1-22 劣化魔法使いの苛立ち
「ったく、こんな時に限って……」
ダリウスは理事長室から自分の研究室へと帰る際、思わず愚痴る。
こんな時、というのはセシリアとリュエルのことだ。
あの二人は相変わらずダリウスの授業に参加していない。
さすがにこれ以上勝手に授業を休まれては、遅れを取り戻すことが出来なくなってしまう。
それに何の理由もなく休んでいるというのは他の生徒たちにも悪影響だ。
ダリウスとしてはそろそろ二人に授業に来てほしいと思っていた。
「それなのに今度は周りに気を配れとか、面倒なことこの上ないな……ん?」
長い廊下を歩いていたダリウスは自分の研究室の前に見覚えのある顔の生徒が立っていることに気付いた。
「確かロウリエ、だったか?」
「あ、ダリウス先生!」
ダリウスがロウリエと呼んだ女子生徒は、研究室に戻ってきたダリウスに気が付くと、ダリウスの下へ駆け寄って来る。
そんなロウリエにダリウスは廊下で立ち話でもなんだと研究室の中に入る。
初めて入るダリウスの研究室に緊張しているのか、若干肩に力の入っている様子のロウリエ。
「それで今日はなにか用か?」
ダリウスは椅子に腰を掛けると、ロウリエにも座るように勧めながら話を進める。
「あ、あの、セシリアたちのことなんですけど……」
「セシリアたちって言うと、リュエルもか?」
「は、はい。その二人のことで話があって……」
「あいつら最近俺の授業に出てないから、さすがにそろそろ出てくれないかと思ってたんだ。何かあいつらについて知ってるんだったら教えてくれないか?」
「えっと、その……」
ダリウスの言葉にどこか気まずそうに顔を背けるロウリエ。
そんなロウリエにダリウスは首を傾げる。
「じ、実はあの二人、休んでるのは古代魔法の授業だけじゃなくて、他の授業も全部休んでるんです」
「は……?」
言い難そうに呟くロウリエだったが、ダリウスはそんなことよりもロウリエの言葉に驚いていた。
「あいつら、俺の授業だけを休んでるわけじゃないのか……?」
ダリウスはセシリアたちが一体いつから授業を休み始めたか逆算してみた。
少なくとも一週間はダリウスの授業を休んでいる。
もしその一週間すべての授業を休んでいるのだとしたらとんでもないことだ。
授業に遅れるなどといった甘いレベルの話ではない。
「も、もしかしたらそもそも学院に来てないかも」
「ま、まじか……」
ロウリエの話をそこまで聞いたダリウスは思わず顔を顰めた。
てっきりダリウスはセシリアたちは自分の授業だけを休んでいるとばかり思っていた。
だが全ての授業を休んでいるとなったら、さすがにこれ以上放っておくわけにはいかない。
「な、何かあったのかってクラスの皆も心配してます」
「まあ何の理由も無しに休まれたら、モチベーションも続かないよな。安心しろ、俺も少し動いてみるから」
ロウリエの言葉にダリウスは頷くが、そんなダリウスにロウリエは浮かない表情を浮かべている。
「わ、私たちのモチベーションとかじゃなくて、純粋に二人のことが心配なんです」
「……?」
ロウリエの言葉にダリウスは首を傾げる。
ダリウスは確かに、どうしてか授業を休む二人に何とかしようと動く気ではあるが、その動機を聞かれたら恐らく自分のためというのが大きいだろう。
自分の生徒が無断で授業を休んでいるというのは教師であるダリウスの立場に大きな影響を与えかねない。
だからこそ多少面倒ではあっても動こうと思えるのだ。
少なくともダリウスはこれまでそう思って行動してきた。
先日、セシリアがブラックベアに襲われそうになった時も、やはり全ては自分のためになると思って。
こうやってわざわざ自分の研究室にやって来たロウリエだって、二人が休むことで自分の集中力が多少なりとも妨げられるからという理由だと思っていた。
だが話してみるとそうではなく、二人の身が心配だからと言う。
その発想はこれまでダリウスにはなかったものだった。
「せ、先生は二人のこと心配じゃないんですか……?」
だからロウリエの質問に対し、ダリウスは答えを見つけることが出来なかった。
それからもう少しだけロウリエに話を聞いたダリウスは、ロウリエを研究室から帰すと研究室で一人考える。
セシリアやリュエルのために動く時、それは少なからず自分のためだと思っていた。
むしろ自分のためだけに動いていたと言っても過言では無いだろう。
だが先ほどのロウリエはまるで自分とは違った。
当然のように二人の身を案じ、こうして自分の時間を割いてまで研究室にやって来た。
そんなロウリエの行動の動機がいまいちダリウスには理解できないのだ。
「……やっぱり分からねえな」
ダリウスは首を振る。
恐らく今の自分ではこれ以上何を考えたところで、答えなど導けそうにない。
そんなことよりも今はしなくてはならないことがある。
「授業を休んでるっていう二人を探して、ちゃんと授業に出るように言わねえと」
それが今のダリウスにとって一番重要なことだ。
(教師としての自分の立場を守るため)
ダリウスの行動の動機は、やはりそれだった。
「……と言ってもとりあえずどうやって二人を見つけるかだよな」
自分の考えのことよりも、まず二人をどうにかしようと決めたダリウスは初めに何をすればいいか考える。
だが二人を見つけると言ってもそんな方法が簡単に見つかるわけではない。
「学院に来てないなら正直お手上げだし……」
ダリウスと二人の関係なんて、魔法学院の教師と生徒というだけだ。
それ以上でもなければそれ以下でもない。
そんなダリウスがどうやって学院にいないだろう二人を見つけ出すことが出来るだろうか。
「あー、どうするか……ん?」
ダリウスが最初から壁にぶち当たっているそんな時、ふとダリウスの視線に一つの冊子が目に入った。
何気なくそれを取ってみると、それは自分のクラスの生徒たち一人一人の名簿帳のようなものだった。
どうやらいつの間にかこんなものを貰っていたらしい。
「名前、性別、年齢、……住所」
そこには色々な個人情報が記されており、中でも住所というところにダリウスの目がとまった。
「あいつらの家に行けば会えるんじゃないか?」
さすがにセシリアたちが昼間授業をサボるからと言って、夜まで出歩いたりということはないだろう。
だとしたら家庭訪問という名目で家にお邪魔して、少しの間、待たせてもらえばいいのではないだろうか。
「……お、これはセシリアのやつか」
目的のページを探しつつパラパラとページを捲っていると、まず初めにセシリアのを見つける。
最終的にはリュエルの家にも行かなくてはならないのだが、初めに見つけたのも何かの縁だろう。
ダリウスはそう考えると、一度セシリアの住所をメモに記す。
そして二度手間にならないようにリュエルのページも見つけて、住所をメモに記すと、二人を授業に出るように説得するべく研究室を出た。




