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1-20 現代魔法使いの決心


「こんなところでどうしたんですか、サム先生」


 突然現れたサムに警戒の色を浮かべながらセシリアが反応する。

 セシリアの中でダリウスの評価が下がったとはいえ、それと反比例するようにサムの評価があがるわけではない。

 古代魔法のことを侮るサムのことは相変わらず苦手だった。


「それはこっちの台詞なんだけどな。今はまだ授業時間のはずでしょ?」


「そ、それは……」


 ダリウスと顔を合わせるのが嫌だったなどと言えるわけもないセシリアは、サムの尤もな意見に言葉を詰まらせる。

 確かに客観的に見てもセシリアの今の行動はサボリ以外の何ものでもない。

 もしかしたらサムはそんな自分を注意しに来たのだろうか。


「まあ別にそんなこといいんだけどね」


「え……?」


 しかしセシリアのそんな予想とは裏腹に、何ともない風におどけて見せるサムに、セシリアは困惑を隠せない。

 少なくともセシリアの中での魔法師の教師のイメージは休み時間も自分の研究室で専門分野の研究に没頭しているものだと思っていた。

 サボリを注意しに来たのではないというなら、一体こんなところまで何をしに来たと言うのだろう。


「実はセシリアさんに話があって」


「私に話、ですか……?」


 セシリアは訝しみながら首を傾げる。


「セシリアさんって現代魔法が得意だよね、特に光系統……だったかな?」


「……まあ、それなりには」


 サムの言葉に頷く。

 セシリアはそれなりと言っているが、セシリアの現代魔法の実力をクラスメイトにでも聞いてみれば恐らくほとんどの生徒が力強く頷くだろう。

 特に光系統の攻撃魔法に関して言えば、セシリアは学院の中でもかなり上位のはずだ。


「実は僕、現代魔法が優秀な生徒たちを集めて特別訓練をしようと思ってるんだ」


「特別訓練……?」


「ああ。やっぱり今の君たち魔法師に足りないのは実戦訓練だから、軍の知り合いに頼んで、戦いに参加させてもらうつもりなんだ」


「確かに私たちは実戦の経験がほとんどありませんけど、さすがに生徒をそんなところに連れていくのは大丈夫なんですか?」


「それに関しては安心していいよ! そんな場所に連れて行って生徒たちに何かあったら大変だし、軍の一番安全な場所に配属させてもらえるようになってるんだ」


「それは……」


 サムの説明にセシリアの言葉が止まる。

 今の話だけ聞くのであれば、それはセシリアにとって願ってもない機会だ。

 先日のブラックベアとの戦いで自分がどれだけ実戦経験が少ないと言うのは身をもって感じた。

 安全な場所にいるとはいえ、戦いの場所の雰囲気だけでも味わえるなら行く価値はある。


 普通に考えれば、サムの話に乗るのが良いに決まっている。

 それはセシリアの魔法師としての成長に大きく繋がってくれるだろう。

 しかしどういうわけかセシリアはすぐに答えを出せずにいた。


(……どうしてここで、あいつの顔が浮かんでくるのよ)


 セシリアの脳裏に浮かぶのは、先日、散々罵った担任の顔。

 どうしてこのタイミングでその顔が浮かぶのか分からず、セシリアは頭を振る。

 だがサムの話を受けるか受けまいかを決断しようとすると、どうしてもその顔が浮かんで、ろくに集中出来ない。


「……少し時間を貰ってもいいですか?」


 結局、セシリアはすぐに答えを出すことが出来なかった。

 サムはセシリアの答えが予想外だったのか、一瞬意外そうな表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。




「……私はどうしたいんだろ」


 訓練場に一人残ったセシリアが呟く。

 自分でも良く分からないその問は、訓練場に響くことなく消えていく。

 しかし答えを出さないという選択肢はセシリアにはない。

 サムは今でもセシリアの答えを待ってくれているのだ。


「…………」


(先生だったら、どうするのかな)


 もし先日のようなことがなければ、セシリアは迷わずにダリウスにどうするべきか聞きに言っていただろう。

 でも授業にすら出ていない自分がそんなことを聞ける立場でないことは分かっていたし、そもそも聞いたところで意味なんてないことは自分が一番良く分かっていた。

 生徒の危険を、そんなこと呼ばわりする教師の答えに一体何を期待しているのだろう。

 だが一人じゃ決められそうにないのもまた事実。


「……リュエル。リュエルに聞いてみよう」


 セシリアはぱっと顔をあげる。

 どうしてもっと早くにそのことに気付かなかったのだろうか。

 以前からこういう時はいつもリュエルを頼ってきたではないか。

 今回ももしかしたらセシリアの納得のいく助言をくれるかもしれない。


「リュエルは、教室よね」


 今はダリウスの授業中。

 しかし時計を見てみてももう少しで終わりそうだ。

 これならば早めに行って、教室の外からでも授業が終わるのを待っていれば良いだろう。

 セシリアは早速、訓練場を後にして教室へと向かった。




「……やっぱりまだ終わってないわよね」


 セシリアは廊下から教室の中を窺う。

 教室の中では今もダリウスがいつものようにやる気のない表情で板書を続けていた。


「リュエルは……あれ? リュエルはどこにいるのかしら」


 セシリアから見える分では、教室の中にリュエルの姿が見当たらない。

 もちろん死角になっているという可能性は捨てきれないが、普段リュエルが座っている席は空席になっている。


『先生、今日セシリアさんとリュエルさんがいないんですけど、何かあったんですか?』


「っ!」


 そんなことを考えていると、ふと教室の中から自分の声が聞こえてきた。

 セシリアは自分が教室の外にいるのがバレたのかと身を固くするが、どうやらそんなことはなく、ただの偶然らしい。

 そしてどうやらセシリアの想った通り、今日はリュエルも来ていないらしい。


『さあ、俺は知らないな』


 そのすぐ後にダリウスの答えが聞こえてくる。

 知らないのは当然だ。

 セシリアは自分がサボっているということを誰にも、リュエルにすら伝えていないのだから。

 だがその受け答えが冷たいと思ってしまうのは、どうしてだろうか。


『で、でも先生。いつも真面目なあの二人が休んでるのに、こんなに授業を進めても良いんですか?』


 ダリウスの言葉に、クラスメイトが自分たちのことを心配して言ってくれる。

 確かにセシリアも本当のことを言えば、授業を休んで、他の人よりも遅れたりするようなことはしたくない。

 ただこの前の一件以来、どうしてもダリウスと顔を合わせ辛いのだ。


 でも、やっぱり授業に出るべきなのだろう。

 クラスメイトにこんなに気を遣わせてしまっているのだから。


(もしかしたら先生も、私のことを心配したり―—)



『やる気のないやつは知らん』



 しかしセシリアのそんな淡い期待はまたもやダリウスの一言に打ち砕かれてしまった。

 あまりにも端的、あまりにも正論。

 ダリウスがそんな輩だというのは先日のことで重々に承知していたはずなのに、セシリアは自分の愚かさに唇を噛む。


「……っ」


 だがダリウスの言葉のおかげ決心がついた。

 セシリアは特別訓練に参加するという旨を伝えるために、サムの研究室へ向かった。

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