Ep③-1
サブタイトル、『校内行事はサバイバル!?』開始。
それは、シアンがいつもより少しだけ寝坊した朝のことだった。
「……なに?あれ」
いつもならバラけて廊下で喋くっている学生――シアンは内心で『廊下族』と呼んでいる――たちが、今日は全員掲示板の前に群がっているのだ。時折、「わー」や「めんどくせぇ」と言った嘆きが聞こえてきて、シアンは眉を顰めた。
人混みの合間をぬって掲示板の貼り紙が見える位置に立つと、果たしてそこには昨日までなかった物が増えていた。
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校内行事『色別対抗サバイバル戦』
日程:一年 十月 四、五日
二年 十月 七、八日
三年 十月 十、十一日
四年 十月 十三、十四日
補足:理由なきリタイアには罰則あり。
詳細は各学部のHRにて、担任より報告。
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さばいばる、シアンは何やら聞きなれない言葉を繰り返すよう、そっと口内で呟いた。
ちらりと周りを見ると、皆なんだかんだでかったるいと口にしながらも、和気あいあいとした雰囲気である。そのノリは、日本での体育祭に近い。
が、いざHRでその内容を聞いたとき、シアンは思わず長机に額を打った。
サバイバル戦は、本気でサバイバルだった。
もちろん、日程自体がたったの一泊二日であるため、何も食べ物を自力で狩れとまではいかない。保存食は前もって支給される。
元々、この行事自体、兵士や騎士、武官の候補生たちが年明けに行う長期遠征実習の予行のようなものらしい。
にも拘わらず、今回の行事に、シアンのような軍医志望ではない医官見習いの学生や、剣を嗜み程度にしか扱ったことがない文官候補生までも参加させるのは、もはや嫌がらせである。
その上、色別対抗戦を謳っているだけあって、勝負要素もちゃんとあった。
基本的なルールなどは以下の通り。
・色は赤、青、黄、白に分かれており、各学部の比率は同じ。
・各チームには砦が用意され、その位置は開始までチームのリーダー及びその者が選考したメンバー(最大十人)のみ開示されるものとする。
・サバイバル戦中は、常に上下とも決められた制服を着ること。この制服には、特殊な魔力が込められており、魔力や圧力を感知して変色する。
・制服の変色域が全身の過半数を占めたら、『死人』として失格となる。失格者は速やかに教師運営の基地へ帰還すること。
・戦闘時は、全力で取りかかること。ただし、相手を死亡させることはしない。
・また、すでに『死人』となった者を攻撃してはならない。
・今回は日が沈んでからの戦闘は禁止する。
・生き残りが最も多いチームが勝利者となる。
シアンの知識にある中で何が近いかというと、まんまサバゲーである。もっとも、この世界にはまだ銃器が存在しないため主となるのは剣と魔法だ。特に魔法は、自由度が高いため要注意だろう。
貼り出されていた日付によると、シアンの学年で行事が行われるのは約半月後。今から支給品以外の物を揃えるのは、かなりギリギリである。
シアンは現在十八歳――日本にいた頃の暦換算だが――、本来ならこの仕官学校では三年生であるはずだった。だが、国王・ラゾールトに見込まれて飛び級して四年生から編入している。しかも、周囲より三ヶ月遅れであった。
……その所為で、やっかまれている部分はある。
それに、シアンも入学後に冷静になってから気づいたのだが、ラゾールトは、シアンの父・ジャスパーに内緒でシアンをここに入れたようだ。当たり前である。シアンの性別を知っている父が、こんな仕官学校にシアンを入学させることを看過するはずがない。
そして、ラゾールトはたった九ヶ月だけでも学生生活を頼んでもらいたかったのだろう――他でもない、シアンに。
だが、正直ありがた迷惑が過ぎるというものである。
もし、本当にシアンが男だったなら、周囲に遠慮することなく振る舞えただろう。が、実際は性別がいつかバレるのではないかとハラハラしている為、精神疲労が半端ない。
―――あー、いっそ寝込みたい……。
現実逃避ついでにそんなことを考えるシアンだが、生憎と母がくれた身体は人より丈夫らしく、滅多に風邪を引くことすらない。ましてや、こんなとき都合良く体調が悪くなるなんてことは起こらないだろう。
今回のサバイバル戦、シアンにとって唯一救いだったのは、日程がシアンの女の子の日と被っていなかったことだ。
こちらに来てから……いや、来る前から周期が狂っていたのだが、幸いなことに、半月後なら当たらなさそうである。
なお、必要な生理用品は、学校の五日毎の休日のうちに出来る限りの女装をして、買いに行っている。
ちなみに、最初に女装するために使ったのは、廃棄寸前のリネンなど。それを寮にひっそりと置かれている備品の一つ――裁縫セットから、針と糸を借りて手縫いしたのだ。
このときほど、日本の学校に家庭科の授業があったことに感謝した日はない。二回目からは、買った既製品を使っているが。
「気ーがーおもーいぃ……」
貼り出しから数日後、授業時間をまるまる一つ使って色別チームで集まる日。この日が、チームの初顔合わせだった。
知り合いでもいればまた違っただろう。だが、残念ながらここでのシアンの知り合いは、嫌味を言われたり、睨まれたりするだけの相手である。
そんな相手と仲が良いハズがない。
しかし、そうは言っても行かなければならない事実に変わりはない。
シアンは深いため息を吐きながらも、重い腰を上げざるを得なかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
以下、蛇足的な何か。
★作中での『候補生』と『見習い』の違いについて
『候補生』…あくまで候補なので、実際その職に就けるかは未定である。とは言え、余程の事がない限りは、内定をもらっているも同義。
『見習い』…資格を満たし、すでにその職に着いている者。しかし、見習いであるため給金は発生せず、全ての業務が任されるわけではない。万が一何か問題を起こした場合は、本人ではなく上司(ここでは教師)が責任を負う。