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1-11 劣化魔法使いの授業


「古代魔法には魔法のイメージが大事だと言ったが、お前らの言う通り、古代魔法には詠唱が必要不可欠だ。それがどうしてか分かるか?」


「? 古代魔法に詠唱が必要なのは、そもそもの前提条件なのではないですか?」


 古代魔法の授業中、ダリウスは生徒たちに聞いてみる。

 しかし生徒たちからしてみれば古代魔法に詠唱が必要なのは当たり前なことで、その理由を聞かれたところで、そういうものなのだとしか答えられない。


「ばーか。詠唱ってのはいわば言霊の一種だ。過去の魔法師たちが、お前らの魔力を引き出すために最も効率的な言葉を並べたのが”詠唱”なんだよ。じゃなきゃ魔法陣も何もない状態から言葉だけで魔法を生み出すなんてこと出来るわけがないだろ」


 ダリウスはチョークを片手に説明する。

 黒板には以前のように雑な板書ではなく、生徒たちに出来るだけ効率よく説明するために色々な図形が描かれていた。


「お前らは今、何の練習をしてる?」


「ま、魔法のイメージです」


「そうだよな。じゃあ魔法にお前らのイメージを作用させるためにはどうする必要がある?」


「……詠唱に自分のイメージを足します」


「正解。でも魔法のイメージが完璧でも、詠唱の意味すら分かってないお前らがどうして詠唱に自分のイメージを足せるんだ?」


 ダリウスの言葉に生徒たちは思わず言葉に詰まる。

 それこそダリウスの言っていることが的を射ていることを証明していた。


「だからお前らが魔法のイメージの練習をするために、まずは古代魔法の詠唱を覚えて貰おうと思う。もちろん全部な」


「そ、それってこの教科書に書いてある詠唱全部、ってことですか?」


 ダリウスの言葉を受けた生徒たちの一人が恐る恐る呟く。


「ああそうだ。その教科書には今ある古代魔法の詠唱が全部書いてあるからちょうどいいだろ」


 ダリウスの言葉に頬を引きつらせる生徒たち。

 しかしそれも無理はない。

 何故なら古代魔法の詠唱はその数が無駄に多いのだ。

 生徒たちが一人一冊持っている分厚い古代魔法の教科書は、そのほとんどが詠唱の書かれたページだと言っても過言ではない。

 そんな何種類あるかも分からないような古代魔法の詠唱を全部覚えろ、というのは些か酷な話のようにも思える。


「どうした? やっぱり古代魔法を覚えるのはやめるか? 俺はそれでも全然構わないぞ。どうせお前らなら現代魔法だけで十分だろうからな」


「…………」


 ダリウスは大げさな身振り手振りで生徒たちを煽る。

 そんなダリウスに言われっぱなしでいられるほど、生徒たちのプライドは低くはなく、まるでダリウスに反抗するように力強い視線をダリウスへと向ける。

 そんな彼らの反応にダリウスは笑みを浮かべながら、授業を再開する。


「因みに詠唱を覚えるだけじゃだめだ。ちゃんと一つ一つの詠唱の言葉の意味を考えるようにして覚えるんだ。じゃなきゃあんなに多い古代魔法の詠唱を覚える意味もないし、ちゃんと意味を考えたら、それだけ魔法のイメージもしやすくなるはずだ」


 ただでさえ多い課題である詠唱の暗記が、さらに内容が濃くなったことに生徒たちはうんざりした顔を浮かべながらもその顔に諦めの色は窺えない。


「まあそれだけの説明だけじゃ難しいかもしれないから、一つ例を出そう。セシリア」


「は、はい!」


 古代魔法に書かれてある詠唱の多さにうんざりしていたセシリアは突然呼ばれたことに驚きつつ反応する。


「俺がこの前詠唱した『全てを無に帰す灼熱の槍~』っていうのを聞いて、何を連想する?」


「灼熱っていうくらいだから、やっぱり炎とかじゃないですか?」


「正解。これは別に一度見た魔法だから答えられたわけじゃなく、詠唱の単語から連想出来るようなことだろ? つまり俺がお前らにやってほしい古代魔法の詠唱の暗記って言うのは、詠唱にある言葉から何が連想できるかを考えてほしいってことだ」


