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プロローグ

新作ですがよろしくお願いしますm(__)m


 曇天の空。

 普段なら地平線の奥まで広がる平原は今、数えきれないほどの屍が転がる地獄絵図となっていた。

 どこを見渡しても視界には必ず死体が映り込む。

 鼻を突くのは血の匂いと、肉の焦げたような悪臭。

 良く見れば、いくつもの死体にはやけどのような跡があり、見るも無残な姿になっていた。


 死の臭いが色濃いそんな場所を歩く男がただ一人。

 重い足取りで、今にも転んでしまいそうにふらふらと歩くその姿はまるで亡霊のようだ。

 身を包む黒装束には、黒の中でも分かるほど血の跡がくっきりと残っている。

 それは彼自身の血か、はたまた彼が奪った命の返り血だろうか。

 だがそんなこと関係ないと、相変わらずの覚束ない足取りのままで死体の間を歩いていく。

 そしてしばらくして、立ち止まる。

 男が今いるのは、数えきれない死体たちのちょうど真ん中あたりだろうか。


 男は一度だけ辺りを見回す。

 その一瞬の間に、一体どれだけの死体を目にしたのだろうか。

 百や千じゃ足りない。

 遥か彼方まで広がる死の波を嫌でも感じてしまう。

 だが男はそんなことを気にする様子はない。

 ただ一人、死地の真ん中でその手を天に掲げる。


「集え集え、命の灯枯れし者」


 その時、男が何の前触れもなく何かを呟き始めた。

 それは詠唱。

 人智を超えた力――魔法を使うために必要な言霊だ。

 男の詠唱に呼応するように、天に掲げた手の先に魔法陣が浮かび上がる。

 幻想的とも思えるそんな魔法陣を前に、男は詠唱を続ける。


「その魂、戦場いくさばで彷徨うことなかれ」


 詠唱が進むにつれて、魔法陣は鮮明に輝きだす。

 幾何学的な模様は、詠唱を介して彼の魔力を吸い取りながら光を増していた。

 男は自分の作り上げた魔法陣を確かめるように、手の先の魔法陣に視線だけを向ける。


「願わくは我が汝らを宵闇へ誘わん」


 そして詠唱が終わった。

 詠唱によって生まれた魔法陣はいつの間にか彼の手から離れ、どんどん空へ浮かび上がっていく。

 遥か高くまで浮かび上がった時、魔法陣がより一層輝きだし、瞬く間に巨大化し始めた。

 はるか上空に浮かぶ魔法陣は、いつの間にか死地を全て覆ってしまうのではないかと思ってしまうほど巨大な魔法陣になっており、曇天の空と地を明るく照らしている。

 そして魔法陣がこれ以上大きくならないといった瞬間、魔法陣はこれまでにない輝きを見せた。


 空気が震える、というのは恐らく今のような状況を言うのだろう。

 まるで自然の摂理に逆らう魔法に対して、世界が必死に抵抗を見せているような気がする。

 その次の瞬間、突然、いたるところに光る玉のようなものが現れた。

 それは今ここに転がっている死体たちの魂だ。

 突然現れた光の玉たちに彼は驚く様子もなく、ただじっと見つめている。


 ふらふらと浮かぶ光の玉は、光輝く魔法陣へと吸い込まれるようにして向かっていく。

 それはまるでこの地に残った魂の残滓が、浄化されているようだ。

 否、”まるで”ではないのだろう。

 きっとこの地に彷徨う身体を失くした魂たちを本来いるべきであろう場所に送り届けるための魔法だったのだ。


 漂う魂が徐々に少なくなっていく。

 初めは数えきれないほどだった光の玉も、今ではほとんど魔法陣に吸い込まれてしまった。

 そうしている内にも、また一体、またもう一体、という風に吸い込まれていく魂たちは、もはや地上近くにはいない。

 未だに魔法陣に吸い込まれていない魂たちは、皆揃って、魔法陣のすぐ近くにいる。

 全て吸い込まれるのも時間の問題だろう。


 残る数体の光の玉が、一体、また一体と姿を消していく。

 そして最後の一体。

 まるで他の魂たちが全ていなくなったことを確認するように、魔法陣のすぐ近くでふわふわと漂うと、その一体もとうとう魔法陣へと吸い込まれた。


 最後の一体を吸い終えた魔法陣は輝きが失われていくと同時に、小さくなっていく。

 そしてある程度の大きさまで小さくなった魔法陣は、一瞬にして、砕け散ってしまう。

 魔法陣の輝きがなくなり、再び曇天の暗闇に支配される平原。

 しかし少し前までに比べれば幾分か、死の臭いが薄くなった気がする。

 黒装束に隠された男の顔には、一体どんな表情が浮かんでいたのだろうか。

 彷徨う魂を導けたことに対する安堵感や満足感の浮かぶ顔か。

 それとも”自らが殺した命”に対しての罪悪感に苛まれる顔か。

 少なくとも今その場には、それを確認できる者はいなかった。


 ◇   ◇


「約束は果たした。これで軍を抜けられるんだよな?」


