1-2 担任は劣化魔法使い
「な、なぁ。俺たちのクラスの担任ってあいつなんだろ……?」
「最悪だ……。サム先生なら大喜びだったのにな」
新任式が終わった後のとある教室では、これからやって来るだろうクラス担任についての話で持ち切りだった。
生徒たちからしてみれば不幸なことに、このクラスの担任はダリウスであると言われている。
確かについ先ほどの新任式でのダリウスの姿を見れば、そう思ってしまうのも無理はない。
「ねえセシリアはどう思う? 新しい先生」
「ふん! そんなの決まってるじゃない。劣化魔法を専門にしてる人なんて碌な人じゃないわ!」
「またそんなこと言ってー。最初に決まった時は一番目を輝かせてたのに」
「なっ!? そんなこと全然ないし! リュエルも変なこと言わないで!」
そんな教室の中で二人の女子もダリウスについて話していた。
一方は少し薄みがかった金髪を持つ少女セシリア、そしてもう一方は薄い青髪の少女リュエルだ。
セシリアの金髪は綺麗に肩らへんで切りそろえられており、リュエルはその綺麗な青髪を腰まで伸ばしている。
「それに新任式見たでしょ? あんなやつ、魔法師の風上にも置けないわよ」
「うーん、どうだろう……」
セシリアの言葉に新任式のことを思い出したリュエルは苦笑いを浮かべながら曖昧に頷く。
普段はおだやかな性格のリュエルもさすがにあれだけのことをやらかしたダリウスを擁護するのは厳しかったようだ。
「ふわぁ……」
ちょうどその時、間の抜けた声と共に教室の中に噂の新任教師がやって来る。
大きな欠伸を隠そうともしないダリウスに、クラスの面々は呆気にとられたように固まっている。
それはちょうど新任式と同じ感じだ。
(やっぱりこんなやつ、魔法師の風上にも置けないわ)
セシリアはダリウスのそんな様子を見て、再び内心で毒づく。
そんなセシリアのことなど知った様子もなく、ダリウスはだらだらと教壇へ上がる。
そしておもむろにチョークを手に取り、黒板に自分の名前を書いていく。
「あー……これからお前らのクラスを受け持つことになったダリウス=レガノフだ。新任式で言った通り、質問に来られても困るので出来るだけ控えるように」
自分の名前を書き終えたダリウスは、一度クラスを見渡してから言う。
生徒たちは皆、どうしてこのクラスになってしまったのかとため息を吐く。
そんな中でセシリアだけがだらしのない顔のダリウスへと強い視線を向けていた。
「無いとは思うが一応聞いておくか。俺に対しての質問とかあれば、後々来られても困るし、今のうちに聞いておいてくれ……っているのかよ」
ダリウスとしては定型文として聞いておいただけだったのだが、そこで手を挙げるものが一人。
他でもないセシリアだ。
「えっと、お前は……」
「セシリア。セシリア=ルーズベルトです」
「じゃあセシリア。質問いいぞ」
ダリウスにあてられたセシリアは、隣で心配そうな表情を浮かべるリュエルを無視して立ち上がる。
その目にはどこか決意のようなものが映っているような気がした。
「先生はどうして古代魔法を専門にしたんですか?」
教室にセシリアの凛とした声が響く。
ダリウスも半ばその質問が来ることを予想していたのか、特に反応することはない。
「現在、古代魔法は現代魔法に比べて劣っていると言われ、劣化魔法とさえ称されています。そんな古代魔法を専門にしたということは何か特別な思いがあったのではないですか? 例えば、古代魔法が決して劣化魔法ではないことを証明するため、とか」
セシリアの質問が続く。
生徒たちはセシリアの言葉に聞き入り、それに対するダリウスの答えを待っている。
そしてセシリア自身、ダリウスから目を逸らすことなくその答えを待っていた。
セシリアの質問を受けたダリウスは意外そうに何度か瞬きを繰り返す。
「そんなの別にないぞ?」
ダリウスはセシリアの言っていることが分からないとでも言いたげに、首を傾げる。
