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碧と琥珀の物語  作者: 狗賓
9/20

Ep③-5

 

 結局シアンが寝床を見つけたのは、夜も深くなった頃だった。


 ここは恐らく、演習授業に使うために人工的に作られたのであろう洞穴(どうけつ)。そこは人が十人入っても寛げるほどに広かった。

 しかし、空間があったとしても、現在シアンの持ち物は医官見習いとして最低限必要な荷物が入った魔法鞄(マジックバッグ)のみ。そこには主に薬草などの薬効品やポーション、包帯に当て布が入っている。だが、夜営をするにはあまりにも頼りないだろう。

 何せ寝袋も布団もないので、寝るとしたら固い地面に直に体を横たえなければならないのだから。


 不幸中の幸いなのは、携帯食料と干し肉が一食分ずつ手元にあることか。が、携帯食料はともかく、干し肉は先程鍋を手放してしまったので、地道に噛んで食べなくてはならない。硬いので、干し肉を食べるのはけっこう(つら)いのだ。




「『ステータス』」


 シアンは、仕方なしにポソポソの携帯食料を口に押し込みながら、壁に背を預けて休息をとる。

 そして、ふと思いつきで『ステータス』を表示させるとその内容に思わず顔を顰めた。



 ―――+―――+―――+―――+―――+―――


 個体名:春原(スノハラ) 碧依(アオイ)

 体力:グリーン

 魔力:レッド

 状態:やや異常・レベルⅠ

 行動力:疲労・レベルⅡ《強》

 防御:普通

 対魔:普通

 幸運:やや良

 補足:精神疲労による寝不足・レベルⅠ

    魔力急速消費症・レベルⅡ

    筋疲労(足全体)・レベルⅠ

 特殊:スフェリエルザの祝福


 ―――+―――+―――+―――+―――+―――




「うっわ……ボロボロだぁ」


 想像以上に異常を示す『ステータス』に、もはや苦笑する他ない。さらに細かく見ることも出来るが、これ以上は疲れが増すだけだと言い聞かせて、シアンは表示を切った。

 暫くぼんやりと天井を仰ぎ見ていたかと思うと、突然シアンは壁を背にしたままズルズルと擦るように横になる。それからフゥッと息を吐くと、力を抜いて目を閉じた。

 魔力や体力の回復には、睡眠が有効だからだ。

 日本でいつだったかに読んだ資料には、下手な寝床で眠るのは(かえ)って疲労を誘発する、とあったが、今回のように他にどうしようもないなら寝るしかない、と言うのがシアンの持論である。





 ――ザリッ……ザリリッ……ザリッ……


「んぅ?」


 シアンは、頬に生温かく、ザラリとした物が滑る感覚に目を覚ました。

 起き抜けでぼーっとしながらも、ぐるりと視界を巡らせて、顔を天井の方に向けた瞬間、残っていた眠気が吹き飛んだ。


「な、なんで!?」


 そこには、なんとこの洞穴に来る前に治療した獣の顔が間近に迫っていたのだ。

 狼のようにスラリと伸びた口吻(マズル)、ライオンのようにたっぷりと威厳を持たせた(たてがみ)。シアンをじっと見つめる双眸は美しい金色で、そこに負の感情は(うかが)えない。


 ―――同じ金色でも、この子の瞳は、あの人のとは違う……。


 その目に見つめられて、シアンが思い出したのは、一人の青年の怒ったような、怖い表情(かお)

 あの人――きっとシアンの性別に、唯一気がついているであろう、()()()ことベルン=イルグ。

 ベルンの双眸が冷たい冬の月なら、今シアンの目の前にいる獣のものは春の暖かな陽光だろうか。

 柔らかな、穏やかな、そんな慈愛の色を映していた。


 ふと、獣の足元の方からゴロンと何かが転がる音がした。シアンがそちらに視線を向けると、そこには見覚えのある鍋が一つ。

 そこでシアンは「あぁ」と、合点がいった。


「届けてくれたのか、ありがとう」


 シアンが礼を告げると、獣は「ウォフッ」と吠えて応えた。それがまるで「気にするな」と言っているようで、シアンは思わず顔を(ほころ)ばせた。



「さ、そろそろあなたも、住み()にお帰り。ここは今、乱暴なのがいっぱいいるから……」


 しばらく獣を眺めていたシアンだが、自分の置かれた現状を思い出すと、獣に別れを(うなが)した。

 洞穴の外を見る限り、夜明けまではまだ時間があるようだ。だから、シアンはもう一眠りしたかった。

 しかし、獣は嫌々とばかりに首を振ると、あろうことかその場にドスンッと腰を落ち着けた。そして、なぜかシアンの腕を軽く噛んでは自身の方に引き寄せようとしている。疲れはてていたシアンは、特に抵抗することも出来ず、引かれるままに獣の方へと倒れ込んだ。

 (なめ)らかな毛皮に埋もれると、何かがスゥッと身体に染み込んで、楽になる気配がした。感覚としては『治療(キューア)』を受けたときに近い……と言うより、そのままだ。

 気づけば、体のあちこちにできていた、葉っぱで切ったらしい極小の切り傷たちが消えていく。


「あなたは、一体……?」


 獣の持つ能力に驚愕して目を見開き、掠れた声で問いかけるも、当の獣は何も答えない。毛足の長い尾でシアンの背を優しく打つばかりである。

 あやすように背中でリズムをとられ、呼吸の度に上下に動く獣の腹に顔を(うず)めていると、シアンにまた眠気が訪れた。まるで、子どもに戻ったみたいだ、と夢現(ゆめうつつ)に思う。

 ウトウトと、シアンは心地の良い闇の中に、手を引かれるままに落ちていく。そして、落ちきる寸前にシアンは声を聞いた気がした。



 羽が掠めるように一瞬、何かがこめかみに触れた後。


{よく、眠れよ}


 と、どこかで聞いたような低い声が優しく呟くのを――。


読んでいただき、ありがとうございます。

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