1-7 現代魔法使いの答え
「え……、何が起きたの……?」
「き、急にダリウス先生が消えたかと思ったら、セシリアの魔法書が盗られていた……?」
急展開を見せたダリウスたちの模擬戦に、周りにいた生徒たちがざわめきだす。
ダリウスならば何かするかもしれないとは確かに思っていた。
しかし劣化魔法を使うダリウスと、現代魔法を得意とするセシリアの模擬戦であれば間違いなくセシリアに軍配が上がるだろうとも思っていた生徒たちは、模擬戦の結果に驚かずにはいられない。
「よし、じゃあここで質問です」
生徒たちが困惑していると、セシリアの魔法書を手に持つダリウスが唐突に声をあげる。
生徒たちはそんなダリウスに何事かと視線を向けた。
「現代魔法の弱点はなんでしょうか」
ダリウスは含みのある笑みを浮かべながら生徒たちに問いかける。
そこでようやく生徒たちはこれが授業の一環であることを思い出した。
生徒たちがダリウスの質問の答えを考え始めた時、一人の生徒が手を挙げる。
「じゃあ――セシリア」
ダリウスに当てられたのは今しがたダリウスと模擬戦したばかりのセシリアだ。
セシリアはダリウスとの模擬戦を思い出しながら、ゆっくり口を開く。
「現代魔法の弱点は、魔法書が無ければ魔法が使えないところです」
ほとんどの確信を以ての発言は、今の模擬戦での経験から学んだことだからだろう。
ダリウスは意外そうな顔をセシリアに向けながらも、すぐに他の生徒たちに向き合う。
「セシリアの言うことはほとんど正解だ。ただ正確には”魔法陣に触れなければ魔法が使えない”だな」
「…………?」
しかしダリウスの言葉に生徒たちは皆、疑問を隠せない。
「まあ不思議に思うのも無理はないか。お前らにとっては現代魔法を使う時に、魔法陣が無いなんて状況の方が異常だもんな。……でも、今の見たろ?」
「っ」
生徒たちは先ほどの二人の模擬戦のことを思い出さずにはいられない。
恐らくダリウスは初めからこのことを教えるために、今回の模擬戦を申し込んだのだ。
きっと現代魔法の弱点が、現代魔法の強みでもある魔法陣だなんて、言葉で説明されたところで納得できるはずがない。
しかし今、目の前であんなことを見せられてしまえば、ダリウスの言葉を否定することは出来ないだろう。
生徒たちは自分たちがどこまでダリウスの掌の上で踊らされていたのかと思うと、ぞっとせずにはいられなかった。
「魔法を効率化するために、魔法師たちは魔法陣を創り出した」
生徒たちの反応を見て、ダリウスが授業を再開する。
「魔法陣がもたらしたものは大きく、それまで長い詠唱が必要だと思われていた魔法が一瞬で発動することが出来るようになった。そしてそれと時を同じくして、詠唱を必要にする魔法――古代魔法は日々衰退していった」
ダリウスが話しているのは、魔法の教科書の一ページにも載っているような一般常識だ。
しかしその話を聞く生徒たちの表情は硬い。
「つまり古代魔法は現代魔法に劣っている。俺だってそれを今更否定しようなんてことは思ってない」
「え……」
その言葉にセシリアが一瞬だけ悲しそうな表情を見せる。
セシリアはダリウスにそんなことを言ってほしいのではないのだ。
もっと皆の古代魔法に対しての認識が一変するようなことを期待しているのだ。
「でも俺は別に、古代魔法の存在自体を否定しようってわけじゃないんだ。じゃなきゃ専門になんかしてない。あるだろ。劣化魔法なんて馬鹿にされる古代魔法が、現代魔法には出来ないことをやってみせることが」
「現代魔法に出来ないことを、古代魔法が出来ること……?」
ダリウスの言葉に、再び沈黙に包まれる第一訓練場。
これまで古代魔法はずっと現代魔法の劣化版だと教えられてきた生徒たちにとって、その問は中々に難しい。
「……詠唱、ですか?」
生徒の中の一人が、おずおずという風に呟く。
「ビンゴ!」
ダリウスはその生徒に嬉しそうに指を立てる。
しかし周りの生徒たちはいまいち理解出来ていないのか、首を傾げている。
「あー、分かりやすく言えば”魔法の発動に魔法陣を必要にしない”ってことだ」
これまで王立魔法学院では現代魔法こそが素晴らしい。
古代魔法は劣っている。
その理由は単純で、詠唱が必要なのが古代魔法で、そうでないのが現代魔法であると言われてきた。