 薄暗い部屋の中で、ダリウスは目の前の男に対して質問した。

 今部屋の中にいるのはダリウスともう一人だけ。

 因みにダリウスの上司であり、更に言えば、ダリウスの所属している軍の上層部、その中でも特に権力を持つ人間だ。


 そんなお偉いさんと二人きりで一体何を話しているかというと、ダリウスは自分の所属している軍を脱退しようと考えている。

 その旨は以前より上司にも話しており、先日の戦で功績をあげることを条件に、軍を抜けさせるという約束をしていたのだ。

 しかし一介の兵士でしかないダリウスが軍を抜けることに対して、どうして軍の上層部が関係してくるのか。


「む、むう」


 ダリウスの言葉を聞いた上司は難しい声をあげる。

 しかしそれも、軍の上層部のみが認知しているダリウスの真の実力を知っていれば無理もない。


「”単身で敵を全滅させる”——それが軍を抜けるための条件だったはずだ。そしてそれに関しては先日既に完遂しているということは、軍の報告書で確認したよな?」


「し、しかし……」


 軍の上層部からしてみれば、ダリウスに条件として提示したのは無理難題のつもりだった。

 なぜならいくらダリウスに実力があるにせよ、単身で敵を全滅など人間の出来ることではない。

 しかも今回、ダリウスが全滅させたという敵軍の数————三千。

 あり得ない、その一言に尽きる。

 具体的にどうやってダリウスがその奇跡とも災厄とも呼べる偉業を成し遂げたのかは軍の上層部も知らない。

 しかしダリウスが単身で三千もの敵軍を一兵残らず全滅させたというのは嘘紛れもない事実だ。


「……軍は今、お前を手放すわけにはいかんのだ」


 良くも悪くも、軍はダリウスという一人の兵士の実力に頼り切っていた。

 そして今、軍は他国との戦争中――といっても最近ではほとんど水面下での抗争が続いているのだが――で、もしもの事態に切り札(ダリウス)がいないという状況を見過ごすことは出来ないのである。


(結局、俺自身がこの事態を招いたってわけか)


 ダリウス自身、この状況を作り出してしまったのが自分であるということは理解していた。

 こんなことになるなら……と後悔しても今更すぎる。

 ダリウスは思わず舌打ちせずにはいられない。


(いっそのこと国外逃亡でもしてみるか)


 ダリウスの実力であればそれは容易なことだろう。

 しかしいくら容易とは言え、まず間違いなく軍からは追手が来るはずだ。

 それをいちいち相手するのも面倒くさい。


「ひ、一つだけ妥協案ならある」


「……妥協案?」


 ダリウスが国外逃亡についてどうするか本格的に悩み始めた時、上司がそれを察してか呟く。

 突然の上司の言葉に目を細めるダリウス。


(まぁ結局まだどうするかは決められてないし、妥協案とやらを聞いてみるのもいいか)


 ダリウスの視線の先で、上司は難しそうな顔を浮かべている。

 話の流れから察するに恐らくこれから話されるだろう妥協案というのは、この上司一人によるものなのだろう。

 しかしかなりの権力を持っている上司であればそれもさほど問題はない。


「お主は軍を抜けたいと言っていたが、それは主に”前線から離れたい”というのが目的だろう?」


「……あぁ、そうだな。俺としては前線から離れられれば良いと思っている」


「それならお主を前線から離脱させよう」


「っ! 本当か!?」


 上司の言葉に、思わず上司であることも忘れて詰め寄りそうになるダリウス。

 しかしそれほどまでに今の上司の言葉は、ダリウスにとって願ってもない言葉だったのだ。


「その代わり、条件がある」


「……また条件か」


 ダリウスの頭の中は、先日のようなことをまたやらされるのかと憂鬱でいっぱいだった。

 しかしそれも前線から離れられるのであれば遠慮はしない。


(もし今度も約束を反故にするようなら、その時こそ国外逃亡でもしてやればいいか)


 もし今回の約束すらも守ってもらえないというのであれば、今後、ダリウスが軍を抜けられる確率はほとんどないだろう。

 そんなところダリウスが無理してまでいる必要はない。


「それで条件ってなんだ? 早く教えてくれ」


(この際、難しくても何でもいい。前線から離れられるのならどんな条件でも絶対に成し遂げてみせる)


 ダリウスの瞳に決意の炎が宿る。

 それだけダリウスは前線から離れることだけを考えていた。

 そのためならどんな戦力にもなってやる、と息巻いて。

 だがしかし上司の出した条件は、ダリウスが予想もしていなかったものだった。




「お主には――――王立魔法学院の教師になってもらう!」


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