その一 修道院の台所事情は
「ローズマリー・ブルーッ!!!」
シスター・マーガレットが呼んでいる。
わたしは諦めて柱の陰から這い出した。
見習い修道女の明るい灰色のスカートが、埃で白く汚れてしまった。スカートの膝を軽く叩いて埃をはたき落としてから、神妙な面持ちで進み出る。
台所の流し場の側で、シスター・マーガレットがプルプルと震えていた。
その両手には、特大の湯沸かし専用釜が抱えられている。小さい子供の風呂桶にもなりそうな大きな釜だ。その底に大きな穴が開いていて、シスター・マーガレットの顔が見える。
あーあ、見つかっちゃった。それ、もうダメだから。他の部分もベコボコだから、修理もできないわよ。
「もう、もう、うちの修道院には、新しいナベも釜も、フライパンも、買い直す余裕はありませんよッ!」
「まあまあ、シスター・マーガレット、落ち着いてください。ローズマリーも、悪気があってやったわけでは……」
お湯釜を抱えた長身のシスター・マーガレットを、小柄なシスター・ポプリが宥めにかかる。
「当たり前です、これで悪気があったら、悪魔よりタチが悪いではありませんかッ。ナベはぜんぶベコベコ、あるだけの釜は割れて、フライパンは全サイズが、炎の暴走で熔解して鉄クズと化しました。もう、この子には料理はさせないと、半年前の集会で全員一致で決めたはずでしょう!?」
「ええ、そうですわね、ですから、どうしてこうなったのか、ローズマリーに訊かないといけませんわ。もしかしたら原因は別にあるかも……」
シスター・ポプリが、わたしの方を向いた。わたしと目が合う。
「あのう、わたし、お料理はしていません」
わたしはしっかりした口調で発言した。
「なんですって?」
先輩シスター二人の視線が突き刺さってくる。
「お料理じゃなくて、院長のお茶の仕度をしに、お湯をもらいに来ただけなんです。でも、誰もいなくて、仕方が無いから、勝手にお湯だけもらっていこうとしたんですけど……」
「ほんとうに、炉には触っていないのですか」
怪訝なシスター・マーガレットに、わたしは力強くうなずいた。
花の聖母に誓って、わたしは院長の言いつけを破っていない。
「湯釜からお湯を取るのに、お玉杓子を使っただけですっ」
だって、お料理は苦手だもんね。
シスター・マーガレットとシスター・ポプリは「それだけ?」と同じ角度で首を傾げた。
「はい。で、お玉でお湯をひと掬いしたら、いきなり、ドッカーン、と」
「炉が爆発したと?」
「そうなんです!」
わたしは真剣な顔でうなずいた。その方が反省していると思ってもらえると考えたのだが、逆効果だったようだ。
シスター・マーガレットの頬を新たな大粒の涙がボロボロとこぼれ始めた。
「あなた、そうです、じゃないでしょう。どうして去年より悪化してるの、この子が大きくなったら魔法体質が治るなんて、嘘だったんだわッ!? おお、花の聖母よ、我らに御慈悲を!」
シスター・マーガレットは壊れたお釜を抱きしめて、泣き伏してしまった。