1-8 劣化魔法の使い道
「正解だ」
望んでいた答えを完璧に答えたセシリアに、ダリウスは笑みを向ける。
ダリウスとしてはさっきと同じ質問で、少し意地悪な聞き方かもしれないと思っていた。
セシリアは直情径行の癖があるようだし、こういった少し捻りの加えた質問はリュエルの方が向いていることも分かっていた。
しかしそれでも模擬戦の相手をしてくれたセシリアに一度は聞いておくべきだろうと思ったのである。
だがそんなダリウスの予想とは裏腹にセシリアは見事、ダリウスの望む答えを言い当てた。
(これはもしかしたらセシリアに対する認識を改めないといけないかもな……)
ダリウスは自分の答えが正解だったことを嬉しそうに微笑むセシリアに視線をやりながら、自分の認識が甘かったことを反省する。
けれど今はそのことで話を止めるわけにはいかない。
今、ダリウスは授業をしているのだ。
そしてこの授業中に伝えたいことが一つある。
模擬戦をしたり、妙な質問を繰り返しているのは、たった一つの本当に伝えたいことを伝えるための布石でしかない。
「いいかお前ら」
ダリウスは真面目な顔を生徒たちに向けると、再び話し出す。
これまでだったら禄にダリウスの授業なんて聞こうとしなかった生徒たちも、今日に限っては皆真剣に、ダリウスの言葉を食い入るように聞いている。
「古代魔法は現代魔法に比べても、ただの劣化魔法に過ぎない」
自分の専門にしている魔法ではあるけれども、ダリウスは本心からそう思っている。
ただ事実としてのみ述べているのだ。
「でもそんな劣化魔法でも使い道がある。例えば魔法書が手元にない絶体絶命の危機を乗り越えるためだったり。魔法書を持っていない魔法師と侮って来る敵を倒すための切り札としてだったり。お前らが知らないだけで、劣化魔法は劣化魔法なりに使い道があるんだよ」
「…………」
生徒たちはダリウスの言葉を聞いて、今回の授業で習った全てのことを思い出す。
初めの模擬戦で現代魔法使いであるセシリアが成す術なく敗北したこと。
そしてセシリアが敗北した理由。
そして劣化魔法と称される古代魔法が、現代魔法にはないものを持っているということも全部だ。
「だからこれからは俺が、そんな劣化魔法のいろはを教えてやる」
生徒たちの肩が一様に震える。
皆、ダリウスが初めて見せた教師としての片鱗に当てられたのだろう。
セシリアも、リュエルも、他の生徒も皆、これから自分たちが学んでいく劣化魔法について期待で胸を膨らませていた。
◇ ◇
「先生、ちょっと良いですか」
「なんだ、セシリアか。どうした?」
ダリウスの授業が終わった後、皆が教室へ戻っていく中でただ一人セシリアだけがダリウスの下へ駆け寄ってきた。
既に模擬戦の時に奪ったセシリアの魔法書は返しているし、特に何か用事があるようには思えないのだが……とダリウスは首を捻る。
「古代魔法についての授業、とても分かりやすかったです」
「そ、そうか……?」
これまで自分を散々貶してきたセシリアがあまりにも手放しに誉めてくるので、ダリウスは思わず戸惑う。
何か裏があるような気もしてならないが、昨日の放課後に研究室でリュエルから言われたことを思い出す。
『セシリアにとって古代魔法は――――”憧れ”なんです』
憧れていたからこそ、ダリウスに強く当たった。
そしてそれは他の誰でもなく、そういった態度を見せていたダリウスの責任であり、それを今更他の誰かに責任を押し付けるつもりはない。
結果的には今回の授業を通して、セシリアもダリウスに対しての認識を改めたようで、これからは昨日のような魔法師としてするべきでないことをしたりすることは避けられるだろう。
「それで早速質問なんですが、良いですか?」
「質問か? あー……うん、いいぞ」
面倒だからパスと言おうとした瞬間、セシリアがダリウスの考えを察したのか強く睨んできて、ダリウスは慌てて取り繕う。
セシリアは「じゃあ早速」と微笑みながら質問してくる。
「先生は模擬戦の時に古代魔法を使いましたか?」
セシリアのその質問は、誰もいなくなった訓練場にやけに響いた。
ダリウスはそんなセシリアに対して、一瞬だけ眉を揺らすだけの反応を見せるが、すぐに平静を装う。
「さあ、どうだろうな」
そしてそこではあえて明確な答えは伝えなかった。
当然と言うか、セシリアは答えをはぐらかすダリウスに不満そうな表情を浮かべるが、いくらそんな表情をされたところで今のところダリウスにはその質問に対して答えるつもりはない。
(でもまあ、まさかそこに気付くとは……)
表面上では平静を装うダリウスだったが、その内面は意外にも舌を巻いていた。
遠巻きに模擬戦を見ていた他の生徒たちでさえ何の疑問も抱いていなかったためにダリウスも油断していたのだ。
否、他の生徒たちが何の疑問も抱かなかった、というのは言葉の綾だろう。
ダリウスがあえてそういう風に仕向けたのだ。
生徒たちが模擬戦でのダリウスの動きに意識が向かないように、わざと変な質問をしたり、らしくない態度を取ったり。
「……教えてくれないのは、これまで先生に酷いことばかり言ったからですか?」
しかしセシリアは何を勘違いしたのかそんなことを言ってくる。
何も言うつもりはなかったダリウスだったが、思わずため息を零す。
「違えよ。今、お前に教えないのは、お前に教えるのはまだ早いってだけだ。教える時が来たらちゃんと教える」
ダリウスがセシリアに何も教えないのは、それがセシリアのためであることをダリウスが一番理解しているからだ。
ここでそのことを教えてしまうのは、これから魔法師としての価値観を築き、どんどん成長していくセシリアにとってかえって邪魔になってしまうだろう。
それはダリウスとしても好ましくない。
出来ることならセシリアには――セシリアだけでなくリュエルや他の生徒たちにも――優秀な魔法師になってほしいと思っている。
だからやはり今のセシリアには、今回の模擬戦でのことは教えられない。
「……分かりました」
恐らくセシリアも全てを納得出来たわけではないだろう。
しかしいつものダリウスとは違って、真面目な雰囲気を放つ今日のダリウスの言葉を前にして、今のところは引き下がろうと思ったのだ。
「今日は、ありがとうございました」
質問も終えたセシリアはやはり他に特別な用事があったわけでもないようで、皆が先に戻った教室へと一足遅れて向かい始めた。
徐々に離れていくセシリアの背中をダリウスはただ見つめている。
「セシリア」
そして気が付けばダリウスはその名前を呼んでいた。
その生徒は突然呼ばれたことに驚きつつも振り返る。
視線が重なり、沈黙が二人の間を支配する。
その沈黙を破ったのは、奇しくもその状況を創り出したダリウス本人だった。
「劣化魔法も案外、馬鹿に出来ないだろ?」
セシリアがずっと期待してきた母の魔法は、侮られるだけの魔法ではない。
今日の授業は何だかんだ言っても、本当の意味では、ただそれだけをたった一人の生徒に伝えるためだけのものだったのかもしれない。
「……そうかもしれませんね」
セシリアは一度意外そうな表情を浮かべたかと思うと、すぐに含みのあるような笑みをダリウスへ向け、そしてそのまま次の授業があるだろう教室へと向かっていった。