Interval①
幕間、『碧依、城での一コマ』。
「では、アオイ君。本日はキミの魔力について調べよう」
「はい、お願いします!」
異世界に来てから早一ヶ月、碧依はなんだかんだ元気にやっていた。
まだ、彼女の中で母の死は記憶に新しい。だが、強制的に環境が変化したお陰か、馴染むための努力をするために空元気になれるようになっていた。
碧依は日々真面目に、こちらの世界の勉強――主に座学中心だ――をこなしていく。
そんな勤勉な態度を見た周囲の者たちは、碧依の歳と身分(平民)の割りに高い教養に驚いていた。しかも、それを本人が「こんなの普通だよ」と言っている。なので、余計にその将来性に期待をかけていた。
なんて、優秀な青年なのだろうと。
と、そこに扉をノックする音が響く。碧依の教師代りの文官が、気安い声で「どうぞ」と声をかけると、騎士服の男が入ってくる。
……碧依の父・ジャスパーだ。
「失礼する。碧依が、何処に……あぁ、そこか。
今日は、何をするんだ?」
「お父さん!今日はね―――」
思いがけない父の登場に、顔を綻ばせて駆け寄る碧依。ジャスパーも避けることなく、飛びついてきた娘を抱き止めた。
やや幼さを感じさせる碧依のその行動に、壮年の文官の表情も柔らかくなる。実家の孫を思い出したのだ。
「そうか。魔法の授業、か……」
「そう!……そうだ、お父さんもついでに見ていきなよ!」
「だが、仕事が……まだ、「いや、それくらい構わない。と言うより、寧ろ休んでください将軍」オルト様!?」
参観についての問答を始めた父子の背後に、いつの間にかこの国の国王――ラゾールト=スフェールが立っていた。もちろん、傍には近衛たちもいる。
ラゾールトとしては、最近ワーカーホリック気味なジャスパーを労るには丁度いい機会だと思っていた。そして、同じ年頃の子を持つ男親として、家族を放置することがあまりよろしくないことも知っている。
……ラゾールトは昔、図らずも妻を放置してしまった所為で、娘には未だに従兄より構われないし、息子にいたっては万年反抗期をかまされているのだ。尊敬する人に、同じ目にあって欲しくない。
「オルト様。いえ、陛下がそう仰るなら……」
その瞬間、碧依の顔がパッと明るくなる。そこでようやくジャスパーは、ラゾールトの意図に気づいた。そして、最近あまり碧依を構ってやれてない、と気づいたのだ。
ジャスパーにとっては久しぶりの故郷だが、碧依にとってはまだまだ見知らぬ地。唯一なんの打算もなく頼れる自分が離れた状態は、さぞ心許なかっただろう、と。
―――まったく、我ながら情けないな。
妻の死に心の余裕を無くし、周囲に気を配れなくなっていたことを自覚して、ジャスパーは視線で碧依に詫びた。当の碧依は突然、父から受けたアイコンタクトに、意味が分からないながらも喜んでいた。
父の心、娘知らずである。
「では、まず『ステータス』を使ってみましょう。発動できたら、どのような表示になっているか、ここに書いてくださいね」
文官は、この世界では幼児でも使える魔法『ステータス』を最初の課題にした。『ステータス』は、自分にしか見えないので、他者に内容を教えるには、別に書き記す必要がある。
文官が『ステータス』を選んだのは、碧依がこれまで魔法を使ったことがない、と言うことを聞き配慮した結果である。ただ、碧依の住んでいた日本には、そもそも魔法そのものがないことを失念していた。そのため、魔法を発動するための説明はほとんどしていない。
だが、碧依のサブカル天国日本生まれの日本育ち。その中でもガッツリアニメや漫画に親しんできた類いの人間なので、創造力は一際逞しい。だから、
「『ステータス』、発動!」
だから、いとも容易く発動できてしまった。
なお、その事実に唖然としているのはジャスパーのみ。他の人たちにとっては当たり前のことなので、碧依の凄さに気づかなかった。
発動に一発で成功した碧依は、文官に言われた通りにペンを走らせる。
この『ステータス』の表示は個人によって異なるが、魔力操作が上手いものほど詳細が出やすい傾向にあるのだ。魔力量は別の道具を使って調べられるが、操作技術はこの方法を用いることが多い。
書き上がりました、と宣言すると碧依は指をパキンッと鳴らし、表示を消した。鳴らさなくても消せたが、碧依はカッコつけたかったのだ。
ひらりと差し出された紙を見るため、文官とジャスパー、そして何気にその場に残っていたラゾールトが顔を寄せる。
―――+―――+―――+―――+―――+―――
個体名:春原 碧依
体力:グリーン
魔力:グリーン
状態:普通
行動力:普通
防御:普通
対魔:普通
幸運:やや良
補足:精神疲労による寝不足・レベルⅠ(弱)
特殊:スフェリエルザの祝福
―――+―――+―――+―――+―――+―――
「こ、細かい……」
誰ともなく、呆然と呟く。
名前を含めて十項目、常時これは非常に稀なタイプだった。しかも項目によっては、レベル表示までされている。全員がここまで細かいのは初めて見た、と目を見開いた。
ちなみに他の人の場合、『ステータス』の表示は通常で『魔力』まで、異常時のみ『状態』が出てくる仕様になっていることが多い。
だが、当の碧依はやや不満だった。
もう少し細かく出ると思っていたのだ。それこそ、某RPGのステータス画面ぐらいには。
「なぁ、気のせいだろうか。あの子、なんだか不満げだぞ……?」
「いえ、陛下。俺の目にもそう見えます。と言うより、間違いないです」
ムスッとした表情で、覚えたばかりの『ステータス』を付けたり消したりしている碧依。
周りの大人たち(と言っても、ここでは碧依も成人扱いだが)は、無邪気に無茶をしようとするその姿に、密かに戦慄を覚えたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
以下、蛇足的な何か。
「むー、何とかならないかなぁ」
碧依はその夜、私室として借りている客間のベッドに転がってまだ『ステータス』を使っていた。消費魔力が少ないので、どれだけ使っても疲れないのだ。
碧依としては、数字で表示されるのが理想である。日によって変動する可能性があるとは言え、基礎値ぐらいは把握したかったのだ。
「……こう、ダブルクリックしたら詳細が出たり、なんて―――あ」
何気なく呟いて、『ステータス』の画面の中、『体力』の部分に指を触れると、それは起きた。
―――+―――+―――+―――+―――+―――
体力:グリーン
→2,676/2,720
完全回復に必要な要素
【睡眠】→一時間半
【食事】→特になし(状態・腹八分目)
―――+―――+―――+―――+―――+―――
「……本当に出た」
一瞬ポカンとなった碧依だったが、物は試しとばかりに他の項目も触れてみる。すると、全部にさらなる詳細が出現した。
だが、その細かさにさすがの当人も思わず。
「うーわ、細けぇ……」
と呆れることとなった。
その後、誰かに報告するべきか、とも思ったが碧依は昼間の周囲の反応を思い出し、自身の胸の内に留めておくことを決めた。
言わぬが花、知らぬが仏、である。