キャンセラー
9話
俺はキャンセラーというスキルを会得する為にレールに連れられ、とある山に来てきた。そこには俺と同じ目的なのか、結構人が来ていた。
「う〜ん、今日は人が多いな」
レールは頭を掻きながら呟く。
「ところで、この山のどこでスキルを会得することができるんだ?」
「ああ、この山の頂上にはある格闘家が住んでいてな、その人が教えてくれるんだ」
「そうか、なら早速山に登るとしよう」
「ああ、だが気をつけろよ、ここには強くはないが魔獣共がいるんだ。油断してると食われちまうぞ」
俺は鼻で笑う。確かにこの前は少し危なかったが、所詮は畜生だ。畜生風情にこの俺が負けるわけがない。それに今回は隣にレールもいる訳だし、はっきり言って余裕だろう。
俺は横目で、レールを見る。するとレールは視線に気づくと半笑いで笑った。
「あ、そうだ、言ってなかったが、この山にはお前が一人で行くんだぞ」
俺は驚いた。まさか師事してくれると言ってくれた人物が俺に死ねと言ってくるとは。
俺の顔が段々と青ざめていった。
「おい、大丈夫か?具合が悪いんなら今日は帰るが」
「いや、具合は悪くない。だがなぜ俺が一人で行かなきゃならんのだ」
「此処は試練の山と言って、キャンセラーを覚えるに値するかを試す場でもあるんだ。だから一人で来れない奴なんかは例え頂上に言っても、スキルは会得出来ないんだよ」
その言葉に俺の顔が一層青くなってゆく。
先ほどまでの自信はどこにいったのか、汗が大量に出始めた。
いやちょっと待てよ、そうだ俺は飛べるんだ、空から行けばいいんじゃ。
「あ、ついでに言うとズルも駄目だから歩いていくしかないぞ」
その瞬間、俺の中の希望が完全に砕けた音がした。もはや笑いが飛び出してきた。こうなりゃもうヤケだ。
そうして俺は高笑いを上げながら、山登り開始した。
*****
「く、くそーーーーー!!」
俺は森の中を必死で走っていた。後ろからは三匹の狼のような魔獣が俺を追いかけくる。
くそ、まさか入ってすぐに魔獣に会うなんて。
俺は走りながら、後ろに向かってエネルギー弾を撃つが魔獣共の勢いは収まらず、俺を食おうと襲いかかる。
俺は悲鳴を上げながら、魔獣共から逃げているが、先ほどからお互いの距離は短くなっており、このままではいずれ追いつかれ、俺は魔獣共の餌になってしまうだろう。
まずい、何か策を考えなければ。
俺は必死で考えを巡らせるが、一向に解決策は思い付かない。そんな時、前の方に、木で出来た橋を見つけた。
その橋は今にも壊れそうなほどボロく、流石の俺でもこれくらいなら壊すことが出来そうだ。
俺は橋まで必死で走り、橋にたどり着くことが出来た。だが魔獣共はすぐそこまで迫っている。
くそ、しょうがない。
俺は橋を走りながら先ほどまでいた所にエネルギー弾を撃ちこむ。すると橋は壊れ手始め、俺のいる所まで迫ってくる。
俺は無我夢中で向こうへと走り、橋が壊れるまでになんとか向こう岸にたどり着くことが出来た。
「はぁ、危なかった」
俺は溜息を吐いた。それにしてもまさか入ってすぐに魔獣に追い掛け回されるとはついてない。
俺は周りを見渡し、魔獣がいないことを確認すると、地面に腰を下ろし、一旦休むことにした。
それにしても広い山だ。こんなに広いと迷ってしまいそうだ。……いやすでに迷っているのかもしれないが。
俺はまた溜息を吐き、頭を抱える。こんなことで俺は本当に最強になれるのだろうか。
なんだか最近の俺は本当に駄目な気がする。
だがこんな所で挫けてちゃいつもの繰り返しだ。俺は立ち上がると、顔を上に上げ、高笑いをした。
「そうだ、この俺は最強なんだ、この俺に勝てるやつなんていないんだ。ハッハッハッ」
