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碧と琥珀の物語  作者: 狗賓
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Ep③-2

 

 シアンが配属されたのは、赤チームだった。

 だからといって何かあると言うわけではない。だが、碧依が小学生の頃に通っていた小学校の運動会には、『赤組が勝ちやすい』と言うジンクスがあったので、少し懐かしく思った。

 シアンは六年間ずっと赤組だったのだ。


 ―――失礼します……。


 内心で頭を下げながら、シアンはこっそりと教室の後ろ側のドアを開く。中にいる人物は(まば)らで、とても少ない。まだ全員は揃っていないようで、シアンはどうやら自分は早く着いた方らしいと思った。

 慣れない空間への緊張からか、やや駆け足で入室すると、シアンは一番後ろのドアから離れた席に陣取った。そこは一等薄暗いため、人気(ひとけ)が少なかったからだ。


 なお、日本の教室とは違い、スフェール王国仕官学校の教室にはベランダや大窓はない。学生の八割以上が貴族の子息だからだ。その他も、ほとんどが実家が豪商だったりと裕福な家の者である。

 身分格差が物を言うここでは、得てして金持ちに対して恨みや妬みを持つ者が出てくるのだと言う。そういった刺客から学生を守るために、窓は小さく、換気や日光を取り込むための必要最低限しかない。

 ちなみに、位置的にどうしても明かりの足りないところは、魔力灯(まりょくとう)と言う外部からの魔力を吸収して発光する魔導具が使用されている。



 何処からか、ボーン……ボーン……と低い鐘の音が聞こえてくる。組んだ腕を枕代わりに机に突っ伏して寝ていたシアンは、(おもむろ)に顔を上げた。鐘の音二回は、開始10分前の予鈴の合図だ。


 仕官学校の一回の授業は約90分、そして授業と授業の間の休みは、なんと30分もある。

 そのため、午前の授業は10時から11時半までの一限、それから一時間半の休憩を挟んで、午後は13時から14時半、15時から17時の二限と合計三限しか授業がない。これは教室と演習場との距離を考慮した上で設定された結果だ。

 ただ、この世界の時計はあまり正確ではないため、全ておおよその時間である。それらを分けるのが、学校に取りつけられた大鐘の音だった。



 予鈴が鳴り終わるや否や、続々と学生たちが教室に雪崩れ込んでくる。それは、日本での駆け込み乗車を彷彿(ほうふつ)とさせる光景だった。


「あ、あれ……」


 と、シアンはその中に見覚えのある顔を見つける。そう、なぜか毎日顔を会わせる三人組――の一人、シアンが内心でガリノッポと呼んでいる青年だった。

 どうやら、他の二人とはチームが分かれてしまったらしい。他に友人がいないのか、ガリノッポ青年は教室に入ってすぐは、どこか居心地が悪そうだった。だが、


「はんっ、この平民が!」


 と、シアンに気づくや唐突に(あざけ)るような態度を取り始めた。

 それを見た周囲が、また同調するようにヒソヒソと話し合いながらシアンを笑う。

 シアンが平民であることは、この学校でも有名な話だった。しかも、家名である『スプリングフィールド』は、誰も聞いたことがないものだ。つまり、商人の子でもないらしい、とも。


 そんな様子をシアンは、「スクールカーストは異世界にもあるのか」と死んだ魚のような目で見ていた。

 ガリノッポ青年の狙いは、自分より下の存在を作ることのようだった。シアンはいつか風に聞いた噂で、ガリノッポ青年の実家は男爵で、本人は三男だと知っていた。


 この世界では、多くの国で五爵位――上から公爵・候爵・伯爵・子爵・男爵――制を取っており、それに準じる形で騎士爵や特別爵が存在する。

 正式な貴族としては男爵位は末端。そして、家を継ぐ長男以外は、自身で爵位を得ない限り、まず商家や豪農に下っていかなければならない。中には上の爵位の家に嫁ぐ者もいるが、男爵子息レベルだとそれはかなり(まれ)な例である。

 つまり、ガリノッポ青年も、この学校の中では下っ端の方なのだ。


 だが、それでは具合が悪い。

 だからこそ、より下の者を示して自身のスケープゴートに()えようとしていた。その相手がシアンである。もっとも、ガリノッポ青年は見る目がないと言えよう。なぜなら、


「私だって、自分の身分ぐらい分かってるっての。まったく、代わりに自己紹介してくれなくていいから」

「なっ!?」


 シアンはアッサリとガリノッポ青年をやり込めてしまったのだ。

 元々、シアンは大人数や本能的に勝てない相手以外には、割りと気が強かった。こちらで嫌がらせを受けるようになった後も、一人相手なら、むしろ泣かしていたほどには。

 まぁ、相手によって態度を変えるのは基本である。


 驚愕したガリノッポ青年の様子に満足すると、シアンは机に肘をついて黒板の方に視線をやった。「お前なんぞ眼中にない」と態度で示したのだ。

 下の身分の者に適当にあしらわれ、恥辱(ちじょく)に顔を真っ赤にしたガリノッポ青年は、シアンに掴み掛かろうとして――。


「さー、席つけー。授業始めるぞー」


 と、気怠(けだる)けな掛け声と共に教師が入ってきた。同時に本鈴の鐘がボーン……ボーン……ボーン……と三回鳴る。

 渋々ガリノッポ青年はその場から引き下がった……その目に怒りをたぎらせて。

 シアンは小さくため息を吐くと、話し始めた教師の声に意識を向けていく。






 もし、このとき。

 シアンが、授業中にも(かか)わらず話し込む集団に気づけていたら。彼女がこの先送る人生は、もっと違ったものになっていただろう。

 ……しかし、シアンは生真面目にもサバイバル戦への対策にメモを取っていたため、それらに気づくことはなかった。


 自分を(おとしい)れようと画策する、意地の悪い視線に。


読んでいただき、ありがとうございます。

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