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1-5 劣化魔法使いの思惑


「あいつはどうにも俺を目の敵にしてる節があるからな。いくら友達のお前が一緒に行こうって言ったところで、大人しくついてくるほうがおかしいだろ」


 ダリウスは一体どうして自分があそこまで嫌われているのか考える。

 もちろん自分の教師としての態度がセシリアだけでなく他の生徒たちからしてみてもひどいものであるということは理解している。

 しかしセシリアのあの嫌い方はどうにもそれだけじゃないような気がするのだ。


 もちろん嫌われている程度であれば別に構わない。

 そもそも自分が嫌われたところで、セシリアが優秀な魔法師になることは変わらないのだ。

 しかし今日の一件はさすがに看過することは出来ない。

 あそこまでいくとこれからのセシリアの魔法師として未来だけでなく、他の生徒たちにも影響してしまう可能性だって少なくはないのだ。


 別にダリウスからしてみれば、生徒たちが魔法師として成長しなかったところで問題はない。

 しかし魔法学院からしてみればそういうわけにもいかないだろう。

 もしダリウスの受け持つクラスの生徒の大半が魔法師として使い物にならないようになったら、まず間違いなくダリウスの責任問題になってしまう。

 せっかく前線から抜け出すために教師になったというのに、それでは意味がない。

 一刻も早くセシリアがあそこまで自分を嫌う原因を見つけ出し、改善する必要がある。


「リュエルは何か知ってるか?」


 だが今の自分には、セシリアに対しての情報が圧倒的に足りない。

 早々に諦めたダリウスは研究室に訪れていたリュエルに助けの手を求める。

 ダリウスの知る限り、リュエルは、我の強いセシリアにとっての親友と言っても過言ではないだろう。

 そんなリュエルならばもしかしたら何か知っているかもしれない。


「えっと、それはセシリアがどうして先生をあんなに嫌っているか、ってことですよね?」


「ああそうだ。さすがにあれじゃ他の生徒たちにも悪影響だからな」


 リュエルも今日の授業での一件を思い出したのか、ダリウスの言葉に苦笑いを浮かべている。

 しかしすぐに真面目な顔に戻ると、セシリアがダリウスをあそこまで嫌う要因を考え始める。


「……先生は、セシリアにとっての古代魔法がどういうものか分かってますか?」


 しばらくの沈黙の後、リュエルはダリウスに尋ねる。

 リュエルの問いに対して、ダリウスは不思議そうに首を傾げた。


「あいつにとっての古代魔法? そんなの劣化魔法以外の何物でもないだろ」


(あいつ自身、何度もそう言ってるし。じゃなきゃ俺に対する態度も説明できない)


 ダリウスはこれまでのセシリアの言動を思い返しながら、質問に答える。

 しかしリュエルはダリウスの答えに首を振る。


「先生、それは違います」


「? 一体何が違うって言うんだ?」


 ダリウスには、自分の答えのどこが間違っているのか分からない。

 これまでのことも考えて、それ以外じゃないというならば、果たして古代魔法はセシリアにとってどういうものだと言うのだろうか。




「セシリアにとって古代魔法は――――”憧れ”なんです」




 リュエルがダリウスの目を見ながら、自分の親友のことを話す。

 それは間違いなく、セシリアがダリウスを強く否定する理由を示していた。


「古代魔法が、あいつにとっての憧れ……?」


 ダリウスが信じられないという口ぶりで呟く。

 しかしそれも、これまでのセシリアの言動を知っているならば無理もない。

 セシリアはダリウスを、古代魔法を毛嫌いしているような言葉を良く口にしていた。

 そんなセシリアが実は古代魔法に憧れていると言われて、一体誰が信じられるだろうか。


「セシリアの母は、かつて優秀な魔法使いでした」


 納得できないダリウスを察して、セシリアが順を追って説明していく。


「彼女の魔法は敵をなぎ倒し、味方を癒し、その戦功はかなりのものだったそうです。母のことを話すセシリアはとても笑顔で、凄い魔法師だったと私に自慢してきました。その話が本当だったとしたら、恐らく彼女は魔法師として後世に名を遺すほどの実力の持ち主だったのではないでしょうか。ただ彼女は――」


