Ep②-2
碧依が父と共に着いた先は、剣と魔法の異世界。
その中でも大国の一つに数えられるスフェール王国王城の屋上だった。
正直、碧依はその場所を見るまで父が異世界人であるかどうか半分ほど疑っていた。見た目は確実に日本人ではないので、ヨーロッパ系の人ではないのかと。
そう、魔法らしきものを使う衛兵(?)に囲まれるまでは。
「結界に反応物体確認!」「どこの所属だ!」「不明であります!」「生き物だと思われます!たぶん、人種です!」「よし、捕らえろー!」
「「「イエス、サー!」」」
気がつくと碧依は父に片腕で抱えられ、たくさんの外国人(?)に敵意と武器を向けられていた。
寝ている間に飛ばされたため、寝巻――上下揃いのスウェット――で丸腰の父。だが、よく見ると全身から陽炎のようなものが立ち上がっていた。透明なオーラとでも言うべきだろうか。
魔力だ、と碧依は直感した。
「おい、お前。何者だ!名を名乗れ!」
「……俺がいない間に、ずいぶん府抜けたな。この国の騎士は」
「何ぃ!?―――……って、ぐわ!」
父――ジャスパーが自由な腕の方をふいに払うように動かしたかと思うと、次の瞬間衛兵たちが吹き飛んだ。
地面に伏した彼らは、すぐさま起き上がろうとしたが、のたうつばかりである。まるで、港に打ち上げられた魚のようだ。
「お父さん、あれって?」
「……魔法だ。風魔法で、吹き飛ばし、拘束した」
風で拘束、と聞いて碧依ははたと気づいた。どこかで聞いたことがあるのだ。
だが、故郷には魔法がない。それなら、
「……それって、もしかして」
「あぁ、ニホンでの、『マンガ』や『アニメ』を、参考にした」
やっぱり!と碧依は思った。
日本では、ジャスパーは好んでマンガやアニメを見ていた。
いつか聞いた話では、父の故郷では日本ほどサブカルチャーが発達していないため、絵や映像で魔法を見ると言うことはまずなかった。
ジャスパーにとって、マンガやアニメといった類いは教科書であり、インスピレーションを刺激する見本のような扱いだった。魔法を使うには、想像力が重要らしい。
周囲に他に人が来ないことを確認すると、ジャスパーはそろりと碧依を降ろした。もちろん、地面に危険なものが落ちてないかも確認してから。
ジャスパーは碧依に「ここで待ってろ」と言うと、スタスタと衛兵たちの方へと歩いていった。
それから転がっている衛兵の中でも、一番豪華な衣装の男の前にしゃがみこみ、ヒソヒソと何かを告げた。その瞬間、声が聞こえた範囲の者たちの顔が青褪める。
ガバッと立ち上がった男は、敬礼らしきものをするや「失礼します!」と踵を返して駆け去った。ノリが体育会系だな、と碧依はぼんやり思った。
三十分ぐらいして、再び人が現れる。
今度はやけにゴージャスな格好の男の人と、その背後に影のように立つ騎士らしき人たちがやって来た。
―――……そういえば、お父さん反撃してたけど。これってもしかしなくても、不法侵入なんじゃ?
思考がそこに至ると、碧依は大いに慌てた。不法侵入は言わずもがな、犯罪行為である。
あわや牢屋行きか――!?と思った、そのとき。
「その碧色の瞳……金茶の髪……父上に似た容貌……熊の如き体躯……間違いない。
あぁ、何てことだ!
お久しぶりです!ジャスパー将軍!!」
「……お元気そうで、何よりでございます。オルト、いえラゾールト様」
感極まったように「オルトでいい!」と叫びながらジャスパーに駆け寄る男。
それに対してジャスパーはその場に膝をつくと、忠誠を誓う騎士のように頭を垂れて冷静に返した。
碧依は、父は本当に騎士だったのだ。と、改めて驚いていた。父が『将軍』と呼ばれていたことは、後で本人に問い詰めようと決意して。
何はともあれ、これでジャスパーの身元保証はなされたようだ。では、碧依はどうだったかというと。
「ジャスパー殿、後ろの者は……」
「俺の子です、オルト様。碧依、と言います」
「そうか!よく見れば、目の色が同じだな!」
といった具合に、あっという間に終了。身分証は作らなければいけないが、取り敢えずは『ジャスパー将軍の子ども』として保護されることとなった。
後でゴージャスさんの正体が、ここスフェール王国の王様であると知り、碧依は目を剥いた。
普段は真面目な人らしい。だが、ジャスパーの前ではキラキラと目を輝かせた子どものように振る舞っているので、そのイメージができないでいたから。
そして、その王様は、どうやら碧依にとっては再従兄弟にあたる人らしい。
どちらかと言うとこちらの方が大事なのだが、碧依はあまり気にしなかった。突然「親戚です!」と差し出されても、実感が沸かないのだ。
二十年以上行方不明になっていたジャスパーが、子どもを連れて帰ってきたことは、一部のお偉方を除き伏せられた。
傍系ではあるが、もはや死んだと思われていた王族(傍系だが)の発見は、あまりにも大事件なのだ。だが、ジャスパーは目立つのを嫌がった。
そのため、王様――オルトは「実は極秘任務で長期間出てもらっていた」とやや無理のある話を流して、それまでの噂を払拭した。
なお、碧依のことを伏せたままにしたのは、本人が父の影響で自分まで注目されることを厭うたからだ。ここらはさすが父娘というべきか、よく似ている。
それから二ヶ月ほどはジャスパーが仕事(騎士業)復帰したりなんだりで、碧依もわりと平和に過ごしていた。時折、身分証明書発行のために書類を書いたり、どんな魔法に適正が高いかを調べたりする以外は自由だった。
その頃、元々仕事人間だったジャスパーは、妻を亡くした悲しみを乗りきるために、少しのめり込みすぎていたが。
だが、あるときジャスパーはオルトに言われ、任務で長期的に王城を離れることになった。
ジャスパーが出掛けた翌日、オルトは碧依を呼び出して言った。
「お前には、うちの仕官学校に通って貰おう。学部は魔法医療学部。
なに、スフェリエルザの祝福で、治癒系の適正は高かったからな」
大丈夫だ、頑張れ!と、笑顔で宣ったオルトはあろうことか碧依を仕官学校に放り込んだのだ。
――ジャスパーに内緒で。
このとき気づければ良かったのだが、周囲の者たちは皆、碧依を男だと思っていた。
スフェール王国では、異世界もののテンプレ通りに女は『髪が長く、スカートやドレスを穿いている』ものである。だが、この国に来たとき碧依は上下ダボダボのジャージを着ていた。その後も恥ずかしいからと一人で着替えてたため、誰も直接性別を確認していなかったのだ。
碧依自身、口調がやや男っぽい部分があったり、ショートヘアだったり、背が高くスレンダー過ぎて女性としての膨らみが少ないところも影響していた。
支給された衣服が全てシャツとパンツだけであることに違和感を持てていれば良かったのだが……碧依はあまりスカートを好まない上、父譲りの鈍感力がここで発揮されてしまった。
あれよあれよと話は進み、気がつけば碧依は本来の『碧依 春原』と、もう一つ『シアン=スプリングフィールド』の身分証を握りしめ、配給された軍服の上から白衣を羽織って、仕官学校の寮にいた。
特別入学枠のため、寮は一人部屋だ。
「な、何がどうしてこうなった……」
それが、三ヶ月前のことだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回、幕間。