「な、なるほど。それなら特に難しくもないですし、むしろ暗記するのにちょうど良いかもしれません」


 セシリアの言葉にダリウスも頷く。

 暗記するのが何にせよ、覚えるためには何か別のものと一括りにしたほうが覚えやすいというものだ。

 これからしなければいけないことの膨大さに表情を暗くしていた生徒たちも、次第に明るくなっていく。

 そしてその視線に力強い炎の色を宿らせて、それぞれの手元にある教科書を食い入るように見つめていた。


「さすが優等生。期待してるぜ?」


 そんな彼らに、ダリウスは煽るような言葉と共に笑みを浮かべた。


 ◇   ◇


「……ない……ない……っ」


 薄暗い部屋の中で水色の髪をした少女——リュエルの声が響く。

 場を照らすのはたった一本の蝋燭ろうそくだけ。

 そしてその蝋燭でさえも既にそのろうの長さはほとんどなく、燃え尽きようとしている。

 それが尽きれば部屋の中を暗闇に支配されるだろうに、リュエルはそんなことに構う余裕すらないのか必死に何かを探している。


 リュエルの手元にあるのは一冊の本。

 やけに分厚いその本は、王立魔法学院の生徒であれば皆が持っているはずの古代魔法の教科書だ。

 その分厚い教科書をリュエルは一ページごとに確認しながら、次のページへとめくっていく。

 だがリュエルが探し求めているものはその教科書の中には見つからない。


「古代魔法の詠唱は、ここに全部書いてあるはず」


 それはダリウスが今日の授業で教えてくれたことである。

 ダリウスの言葉が嘘でないと言うことは、リュエルが個人的に調べまわっているので間違いはないはずだ。


「じゃあどうして先生の詠唱(、、、、、)は載ってないの……!?」


 リュエルの悲痛とも思える声が蝋燭の火を揺らす。

 しかしそんなことを気に留めることなく、リュエルは初めてダリウスの研究室に言った時のことを思い出した。



『原初の理、五色を以て顕現せよ。さあらば我が、汝の力の糧とならん』



 あの時のことは今でもよく覚えている。

 というよりもあんなことをそう簡単に忘れられるはずがなかった。

 その証拠に一度しか聞いていないはずのダリウスの詠唱が絶対の自信と共に、完璧に暗記している。


 しかしその詠唱が、古代魔法の教科書をいくら探しても見つからないのだ。

 もしかしたらあれは古代魔法ではなかったのだろうか。


(いや、そんなはずない。あれは確かに古代魔法だった)


 リュエルはその考えを即時に否定する。

 絶対的な根拠を論理的に説明できるわけではない。

 しかし目の前で見せられたリュエルには、あれがとても高度に組み上げられた古代魔法であることが理解できた。


 ……出来たはずだったのだが、しかしやはりいくら探してもあの時の詠唱は古代魔法の教科書には載っていない。

 この教科書には全ての古代魔法の詠唱が載っている、それはダリウス自身が教えてくれたことだ。

 しかしダリウスの詠唱が載っていないということは、その言葉を自ら否定しているようなものである。


「……原初の理、五色を以て顕現せよ。さあらば我が、汝の力の糧とならん」


 何度見返しても見つからないダリウスの詠唱に、リュエルは自棄になって自らの魔力を乗せて詠唱してみる。

 教科書に載ってないにせよ詠唱は詠唱だ。

 ダリウスに一度見せてもらっているので魔法のイメージ自体も完璧には程遠いにせよ少なからず発動自体には問題ないはず。


「……どうして」


 そのはずだったのに、リュエルの掌には魔法陣は浮かばない。

 リュエルの頭の中は混乱で埋め尽くされていた。

 古代魔法の詠唱なのに、教科書に載っていない。

 詠唱しても魔法が発動しない。

 ないない尽くしとは正にこのことだろう。


「ダリウス先生、あなたは一体何者なんですか……?」


 ぽつりと呟かれたリュエルの問いに答える者はいない。

 その後、ろうが完全になくなり部屋の灯が消えてしまうまで、リュエルの古代魔法の詠唱探しは続いた。

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