「古代魔法が現代魔法に劣ってるなんて、当然の話だろ? 詠唱は必須だし、魔法のイメージだって現代魔法に比べても強く意識しなきゃならない。他にも色々と面倒なことだってたくさんある。そんな古代魔法が劣化魔法なんて言われるのは当たり前じゃないか」
「なっ……」
ダリウスの言葉に唖然とするセシリア。
セシリアだけじゃない、他の生徒たちも自分の専門とする魔法を堂々と劣化魔法と称するダリウスに驚愕の目を向けていた。
しかしそんな教室の雰囲気を察しないダリウスは言葉を続ける。
「まあそうだな。強いて俺が古代魔法を専門に選んだ理由を挙げるとするなら――――戦わなくて済むと思ったから」
「っ……!」
ダリウスの目が細められる。
妙に真剣みを帯びたダリウスの言葉を目の当たりにしたセシリアは思わず身を固くする。
しかしその反応ではまるでダリウスの言葉を認めてしまうような気がして、セシリアはすぐにダリウスをきつく睨む。
「そんなことのために、古代魔法を専門にしたんですか」
「そんなこととは何だ。大事なことだぞ。死にたくないしな」
「っ! あなたみたいな人が古代魔法を使うから……っ!」
「セ、セシリア」
セシリアはまるで親の仇を見るかのような強い視線をダリウスに向ける。
慌ててリュエルがセシリアを止めに入るが、今にもダリウスに掴みかかりそうな勢いだ。
しかしダリウスは全く気にした様子もなく、どこか眠たそうな表情を浮かべている。
他の生徒たちはそんな一触即発の二人を固唾を飲んで見守っている。
『—————』
ちょうどその時、教室に鐘の音が響く。
「あ、自己紹介の時間はこれで終わりだ」
「なっ、話はまだ……!」
「授業の方が大事だろ、他の奴らに迷惑かけることになるぞ」
「そ、それは……」
ダリウスの言うことの方が正しいと感じたのか、セシリアは言葉に詰まる。
事実、既に授業時間は始まっているのだから、それを一介の生徒である自分が止めていいはずがないと、無駄に正義感の強いセシリアは感じていた。
セシリアは一度溜息を零すと、ダリウスの言葉に従って席に着いた。
「よし、それじゃあ授業を始める」
セシリアが席に着いたのを見届けたダリウスは、持ってきていた教科書を開きながらチョークを手に取った。
◇ ◇
「自信満々に授業を始めるとか言ってたから期待してみれば、教科書に書いてることを読んでるだけじゃない」
「ま、まあまあ落ち着いて、セシリア」
ダリウスの初めての授業、それは生徒たちからしてみれば酷いものでしかなかった。
まるでやる気の感じられない黒板に書かれた文字に、説明の分かりにくさ。
これならむしろ自分で勉強するほうが捗るのではないかと疑ってしまうほどだ。
しかし国立魔法学院の生徒というだけあって、これまで授業を真面目に聞かないものというのはほとんどいなかった。
そのせいでダリウスの酷い授業でさえも、皆、自分で何かをするということなく黙って受け続けている。
「……これは古代魔法の授業はぶっちゃけ捨てた方がいいかもしれないな」
「あぁ、どちらにせよ僕たちが魔法師として古代魔法を使う機会なんて無いだろうし、自分から劣化魔法を使う馬鹿はそういないよ」
「他の系統の現代魔法はサム先生とかが担当してくれるはずだから、そっちに期待だな」
セシリアの耳に、クラスメイトの会話が聞こえてくる。
普段であれば授業中に私語などほとんどしないはずのクラスメイトたちも、ダリウスのやる気のない態度に感化されたのかと思うと嫌になる。
それに、クラスメイトたちの会話は恐らくダリウスにも聞こえているはず。
それなのに何も言い返したりする気配のないダリウスに、セシリアは机の下で拳を握りしめる。
(もっと、もっとちゃんと、古代魔法を教えてくれる人が来てくれたら、劣化魔法なんて言われることも少なくなったかもしれないのに……)
セシリアは声にならない声を視線にのせるようにして、ダリウスを強く睨んだ。