そう俺は最強なんだ。今は確かに弱いが、いずれは最強になる男なんだ。
なんだかテンションが上がってきた。
そして俺はそのテンションのままに山の頂上へと向かって歩き出した。
それにしても山は良いものだ。町と違って空気はうまいし、風も非常に心地良い。魔獣さえ出なければここにピクニックにでも来たいものだ。そう思いながら俺が歩いていると、明らかに人の手が入った道に出た。
道は上へと続いており、このまま行けば頂上に着くかもしれない。ついてるなと思いながら、俺はその道を歩き、上を目指した。
さっき追い掛けられた時も上に走っていたし、もうすぐ着くかもしれないな。
そんなことを考えながら道を歩いていると、魔獣の唸り声が前の方から聞こえてくる。俺がとっさに木に隠れ、木から覗いてみると、そこには魔獣達に囲まれている女がいた。
女は怪我をしているのか、足を押させ、魔獣から後ずさっている。そんな女に魔獣達はまるで焦らしているかのように少しずつ近づき、女を追い詰めている。
どうする、助けるか?だがここで手を出せば、スキルを会得出来ないかもしれない。
だが女は魔獣達にどんどん追い詰められている。俺は思わず舌打ちをした。
ここで見捨ててしまえば女は間違いなく死ぬだろう。どうする。
そんなことを考えているといつの間にか女は魔獣達に囲まれていた。
ま、まずい。こうなったら仕方がない。
俺は急いで木の上に登り、魔獣達にエネルギー弾を放った。エネルギー弾は見事に命中。魔獣達は一斉に此方を見る。俺は高笑いを上げ、魔獣達に指を指す。
「ハッハッハッ、貴様らこっちを見ろ。この俺が直々に貴様らを倒しに来てやったぞ!!」
魔獣達は俺を見て遠吠えを上げる。だがやはり木の上には登ってこれないようで木の踏もとで溜まっている。そんな魔獣達に俺はニヤリと笑うと、連続でエネルギー弾を打つける。弾の威力は相変わらずだが、流石にこの量には耐えられなかったようで、魔獣達はみな逃げていった。
やったぞ。俺は高笑いを上げた。あの魚の時もそうだったが、俺は魔獣相手には結構強いようだ。やはり俺は最強だな。
そしてここでようやく俺は高笑いをする俺を見ている視線に気づいた。
そういえば俺は女を助けたんだったな。あの女さっきから俺を見ているし、行ってみるか。
俺は木から飛び降りると、女に近付く。
近付いて見ると、女はなかなか可愛らしい容姿をしており、髪はオレンジ色の長髪で、目つきは鋭く、背は160くらいだろうか。
俺がジロジロと見ていると、女は少し顔をしかめた。
「あの、すいません。」
「ん、ああ、ジロジロと見てすまなかったな」
「いえ、それより助けていただきありがとうございました」
そう言って女はぺこりと頭を下げた。
今思えば、この世界でお礼を言われたことなど初めての出来事だ。その事が俺を更に勢いづかせた。
「気にするな、それより足を怪我しているようだが、大丈夫か?」
「え、ええ、大丈夫です」
そう言いつつも女は先ほどから足をずっと抑えている。これでは一人でこの山から出ることは難しいだろう。
「そうだ、俺がこの山から出るまでおぶって行ってやろう」
「いや、流石にそこまでしていただくわけには」
「気にするな、俺にはこのくらい余裕だからな」
俺は高らかに笑い声を上げた。俺は明らかに調子に乗っていた。今ならば例えアレスでさえ倒せてしまいそうなほどに自信に溢れていたのだ。
「さぁ、どうする?」
俺が聞くと、女は申し訳なさそうな顔をした。
「ほんとにいいんですか?」
「ああ、構わないぞ、さあ乗るなら乗れ」
俺が構えると、女は「失礼します」と一言言うと申し訳なさそうに俺に乗ってきた。
「ところで一つ聞きたいのだが、ここから山頂までどれくらいかかると思う?」