しかしダリウスは意味こそ同じだが、言葉としては全くの逆の教えだ。
魔法陣が必要な現代魔法と、そうでない古代魔法。
そう言われれば果たしてどちらが劣っているのか、生徒たちには分からない。
「何度も言うが、俺は別に古代魔法の劣等性を否定したいわけでもなく、現代魔法のことを否定したいわけでもない。ただ事実として、古代魔法が現代魔法にはないものを持っているということを言っているだけだ」
「…………」
誰一人として、ダリウスの言葉を否定するものはいない。
皆が皆、ダリウスの教師としての授業に耳を傾けている。
「おいセシリア。お前の考える魔法師としての敗北とはなんだ」
「き、気絶とか……?」
ダリウスの突然の振りに慌てるセシリア。
しかしセシリア以外の答えはあまり思いついていないのか、他の生徒も難しそうな顔をしている。
「まあ確かにそれも一つの敗北条件だろうな。じゃあお前はさっきの模擬戦で気絶したのか?」
「し、してないです」
「じゃあどうして模擬戦に負けたんだ?」
「……魔法書を盗られたからです」
「そうだ。お前は魔法書を盗られたから俺に負けたんだ。じゃあもう一回聞くぞ。お前の考える魔法師としての敗北とはなんだ?」
「魔法書を、盗られることです」
セシリアの答えを聞いたダリウスは「ふむ……」と頷く。
他の生徒たちはセシリアに答えに対して、目から鱗という反応を見せている。
しかしそこはダリウス。
そのままでは終わらない。
「……まあ俺は別にそんなのが魔法師としての敗北とは思わないけどな」
「はあ!?」
たった今、ダリウスの望む答えを言わされたと言われても過言ではないセシリアは、ダリウスが全く気にした様子もなく言うので、驚かずにはいられない。
だがダリウスもそんなセシリアに対して全くひるんだ様子もなく、さも当然のように続ける。
「だって俺、そもそも魔法書持ってないし」
「……え」
セシリアを含む他の生徒たちはダリウスの言葉に固まる。
そういえば確かに訓練場に来た時からダリウスの魔法書を一度も見ていない。
どうして今まで気付かなかったのかは分からないが、それも魔法師は魔法書を持っているのが当たり前、という固定概念があったからこそだろう。
そしてダリウスは皆が気付かなかったそこを指摘したのだ。
セシリアはダリウスに促されるままに、魔法師としての敗北条件は”魔法書を盗られること”と言った。
しかしそれではダリウスの場合、初めから試合にすらならない。
「お前らにとっての敗北条件は確かに”魔法書”が大きく関わってくるだろう。でも俺には魔法書がどうとかは全く関係ない。じゃあリュエル、それはどうしてだ?」
「せ、先生が古代魔法を使うからだと思います」
「その通り。さすがリュエル」
ダリウスに褒められたリュエルは頬を緩める。
そんなリュエルをちらりと横目でセシリアが見ているが、その視線に気づく者はいない。
「それじゃあセシリア、もう一回聞くが、お前はどうしてさっきの模擬戦に負けた?」
「え? それは――」
————魔法書を盗られたから。
そう言おうとして、止めた。
(先生が今更、同じ答えを求めたりする?)
これまで模擬戦という目に見えるやり方を実践することで、古代魔法について色々教えてくれたダリウスが、果たして同じ答えを求めたりなんていう無駄なことをするだろうか。
(いや、そんなことあり得ない……はず)
セシリアはダリウスが求める答えを必死に考える。
(もしここで答えを間違えたら、次はリュエルが当てられるかもしれない。そうしたらきっとリュエルは簡単に、先生の求める答えを言い当ててしまう気がする)
セシリアから見ても、リュエルはやけにダリウスと親しくしている。
昨日の教室の一件の後でもどうやらダリウスの研究室を訪ねていたらしい。
(リュエルが正解を言ったら、先生はまたリュエルを誉める。それは何か、嫌かもしれない)
だからセシリアはダリウスの求める答えを探し続ける。
ダリウスが一体自分に何を求めているのか。
そして見つけた。
「私が模擬戦に負けたのは――――古代魔法が使えないからです」
必死に探し求めて見つけた答えを口にした時、ダリウスはいつも面倒くさそうにしているその顔に、まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。