2301回めの転生 二
幼女の危機、そこに居合わせた俺はやはり豚だったがただの豚じゃねーんだよ。
なんとか暗殺者を撃退する。俺子豚。
しかし、暗殺部隊の隊長は俺と同じく転生者だった。
絶体絶命、しかしその時幼女の様子が―――
実は幼女は魔王だった?
その日は程なく来た。
幼女と初めて会った日と同じ様に俺は小さな膝の上に乗せられてがたがたと馬車に揺られていた。
古ぼけた馬車、お供は初老の御者一人のみ、室内の調度品もほとんどなく殺風景な風景。
着ている服だけはいつもどおりでいつもどおりの沈んだ表情。
誰がどう見ても厄介払い。下手すれば人買いにでも売られそうな雰囲気すら漂ってくる荒んだ情景。
これが世の常とはいえ、ぬるい人権意識に染まった国の出身としては目をそむけたいぐらいの展開だった。
心なしか俺の身体を撫でる手に力が無いと感じるのは意識過剰なんだろうかとぼんやりと思っていた時に。
ガタンッ、という音と共に馬車全体が急停車する。続いて馬のいななきと御者の悲鳴らしき声が聞こえた。
おいおい、そこまでしねーとは思っていたがそこまですんのかよあのおばはんは。
そして乱暴に馬車の扉が開けられ一直線に短刀が幼女の胸めがけて突き出される。
微動だにしない小さな身体。
眉も、口も、目も何一つ感情という色を見いだせない昏い表情。
一瞬、このまま死んじまったほうがこの子にとっては楽なんじゃねーかなと思ったが―――
「融合神機の想念励起状態を解除。インジェクションバリア・フィールドを即応展開。デフェンスフェイズのまま待機。自律防御を最優先に設定」
仮面をかぶった暗殺者が突き出した毒塗られた短剣が溶け崩れるように論理分解されていく。
「ほう、なかなかやるな。あのおばはんやっぱり徹底してやがるな」
明らかにこの世界の法則にそぐわぬ現象を目の当たりにしてもその暗殺者は一切の手を休めずに次々に武器や暗殺道具を繰り出して幼女暗殺という目的を遂行しようとする。
無論、その全てが俺と幼女の周りに形成している薄い被膜のようなフィールドに弾き返される。
ああ、無理無理、この世界の物質じゃこれ破れないから。
「反撃を一度だけ許可。周辺領域への影響を最小限に抑えろ」
俺の言葉と同時に毒針を投げつけている体勢のままに目の前の暗殺者は炭と化した。
「周辺区域の敵生体の情報を表示」
頭の中に周囲一帯の三次元地形と大小様々な熱源体が表示される。
「索敵条件を霊長類位階に限定」
索敵条件を絞るとふむふむ。周囲に配置している暗殺者は五体。少し離れた位置に四体。それぞれ反対方向にやや高速に移動している熱源が一体ずつ。計十一体の熱源が把握できた。
続けてそれぞれの画像情報が追加表示される。馬車の近くにいる五体は黒尽くめの暗殺服、全員仮面をかぶっている。離れた所にいる四体は農夫の姿にカモフラージュしているが暗殺器具を大量に隠し持っている。
高速移動している二体は警備兵の姿をしているな。ほう、すんなり暗殺がいかなかった事をとりあえず報告&増援の連絡といった所か。ふーん、堅実かつ着実な仕事をする暗殺者だな。
俺が短く命令を発令すると即座に十一人が灰燼に帰した。
「あー、思わずやっちまったけどどうすっかなぁ」
俺は豚の演技をすることをやめて人の言葉で独り言を呟く。
ちら、と見上げると幼女は先程と変わらない体勢でいた。
恐怖で固まっているでもなく、この世の全てに興味無いとばかりに。
はぁ、と俺は大きくため息をついた。
「ほんとに、これからどうすっかなぁ。別にこの世界で無双する予定はねーんだけど」
「じゃあ、死になよ。豚は豚らしくね」
ざむり、と体内に何かを突きこまれた感触がした。
それは即座に広がり暴虐さを供として体内で爆発した。
「ぐぁぁあああッッッッ!?」
幼女ごと見えない何かに串刺しにされた俺は凄まじい激痛に体を身悶えさせるが、がっちりと体に食い込んだ何かが転げ回ることすら許してくれない。
ぽたっ、ぽたりと液体が頭にかかる。
幼女の口から溢れ落ちる紅い液体が俺の眼の中に入り視界の半分を赤く染める。
「つ、痛覚レベルを最小限に遮断。生命維持措置を最優先に固定。並行して体内の異物の除去作業に移れ。可能ならばサンプルを採取し分析しろ」
しかし、数秒待っても体内で荒れ狂う激痛は収まらず、どくどくと俺の体から流れ出す液体はその量を増やすばかり。
俺が再度、命令を詠唱しようとするのを制して先程の声が頭のなかに鳴り響く。
「うーん、君ってばもしかして戦闘能力にぜんぜん振ってない? こんな弱っちい転生者とか初めてみるんだけどあはははは」