「……ここからならもうすぐ着くと思いますよ」
「そうか、ならしっかりと捕まっていろよ」
こうして俺は女をおぶって山頂へと走った。
*****
俺が女と会ってから15分くらい走っているとついに山頂に着くことが出来た。
「ようやく着いたな」
そして俺の視線には一軒の家が目に入る。おそらく彼処が格闘家が住んでいるという家なのだろう。俺は早速家に向かおうとすると、女が話しかけてきた。
「待って、ここで降ろしてくれる」
「何故だ?此処まで来たんだから一緒に来ればいいじゃないか」
「私はあなたに助けられた。つまり私にキャンセラーを覚える権利はない、それどころか、私が着いていくと、あなたまで格闘家に会えなくなってしまうかもしれない」
そういえばそんなこと言ってたな。俺は納得し、首を縦に振って頷くと、女と少し別れることにした。
「私はそのへんにいますので、行ってください」
「ああ、だが魔獣が来たらどうする?」
「安心してください。ここは加護で護られていますのでここには入ることが出来ません」
「そうか、なら安心だな」
そうして俺は女と別れ、格闘家の家へと向かった。その家は木で出来ており、お世辞にも立派とは言えない家だった。
俺はドアの前に立ち、ドアを数回叩いた。
「おい、誰かいないのか」
「ん?客か、ちょっと待っておれ」
ドアの向こうからしゃがれた声が聞こえた。
まさかジジイなんだろうか?
そして俺の予想は当たり、中から立派な髭をたくわえた老人が出てきた。
こんなんが本当にキャンセラーを教えてくれる格闘家なんだろうか?
俺がそんなことを考えると、老人は咳払いをすると、杖を俺に向けてきた。
「失礼な奴じゃのう、そんなこと思うなら、教えてやらんぞ」
「……なに?ちょっと待て、まさかお前俺の心を呼んだのか?」
老人はニヤリと笑い、親指を立てる。
俺は驚いた。まさか心が読める奴がいるとは、だがそれなら話は早い。
「おい、なら早速キャンセラーとやらを教えてくれ」
「態度がでかいのぉ、まぁいいか、じゃあ取り敢えずもっとわしに近づいてくれ」
言われた通り、俺は老人に近付くと、老人は俺の胸に手を置き、何かを呟き始めた。
そしてしばらくすると、老人の手が光り出し、俺の全身が痛みだす。なにかを無理やり押し込まれているような気分だ。視線がぐらついてきた。そしてその痛みが最高潮に達するとき、
「ぐわぁーーーーーーー!!」
と大きな叫び声を上げ、俺の意識は闇に落ちた。
何かが視線を感じる、誰かが俺を見ているようだ。そして俺の意識が戻ると、目の前には先ほどから助けた女が俺を心配そうな顔をして見つめていた。頭痛がする。俺は頭を押さえた。
「ぐっ、俺はどうなったんだ?」
「お前さんは痛みに耐えきれずに気絶したんじゃよ。こんなの初めてじゃわい」
老人はやれやれと肩を竦める。だがジジイのことなど気になることがある。
「……お前はなんでここにいるんだ?」
「……あなたの絶叫が聞こえたから、ここに来てみたんです」
女は元の無表情に戻り答えた。なるほど、それにしても、頭が痛い。俺は頭を押さえて、老人に聞いた。
「おい、俺は結局キャンセラーを覚えることが出来たのか?」
「ん、ああ、どうやら成功はしたようじゃ」
「ほう、ならば早速試させてもらおう」
そう言って俺は両手を上に広げ、エネルギー弾を放つ。するといつものような硬直はなく、放った後もすぐに動くことができた。
「ほう、これがキャンセラーか」
「そうじゃ、じゃが今はまだ覚えたてじゃから大して変わらないはずじゃよ」
なにっ、だが俺は完璧に使うことが出来たぞ。そうか、分かったぞ、俺は才能があるから最初から完璧に使いこなすことができたのか。
