1-19 劣化魔法使いの態度
「一体どうしたっていうんだ……」
ダリウスは思わずため息を吐く。
自分のクラスで古代魔法の授業をしているダリウスだが、生徒たちは今詠唱の練習をしているので、ダリウスの呟きに気付いた者はいない。
ダリウスが言っているのはセシリアとリュエルについてだ。
先日ダリウスはリュエルの頼みによって、セシリアを獰猛なブラックベアから守った。
しかしその日以来どういうわけか二人の態度が急変してしまったのである。
例えば現在、二人ともダリウスの古代魔法の授業に出席していない。
セシリアはあんな正確ではあるが、これまで授業を無断で休んだりするということは無かった。
それなのに急に来なくなるなんて、恐らく原因があの日にあるということはダリウスも分かってはいるが最終的に何がいけなかったのか未だに見つけられていない。
そしてもう一つ言うのであれば、放課後の研究室についてもそうだ。
これまでずっと通い詰めていたリュエルが全く姿を見せなくなってしまった。
ただそれに関しては先日の少し前からもそうだったので、これに関しては今回のことと何か繋がりがあるのか微妙なところだろう。
だがやはり現在において、二人のダリウスに対しての態度が変わってしまっているのは間違いない事実でもある。
ダリウスは何が原因でそうなってしまっているのか分からず頭を捻らせていた。
「…………」
クラスの生徒たちはそんなダリウスの態度に少なからず気付き始めていた。
普段は温厚というか不真面目というか、とりあえずやる気の感じられない表情を浮かべているダリウスが不機嫌ともとれる表情を浮かべている。
そんなダリウスに、生徒たちはこれ以上何か刺激したりしないようにと気を遣っている。
そのせいもあってか今のダリウスの授業は、これまでにない緊張感のもとで行われていた。
「せ、先生。あの、質問してもよろしいでしょうか……?」
一人の女生徒がおずおずと手を挙げる。
「面倒」
しかし考え事をしていたダリウスは無意識のうちにそう答える。
最近は質問したら些細なことでも、面倒くさそうにしらがらも教えてくれていたダリウスの冷たい言葉に女生徒は一瞬「えっ」と驚く。
そこでダリウスはようやく質問されたことをきちんと理解したのか、悲しそうな女生徒の表情を見て気まずそうに頬を掻く。
「あー……冗談だ。どこが分からないんだ?」
「え、えっと、水系統の魔法イメージについてなんですけど……」
「ああ、それなら――」
慌てて取り繕ったダリウスは女生徒の質問に答えていく。
しかしいくら取り繕ったところで、ダリウスが一度、女生徒の質問を無碍にしたという事実は変わることはない。
先ほどのダリウスの姿はまるで、ダリウスが初めて教室にやって来た時のことを彷彿とさせ、生徒たちは以前のダリウスに戻り始めているのではないかと危機感を抱かずにはいられなかった。
恐らく先生の身の上で何かあったのだろう。
生徒たちがそう察するのは容易だった。
かと言ってそれを一生徒でしかない自分たちが簡単に聞いて良いものだろうか。
(こんな時、セシリアがいてくれたら……)
生徒たちはそんなことを考えていた。
セシリアならば先ほどの質問の答えや、今のダリウスのおかしな態度について臆することなく聞いてくれることだろう。
しかし今、セシリアはいない。
「あれ……?」
そこで生徒たちは「そういえばセシリアは……?」と思い始めた。
良く見てみればセシリアだけではなくリュエルまでもがいない。
普段とても真剣に古代魔法の授業を受けているセシリアたちがいないことにクラスの生徒たちは首を傾げた。
そしてダリウスの変な態度の原因がその二人にあることなど知る由もなく、尋ねる。
「先生、今日セシリアさんとリュエルさんがいないんですけど、何かあったんですか?」
「…………」
一人の生徒の何気ない質問に、ダリウスの板書していた手が止まる。
「さあ、俺は知らないな」
それでもダリウスは何とか平静を保ちながら、生徒たちに言う。
「で、でも先生。いつも真面目なあの二人が休んでるのに、こんなに授業を進めても良いんですか?」
また別の一人の生徒が呟く。
ダリウスは無意識のうちにやっていたのだが、今日のダリウスの授業は、ただでさえ早い授業スピードよりももっと速く、ダリウスの言っていることを聞くので精一杯だった。
その結果が、先ほどの女生徒の質問である。
ダリウスは自分の授業スピードがいつもより早かったことに気付き、反省する。
そしてこれからの授業ではそうならないように気を付けようと心がける。
「少しペースは落とすが授業は進める。やる気のないやつは知らん」
だが授業に来ていないセシリアたち二人のために授業を止めようとはダリウスは思わなかった。
◇ ◇
「ライトニングッ!」
セシリアが現代魔法を唱えると、掌に浮かんだ魔法陣から雷撃が繰り出される。
訓練場の的に命中した魔法は、大きな音と共に土煙をあげる。
「ライトニング……ッ!」
セシリアは土煙が立ち込める中でもう一度魔法を唱える。
先ほどと同じかそれ以上の雷撃は土煙の中へと消えていき、再び大きな音を立てる。
「はぁ……はぁ……」
息を荒くするセシリアは既に何度同じ魔法を繰り返したか分からない。
しかしそれでもセシリアはまだ現代魔法の練習を止めるつもりはなかった。
自分の中に残る気持ち悪さを打ち消すように、セシリアは何度も何度も現代魔法を唱え続ける。
その手にはぎゅっと魔法書が握られ、魔法を唱えるごとに本を握る力は強くなっている。
現代魔法。
ずっと昔、セシリアがもっと幼かったころから練習してきた魔法だ。
最近は古代魔法に時間を取られて、練習する時間も減っていたが、本来セシリアは雷系統の現代魔法を得意とする魔法師である。
魔法名を唱えるだけで魔法が発動する。
それは古代魔法とは比べ物にならない現代魔法ならではの利点だ。
魔法をどれだけ早く発動するかが魔法師としての実力に大きく関わってくる中で、古代魔法が現代魔法に勝る部分なんてほとんどない。
(そう。古代魔法なんて……)
セシリアは先日のことを思い出す。
自分を心配して焦ったと言ってくれたダリウス。
しかしそれは間違いだった。
ダリウスはただ自分の教師としての立場を心配していただけだったのだ。
そんな奴が使っている魔法なんて、きっとろくな魔法じゃない。
「……ろくな魔法じゃないわ、古代魔法なんて」
セシリアは静かに呟く。
しかしそこまで言っておきながら、一度も『劣化魔法』と称さないのは、セシリアの本心が実はそうと思っていないからなのか。
「……?」
その時、誰かが訓練場の中に入ってきた。
今は普通なら授業時間なので生徒がやって来ることはないはずだ。
セシリアに関しては、ダリウスの授業に出たくないのでここにいるわけだが、一体誰がやって来たのだろうとセシリアは振り返る。
「……サム先生」
「やあ、セシリアさん」
そこには薄笑いを浮かべたサムが立っていた。




