1-9 劣化魔法使いの火
「あー、これまで何回か古代魔法についての授業をやってきたわけだけど、内容覚えてるやつはいるか?」
「…………」
ダリウスとセシリアの模擬戦が行われた次の日、ダリウスは古代魔法の授業をするべくセシリアたちの教室へやって来ていた。
そこでまずダリウスはこれまでの内容を覚えているかどうか聞いてみるが、案の定というべきか、皆が皆、ダリウスから目を逸らす。
今日でこそ真面目に授業を受けようと考えを改めた生徒たちだが、これまでのダリウスの授業中は、劣化魔法の授業は捨てようと各自で自分の勉強ばかりしていた。
そのせいで既に一度終わったところの説明を何も理解していないという状況に陥っている。
「……はあ、まあ仕方ないか。じゃあもう一回最初からするから。遅れてる分授業スピードは速くなるかもしれんが、それは勘弁してくれ」
「はい!」
ダリウスの面倒くさそうな発言に、セシリアを含む生徒たちは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ早速始めるが、俺の授業では教科書に載ってないことも教えると思うから注意して聞いておけよ」
「え?」
しかしダリウスの最初の一言で皆は首を傾げる。
ダリウスのこれまでの授業はただ教科書に書いてあることを板書するだけという至ってシンプルなものだったということを、真面目に聞いていなかった生徒たちでさえ覚えている。
だがダリウスはどうやら今回からは古代魔法を専門にする魔法師としての知識を教えてくれるようだ。
ただそれでは結局のところ最初から授業を始めないといけないわけで、さっきの質問の意味とは……と生徒たちは苦笑いを浮かべる。
「よし、それじゃあキッシュ。古代魔法に必要なものはなんだ?」
キッシュと呼ばれた男子生徒は突然当てられたことにびっくりしたものの、質問の内容が簡単であることにホッと息を吐く。
「古代魔法に必要なものは、詠唱です」
キッシュの答えに対して他の生徒たちも頷く。
その顔は皆、そんなこと聞かれるまでもないとでも言いたげな表情だ。
確かに古代魔法に詠唱が必要である、なんてことは魔法師にとっても常識で、古代魔法の教科書の一ページに書いてある。
だがダリウスはキッシュの答えに満足していないのか首を振る。
「俺が今更そんなこと聞くと思うか?」
「うっ……」
キッシュも思わず呻く。
確かに昨日あれだけの授業をしてくれたダリウスが、今更そんな初歩中の初歩のことを何の捻りもなく聞いてくるはずがない。
「……わ、分かりません」
しかしキッシュがいくら考えても答えは浮かんでこなかった。
キッシュだけでなく他の生徒たちも未だに答えが浮かんでいないのか、皆難しそうな表情を浮かべている。
「古代魔法に必要なもの。確かにキッシュの言う通り、詠唱も大事だ。むしろそれが無いと古代魔法は使えないからな。でも俺が求めている答えからすると、それじゃあまだ50点だ」
つまりキッシュの答えの他に、もう一つ何か古代魔法にとって重要なことがあるということだ。
しかしやはり皆、いくら考えてもそれらしきことは思い付かない。
「はい、時間切れ。正解は”イメージ”でした」
いくら待っても正解は出てこなさそうだと感じたダリウスは一度手を叩き、皆の注目を集めると正解を発表する。
だがダリウス自身、恐らくこの後の反応は芳しくないだろうと予想していたのだが……案の定というべきか、生徒たちは揃いも揃って首を傾げている。
「魔法を使うのに詠唱だけじゃ駄目だっていうことですか?」
皆を代表してセシリアがダリウスに尋ねる。
「ああ、それだけじゃ駄目だな。因みにイメージが必要だってことは一番最初にお前と会った時にも言ったぞ?」
「……そ、そういえば確かにそんなことを言われた気がします」