「あ〜、盛り上がっているとか悪いが、それは単純にお前さんが弱いからだと思うぞ」
「なにっ、それはどういうことだ?」
「キャンセルというのは成長すればどんな隙もなくすことができるが、お前さんが最初から使えたのは、初期キャンセラーでも余裕でできるほどお前さんの技が弱いということじゃ」
俺は黙って、顔を下に向け、手を震わせる。
まさか弱いのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
先ほどから女も女で、同情したような視線を俺に送っている。俺は女を見ると、女は目を逸らした。……なんだか、泣きたくなってきた。
「まあまあ、落ち着け。お前さんだって頑張れば強くなれるさ。……たぶん」
「おい、慰めるんならちゃんと慰めろ」
俺は溜息を吐いた。折角スキルを手に入れたのに、まさかこんなに落ち込むことになるとは、だが俺は立ち上がると誓った。こんなところでへこんでいては駄目だ。ともかく帰ろう。下でレールが首を長くして、待ってるだろうからな。
「取り敢えずスキルは手に入れたんだ。帰るぞ、女」
「……そうですね、なら行きましょうか」
「ちょっと待ちなさい。帰るならわしが送ってあげよう」
そう言って老人は手を前に出し、そして何かを唱えた。
すると俺たちの体は宙に浮いた。
「頑張れよ、若いの。暇になったらまた来てもいいぞ」
その瞬間、俺たちの体は消え、気付いたら俺たちは山の麓に立っていた。
「……なんだかすごいお爺さんでしたね」
「……そうだな」
俺たち二人はなんともいえない表情を浮かべていた。俺は女を見る。よく見るといつの間にか傷が治っている。
「……傷はどうしたんだ?」
「ああ、それならあのお爺さんに直していただきました」
「あいつそんなこともできるのか。まあいいか、これで俺が担ぐ必要はなくなったわけだ」
「そうですね、今まではありがとうございました」
女は深く頭を下げた。そういえばこいつの名前聞いてなかったな。
「……ところで凄い今更なんだが名前はなんて言うんだ?」
「私のですか、私の名前はフィーネです。そういうあなたは?」
「ふん、よく聞いておけ、俺の名前はゴーマ、いずれこの世界において最強になる男だ」
俺は声を大きく胸を張って答えた。
女はそんな俺を見て、困惑したような表情を見せる。
「まあ、ともかくここで別れましょう」
「そうだな、レールの奴も待ってるだろうし」
「今日は助けていただき本当にありがとうございました。縁があったらまた会いましょう」
そう言ってフィーネは去っていった。俺はフィーネを少し見送った後、レールの元に走った。
*****
「おお、無事キャンセラーを取得できたか」
「当たり前だ、この俺に不可能はない」
俺はそう言って胸を張った。そんな俺は見て、レールはフフンと笑う。
「で、これからどうするんだ?」
「まあ、こんな時間だし、続きは明日にしよう」
確かにすでに日は落ち、空は暗くなっている。行く前はあんなにいた奴らも今ではほんの少ししかいない。
「だな、よしもう今日は帰って寝るとするか」
こうして俺の濃い1日は終わった。それにしても何か忘れていることがある気がするが、それは一体なんなんだろうか?まあ思い出せないってことは大したことじゃないんだろう。
俺はそう結論付けると、食事を用意して待っているであろうニーヤの元に帰るのであった。
*****
一方その頃
「それにしても遅えなぁ」
ズクはゴーマが出てくるのを待っていた。ゴーマを置いて帰ってもいいのだが、そうすると、あいつがまたうるさいだろうと思うとズクは帰るに帰れないのであった。
こうしてズクは結局、コロシアムが閉まるまでゴーマを待ち続けたのであった。