で

 わたしは不思議探偵リリィーナさんと一緒に庭に出た。

 院長の考えはさっぱりわからない。

 わたしも一応、見習い修道女なんだけど、若い男性と二人で庭を散歩させていいのかしら。妹分は綺麗な紳士が来たと喜んでいるけれど、修道女になる身では、それが何なのよ、としか思わない。

 うちの修道院の庭の花壇は、ほとんどが薬草園だ。

 わたしはリリィーナさんを月光花の花壇に案内した。


「これがローズマリーさんが生まれたという月光花ですか。小さな花ですね」

 リリィーナさんは、花壇を覆い尽くす大きな茂みの側にかがんだ。

 月光花は別名『月の聖母衣(ローズマリー)』。真っ青な花びらに銀色の縦筋が一本入った、小指の爪ほどの小さな花だ。絡み合った枝に花がビッシリ咲いている。

 その花枝に、百年に一度、月光を強く浴びて光を溜め、大きな蕾を一個だけ膨らませる枝が出現する。

 それが月の魔法による〈月光溜まり〉という現象だ。

 その蕾は月光を浴びて大きく大きく一抱え程にも成長し、花びらが青からクリーム色を帯びた銀色に染まりきった時が、開花時期だ。その時、開いた花の中に人間の赤子が眠っているのが見出される。それが花の精霊の魂を宿した花の子だ。

 今から十五年前、わたしはそうしてここで発見されたという。

「リリィーナさんは、この修道院の起源をご存知ですか」

 黙っているのも気詰まりなので、わたしは話しかけた。他に話題も思いつかないから、修道院の故事来歴を説明することにした。

「たしか、五百年ほど昔、この境海世界に流れ付いた難破船の船乗りと修道士が、地球のキリスト教を伝えたのが始まりだとか」

 さすがは探偵さんだ、マイナーな教会の逸話もご存知らしい。

「ええ、地球という遠い世界のことは近年になってから知られるようになりましたが、その難破船に乗っていたのは英国の船乗りとイタリアの修道士でした。彼らはこの国に、地球発祥の、無原罪の母から救世主が生まれるという教義『サクラ・ビブリア』をもたらしました。それが、この国の神話にある聖なる植物の母神、花から精霊の申し子が生まれる伝説と融合したのが、この国独自の『()聖母(ホリ・フラワー・マザー)』信仰になりましたの」

「この国の花の聖母信仰は、境海世界でも多方面に広がっていて、いろいろと影響力がありますからね。花の子はこの国独自のものですが。教義では、花の精霊の子はどんな位置づけになっているのですか」

「昔は聖母の意向を伝える聖女や預言者とされたこともあったそうですけど、魔法の奇跡を起こせたのはごく一部の花の子だけだという伝説ですわ。こんなわたしが本物の花の精霊なんて、さぞかし驚かれたでしょうね」

 花から生まれた花の子は月の魔法を帯びた一族であり、同時に花の精霊の一族でもある。

 それが、わたしなのだと言い聞かされて育ったけれど、花の中に居た事なんて覚えていない。

 自分のどこが他の人と違うのか全然わからない。

 伝説の花の子のように聖なる力や魔法なんて使えないし、草木に宿る精霊と交流することもできない。

 リリィーナさんは目を見張った。

「どうして驚くと? あなたは美しいですよ。花の精霊だと言われたら,誰でも信じるくらいに」

 うっわ、この人、お世辞上手!?

 細身の優男で顔は良いから、モテるのかもしれないな。

「そういうのは、ご自分の恋人になった女性におっしゃってくださいな。見習い修道女に言うことではありませんわ」

 わたしは威厳を取り繕い、ちょっと怒ったように言ってやった。だって、わたしときたら、黒髪は肩より長いけど、髪型もすってんてんに切り揃えて黒いリボンと白麻のスカーフでまとめただけだ。青い目は、花の精霊の申し子なら普通の色だし。

 リリィーナさんは、なぜか、珍しくもたじろいだ風に苦笑した。

「え? うーん、それはちょっとしないけどね……」

 頭を掻いている。

 え、なんで、ここで困るの?

 あれ? この人の横顔……よく見たら、首筋は細いし、顎の線もすごく繊細だわ。手首は細くて指先も、とっても綺麗。背広は似合うし胸は無いけど、ウエストは細いかな。

「ええッ、もしかして、女の人!?」

 リリィーナさんの真実に気付いた瞬間、わたしは羞恥で顔面がカッと熱くなった。

 そういえば、リリィーナって女の名前だった!?

 ぎゃあ、やばい、ものすごく失礼な態度を取ってしまってた!!!

「あれ、やっぱりわたしのことを男だと思っていたの?」

「はい、見た目があまりに凜凜(りり)しいから、てっきり男性だと」

 ごめんなさい、と繰り返すわたしに、リリィーナさんは胸の前で右手を振った。

「わたしの事は気にしないでいいから。あなたのことだけど、珍しいとは思いますが、境海世界には他にも精霊の申し子は存在しますよ。あなただけじゃないから、安心してください」

 なんて親切な人だろう。胡散臭いなんて思って悪かったと、心から反省する。

「はあ、そうですか」

 あっさり許してもらえてホッとした反面、恥ずかしくて、わたしは顔を上げられなかった。ああ、月光花の横に穴を掘って埋まってしまいたい。

「それより、魔法大学に留学しませんか。あなたなら良い魔法使いになれますよ」

 リリィーナさんは唐突に、わたしの知らない学校名を切り出してきた。

「マホーダイガク? なんで、わたしが?」

 素っ頓狂な声を上げたわたしは、失礼も忘れて、まじまじとリリィーナさんを見てしまった。

「ローズマリーさんに魔法の才能があるのは本当ですよ。詳しくは院長に話をするとして、そろそろお茶の時間だから戻りましょうか」

 リリィーナさんは、チョッキのポケットから銀の懐中時計を出して時間を確認すると、わたしに笑顔で促した。


 院長室に戻ると、隣室にある院長専用食堂のテーブルには一番上等な茶器が並べられ、何種類ものお菓子が用意されていた。


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