Ep③-3
色別対抗サバイバル戦の当日。シアンは森の中で独り、頭を抱えてぼやいていた。
「普通、医官を見捨てるかよ……」
そう、シアンはスタートと同時に敵対勢力から奇襲を受けた際、殿――いや、体のいい囮に使われたのだ。
シアンの数少ない知識(主にゲームの)に則れば、回復能力持ちは重宝され、守られるべき存在であるはず。そして後方支援の重要性は、世界を越えても変わらない。にも拘らず、味方は誰一人としてシアンを守る素振りすら見せなかった。
自身の人望の無さに、シアンは思わず『orz』とばかりに膝をつきそうだ。
―――まぁ、おかげで生き残ったけど。
と、ひっそり悪態をつくとシアンはグルリと周囲に視線を巡らせる。幸い、誰も居ないようだ。
「どうしよう、かな」
正直に言って、シアンは自分にサバイバル適性はないと思う。
少し前まで、のほほんと日本で暮らしていたのだ。平和なあの国のどこでこんな経験をするだろうか。自衛隊でもないのに。
こちらの世界に来てから辛うじて座学で最低限のことは学んだが、実際にやらねば意味がない。
しかも、その座学も前提に『集団行動』を置いているのだ。現状ボッチなシアンに、一体何が出来るというのか。
シアンは一瞬「リタイアしようかな」と、思ったがふと脳裏に『理由なきリタイアには罰則あり』の文字が過った。
ここは仕官学校、もとい男子校である。しかも、学生の半数は兵士や騎士志望の体育会系。そんな学校で課せられる罰則と言えば……。
―――肉体労働一択じゃん!
反省文ならいくらでも書ける。シアンは元々文系女子だから。
が、日本ほど製紙技術が発達している訳ではないスフェール王国では、高々学生の罰則のために使えるほど紙は安くない。そもそも反省文を書け!という罰則すら考えつかないようだ。
となると、罰則いえば肉体労働だけである。
見た目は性別が格好に左右されてしまうほど中性的なシアンだが、あくまで中身は女子である。男子相手を想定している罰則に耐えられるとは、最初から思っていない。
仮に今、シアンがリタイアして理由を聞かれたらどう答えればいいのやら。「味方に見捨てられました」は呆れられるだろうし、「どこそこが痛いのです」といえば、治療されて戻されるだけだ。
「いっそ、草むしりでもしてようか」
ここでいう草むしりとは、ざっくり言って薬草採取のことだ。
日本……いや、地球そのものと植生が全く異なるこの世界には、魔法薬――所謂、ポーションと呼ばれる物体が存在する。
特定の薬草及び薬効品を決まった手順で処理することで生成できるそれは、売ればそこそこの値段になる。シアンは、町に下りる際にそれらをこっそり売っているのだ。
昨今では治癒は魔法に頼る傾向が強くなり、医療を目指す者は魔法ばかりを重視する。その弊害で、ポーション自体を作れる者が少なくなっているからだ。
しかし、シアンはこの世界に渡る際、スフェリエルザに貰った祝福があった。
その名も――治癒特化。
その祝福の効果か、シアンは『治癒術』、『製薬術』、『薬捜術』という独自の力を持っている。つまり、チート持ちだった。
『治癒術』は字の通り、治癒魔法のこと。主に出血を伴う外傷に効果を発揮する。あまり酷くなければ、傷口が直接見えない内出血にも効く。
そして、普通の治癒魔法と違うのは、使った後も回復効果が一定時間持続する点だ。時間にして三十分ほど、新たな傷まで治してくれる。
『製薬術』はこちらで言う錬金術の一種。製薬――つまりポーション系しか作ることができないが、完成時には薬効が高くなる。割合にして、通常品の三割増し。
これはシアンと薬との魔力の相性がいいからである。
そして『薬捜術』は、と言うと。これに関しては、完全にシアンのオリジナル魔法だ。近い魔法で言うと『探索』と『解析』だろうか。『薬捜術』は薬効を持つ物を探し出し、効率の良い処置方法を分析する魔法である。
『製薬術』と非常に相性のいい魔法だ。
どれも魔力消費がそれなりに多いというネックはあるが、シアンのチートにはそれを上回る旨味があった。
……もっとも、普段は目立たないように威力を抑えたり気づかれないように使っているのだが。
「ん……?これは」
結局リタイアはやめて『草むしり』に没頭していたシアンは、周辺から微かに漂う臭いに眉を顰めた。
嗅ぎ慣れないが、覚えがあるそれは――血の臭いだ。
仕官学校での実習授業の一環に、治療室――立ち位置は日本の学校で言う保健室のようなもの。中身はそれより診療所に近い――の補助作業というものがある。二チーム半月交代で回ってくるので、シアンももちろん経験があった。
患者は大抵、例の体育会系の者たちだ。戦闘授業で怪我をするので打ち身や擦過傷がほとんどだった。
だから、血の臭いは知っていた。
―――怪我人、かな?見つかりたくないけど、見過ごすのもなぁ……。
生憎、シアンは自分を見捨てたような輩を助けるほどの度量は持ち合わせていない。
だが、生来お人好しなのか、はたまた単に後で罪悪感を抱きたくないからか。そのまま無視、ということはできなかった。仕方なしとばかりに立ち上がると、臭いがする方に向かって声をかける。
「誰か、いるの?」
どこの水の精を呼んでるんだよ!と、ツッコミたくなるような問いかけだったが、果たして相手からの反応はあった。
―――グルルルルルゥ……
「……え?」
それは地の底から響くような唸り声であったが。
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