 そこまで話したリュエルは辛そうに顔を下げ、肩を震わす。

 だがダリウスはそれだけでリュエルの話の結末を理解してしまった。


「————古代魔法を専門にする魔法師だった」


「……はい」


 ダリウスが続けた言葉にリュエルが苦しそうに頷く。

 その拳は強く握りしめられていて、リュエル自身も相当な憤りを感じていることが分かった。


「古代魔法を使うというだけで彼女は魔法師としての地位を失い、そして周りからの心無い言葉による心労で、その命も失われてしまいました。最期に、セシリアに『あなたには私みたいにはなってほしくはない』と言い残して。だからセシリアは古代魔法を使いません。母の残した言葉に従って、現代魔法を必死に勉強しているんです。いつか現代魔法を専門にするために」


「…………」


 研究室にはリュエルの声だけが響く。

 いつもは騒がしい廊下での喋り声も、鐘の音も、聞こえない。

 耳を澄ませば、もしかしたら自分ではないもう一人の鼓動が聞こえるのではないかと錯覚してしまうほどの静けさだ。


「普段は劣化魔法とか、劣化魔法使いとかって言ってるセシリアです。でも心の中で一番、誰よりも古代魔法に期待しているのはセシリアなんです」


「……そうか」


 リュエルの言葉にダリウスが頷く。

 リュエルの話を聞いて、ダリウスは、どうしてセシリアが自分に対してあそこまで強く当たって来るのかようやく分かった。

 これまでダリウスはずっとその理由が、自分が古代魔法を使うからだと思っていた。

 しかしそれは間違いではないにしろ、全くの逆の意味だったのだ。


 自分の憧れる魔法を専門にする魔法師が、生徒の前でだらしのない姿を見せている。

 自分の母と同じ魔法を使うダリウスが、古代魔法の評価自体を下げている。

 セシリアはそれが許せなかったのだろう。


(もしかしたらセシリアは、俺にも期待してたんだろうか)


 もしそうだったとしたらセシリアにとってダリウスは間違いなく期待外れだったに違いない。

 そのことを考えるとダリウスは妙な罪悪感から溜息を零した。


「あいつのこと色々教えてくれてありがとな。でも今日はちょっとこれから忙しいから、そろそろ帰ってくれ」


 すると途端にダリウスがそんなことを言いだし、リュエルを研究室から追い出す。

 その時リュエルは何故か、自分の後ろに、先日とても高度な魔法を詠唱してみせてくれた恰好いい担任を感じたような気がした。


 ◇   ◇


「…………」


 朝一番の授業が始まろうという時間帯。

 セシリアたちの教室は授業時間ではないというのに、やけに空気が張り詰めている。

 それも無理はない。

 これから始まる授業は、昨日、魔法師として初めて教師らしい姿を見せたダリウスの授業だからだ。

 これまで何度もダリウスのことを劣化魔法使いと馬鹿にしてきた生徒たちは、どんな顔をしてダリウスの授業を受けたらいいのか分からずにいた。

 その中には当然、セシリアも含まれている。


 そして遂に、教室の扉が開かれると、そこからは相変わらず覇気の全く感じられないダリウスが入ってきた。

 しかし一ついつもと違うところがあるとすれば、これまでは毎回欠かさず持ってきていた古代魔法の教科書がその手に握られていない。


「……あー、おはよ」


 ダリウスは若干気まずそうな声でクラスに挨拶を告げると、教壇に上がる――——と思いきや、何を思ったのかセシリアの机の前までやってきた。

 そんなダリウスをセシリアの隣の席に座るリュエルが心配そうに見つめていた。

 しかしダリウスはそんなリュエルの心配を他所に、あり得ない一言をセシリアへと告げた。



「セシリア、俺と模擬戦しようぜ」

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