初めに会った時と言えば、新任式が終わった後にダリウスが初めて教室へやって来た時のことだろうか。
思い返してみれば確かにそんなことを言われていたような気がしないでもない。
ならどうしてその時セシリアが疑問に思わなかったかと言えば、恐らくそれ以上にダリウスのだらしなさに意識が向いていたからだろう。
「まあ俺もその時は、お前らでもそれくらいは意識してやってるもんだと思ってたからああ言ったけど、お前ら見てて自分が甘かったことに気付いたよ。お前ら、魔法を使う時にその魔法のイメージをちゃんとしてないだろ」
「ま、魔法のイメージ、ですか……?」
セシリアは首を捻る。
「ああ、魔法のイメージは何も古代魔法に限っての話でもなく、現代魔法を使う時にも必要だぞ?」
「で、でも私はこれまで特に魔法のイメージを意識したことはありませんが、現代魔法は普通に使えてますよ?」
自分の経験と照らし合わせた時に、ダリウスの教えとは矛盾してしまうとセシリアは告げる。
しかしダリウスはそれを分かった上での発言だったのか特に気にも留めた様子はない。
「それはお前が無意識に魔法のイメージをしているからだ。例えばお前、火、って言われたら何が思いつく?」
「火……? 熱い、とかじゃないですか?」
「そうだ、火は熱い。じゃあお前は火が熱いということをわざわざ意識しなきゃ、それを理解出来ないか?」
「い、いえ。それくらいだったら十分に常識ですし、わざわざ意識するまでも無いです」
「それがお前が現代魔法を使うときの原理だ。お前はわざわざ魔法のイメージなんかする必要がないくらいに無意識のところで魔法が出来上がってるんだよ。まあ詳しく言えば、現代魔法の要でもある魔法陣が魔法のイメージの手助けみたいなものをしてるからっていう理由もあるんだけど、これは今は省いておこう」
「な、なるほど」
ダリウスの説明はいちいち分かりやすい。
それがセシリアにとって何故か癪に障る時がないでもないが、他の生徒たちの顔を見てみても、ダリウスが徐々に皆から教師として見られているようになっているのは事実だ。
「ただここで問題になって来るのは、古代魔法を使うには、現代魔法を使う時よりもずっと明確な魔法のイメージが必要になって来るということだ。無意識だったり、魔法陣に頼ってるだけのお前らじゃ古代魔法を覚えるにはまだ早い」
ダリウスはそこで一度話を区切ると、ここまでの内容で何か質問はないかと生徒たちを見回す。
すると一人の男子生徒が手を挙げていた。
「……イ、イメージがしっかりしてないと古代魔法自体が使えない、ということですか?」
「良い質問だな。だけどそういうわけじゃない。古代魔法を使うなら詠唱をすれば、無意識に魔法をイメージしているお前らなら使えるだろう」
「じゃあどうしてわざわざ魔法のイメージを?」
質問に対して首を振るダリウスに首を傾げる生徒。
しかしそう思ってしまうのも無理はない。
古代魔法が使えるのであれば、それで十分だと他の生徒たちもそう思っている。
「あー……これは一回見せてやった方がいいか」
クラスのそういった雰囲気を察したのか、ダリウスは小さく呟くと教室の窓を開ける。
「これから俺は同じ古代魔法を二回使うから、その違いを見ておくように」
良く考えればダリウスが初めて生徒たちに見せる古代魔法に生徒たちの注目が集まる。
そしてダリウスも自分に集まる視線の多さに気付きながらも気にせず、その掌を開けた窓の方へ向けながら詠唱を始めた。
「全てを無に帰す灼熱の槍、我が眼前に立ちはだかりし敵を燃やし尽くせ」
その瞬間、ダリウスの掌の先に魔法陣が浮かび上がる。
そして――
「……え?」
長さにしてたったの数十センチ程度の、大して熱そうにもない火の棒のようなものが魔法陣から姿を見せていた。




