2301回めの転生
豚に転生する話。
生まれ落ちる環境に転生値を極振りした結果がこれだよ。
………
……
…
俺は今、誰かの膝の上に抱えられている。
周りは豪華な調度品に囲まれており定期的に馬車の轍の音と共にガッタンゴットンと揺られている。
ちらと上に目を向けると暗い目をした幼女の顔が存在していた。
そのもみじの様な手は俺のピンク色の体表を優しく撫でてくれており馬車の揺れと相まって俺は眠気に引きずり込まれていった―――
通りすがりの貴族のお嬢様に拾われた子豚、それが俺の今回の転生先だった。
うーん、しまった。
前回、前々回と続けて石の中に実体化したり、遥か上空や深い深海に放り出されたりして生存時間がミリ秒なのが続いたこともあって今回は慎重に行こうと思って『環境値』に極振りしたんだが………
その分『容姿』等にほとんどポイントを振れなかった結果がこれ。
確かに金や権力を有している大貴族の主と親しい存在、という『環境値』は最低保障分を考慮してもかなりいい線行ってると思う。
なにしろこの幼女は若くしてこの王国屈指の大貴族、ルードヴィッヒ公爵の現当主であり王位継承順位も片手で数えられる順位だって話だ。
まぁ、人ならぬ豚の身であるから幼女の身の回りの世話をする使用人等の噂話から推測した事柄だけどな。
だがなぁ、流石に豚に転生できても意味ねーよなぁ……豚ってどれくらいの寿命だっけかな。
一応、残りポイントを『戦闘力』に振り分けたからこっから逃げ出す事は造作もないのだが……逃げ出しても今更泥水をすすったり、虫とか草とかを食べる生活なんて嫌だし……うーん、リセットすっかなぁ。
あー、どーせ死ぬんなら豚らしく豚肉になって幼女に食べられるのもいいかな……それで少しでも元気がでたらいいかな、などと俺は幼女の部屋の中に置かれているピンク色のひらひらのついた専用のベッドの上で半分眠りながら考えていたある日の午後。
いつも通りに幼女付きの次女達が部屋に入ってきた。ちなみに幼女は何かの用で外出中らしくこのだだっ広い部屋には俺という子豚一匹しか存在していない。
慣れた手つきで侍女たちが部屋の中をテキパキと片付け、掃除をしていく。
そしていつもどおりのうんざりする話をし始めた。
「まったく、辛気臭いったらありゃしないよ。いつもいつもうつろな目でこっちを見てるんだが見てないんだが分かんない顔しちゃってさ」
「まー、しょうがないんじゃない? あんなことがあったばっかりだし、さ」
「そんなもんこっちにはしったこっちゃないよ、あたしゃね。あのガキの眼が生理的に気に食わないっていってんのさ」
(ちょっと、あんまり大きい声出さないでよ。誰かに聞かれたらあたしまで叱責受けるんだからね)
「へーきへーき、この屋敷で働いている奴であのガキの味方なんざ一人もいないって」
「まーねぇ、そらそうなんだろうけどさ……どこに聞き耳立ててる奴がいるかわかんないよ? ほれ、そこの豚がお嬢様に告け口するかもしれないよ?」
「あっはっはっは、そりゃ傑作だ。ついでにあの話もお嬢様に伝えてくれれば傑作なんだけどねぇ」
「それって、例のアレ……でしょ? 先代当主様がお亡くなりになられた事件、実は事故じゃなくって仕組まれてたって噂でしょ。それも」
ここで侍女達は一斉に声を潜めた。
「奥方様が旅芸人の男にいれあげてなんとご懐妊あそばされたって話」
「そうそう、それが先代様にバレそうになったからその男と組んで事故に見せかけてって……」
「たしかに、何年も前から寝所も別々で館内ですれ違っても言葉どころか眼すら合わせない関係だったのに、急に歌劇を見に行こうと誘うのは……ねぇ」
「いやー、あの時の館内のスケジュール管理は骨が折れたよ、とにかくお二人が近づかないような館内のローテーションを毎日組むんだからねぇ」
「まぁ、それはいいとして、今月だっけ? お嬢様のお引っ越しは」
「あー、そうだね。まだ正式な辞令は出てないけど来月あたりに奥方様がご出産されるのでそれまでに厄介払いをしたいってご意向みたいよ」
「ふー、やっと私達も貧乏くじから解放されるって話か……あーあ、今度はもう少し先がある御方のお世話をしたいよ」
「まぁまぁ、奥方様は今でもお盛んみたいだからまだまだ私らにもチャンスはあるよ?」
「やぁーだ、もう」
そう、人ならぬ豚の身だと聞きたくないことまでもが耳に入ってきてしまう。
かしましい侍女達はそんな話をしながらこの部屋から出ていった。
俺はあの幼女、名前もしらない幼女の顔を脳裏に浮かべながら再び眼を閉じた。