朗らかな、まるで友達にでも話しかけるような声音で若い男の声がふざけた事を抜かしてくる。
「まぁ、転生能力は完全に制圧してあるし……もういいかな?」
すたっと何もない所から現れたのは年の頃12,3歳の銀髪の少年だった。
人懐っこい笑顔でにこにこしながらこちらに歩いてくる。
「あっはっは、本当に豚だー、わざわざ豚に転生する人なんて初めてみたよー、これ傑作だよ。かーわいー」
そしてずむり、と俺の身体に手を突き入れてきた。
「ぐがぁぁああああああッッッ!!!!!」
肉が裂け、骨が砕け、神経がぶちぶちと千切れる音が体内から聞こえ、さらなる激痛に口が勝手に悲鳴をあげる。
ごりゅごりゅと俺の体内を探していた手が俺の心臓を探し当て、そして一気に握りつぶす。
「ひゅぐッ」
間の抜けた音が俺の口から溢れる。もはや叫び声すらあげる事ができないほどに俺の全身は破壊されていた。
俺の霞む眼が小さな黄金色をした装置をつまんでいる男の手を映す。
融合神機―――この世界に転生するにあたって余りポイントをつぎ込んで作ったチート武装。
所謂神の力をプログラミングする事によって奇跡を体現する神の機械。
この世界の存在であればそれこそ魔王であっても倒せる程の力を持っている筈だが……何者だこいつ?
「これこれー、これが欲しかったんだよねぇ。丁度いい具合に弱いから部下に与えるのに最適だよー、豚さんありがとねー」
目の前のふざけたガキがひらひらと手を振りながら踵を返す。
それに対してぎりぎりと怒りが湧いてくるが、同時にこの結末自体はそんなに悔いてない。
どうせそろそろリセットする気だったし、この子も悲惨な境遇に落ちるよりかはいっその事、ってな考えもあったからな。
さて、意識も遠くなって来るだろうしこの世界ともおさらばだ。
次はもうちっと戦闘能力に振り分けるかな……でも他の転生者と出会ったのは初めてだったな。
つか、駄天使の同僚がおんなじような仕事してるんだから俺と同じような転生者がいないほうがおかしいよな。うん。
………………
…………
……
…
……
…………
………………
あ……れ、まだ死なない?
リセットされない?
ん?
つーか、身体の痛みもなくなって身体も冷たくなってるからもう死んでると思うんだが。
パチリと眼を開けると先と同じような血の惨劇そのままに俺は幼女の膝の上で血溜まりに沈んでいた。
だが、ピンク色の体表は紫と黒い斑点と木の根の様な模様に覆われ、ひび割れ、まるで……まるで……まるで?
瞬間――幼女の独白。幼女だったモノの独白が始まった。
「このルードヴィッヒ家を興した初代の当主はな、実にちっぽけで卑しくてせっかちな男だったよ。名乗りすらせずに多勢で以って眠りについている魔王を騙し討った英雄と呼ばれた男。
ルードヴィッヒの蒼い血、その源流に位置する男。魔王の血を盗んだ男。転生者にして我を討滅せしめた男。
その罪、このルードヴィッヒ家を断絶する程度で贖えると思えるなよ?」
いや、俺ルードイヴィッヒとか関係ないんですけど。つーかどうなってるのこれ?
その内心を読んだかのように魔王幼女、略して魔幼女が俺をじろりとねめつける。
「転生者には色々と鍵があると聞き及ぶ。さしずめ貴様の鍵は己の『死』であろう?」
俺が豚の身体でこくこくと頷くのを満足気にみつめる魔幼女。
「この魔王の血液を体内に取り入れた者はその眷属になり不死となる。お前をこの世界に転生せしめた天使共はそれをお前に伝えなかったのか?」
「は?」
「己の『死』が転生のトリガーになっているお前にとって不死の眷属となる事の意味、重大性。よもやわかっていなかったと申すのか? 知らずにお前を送り込んだとしたら絶大なる無能者との評価は避けられまい。
そして、知ってて教えずにこの世界に送り込んだとしたら……そこに何がしかの作為を感じさせるとは思わぬか? それともなにか天使共からやっかい払いでもされる覚えでもあるのか。我が眷属殿よ」
ある、ものすごく厄介払いされる覚えはあるし理由もある。いや、でも、しかし。
「それはねぇだろぉぉぉおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!!!!」
「あっはははははははははははッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
魔幼女の高笑いとその眷属になった不死の豚の魂の叫びが見事なハーモニーを奏でた。