七章3:みんなの気持ちと色んな人達と決戦の準備
決戦の準備が始まった。
みんなはそれぞれのところへ散って、決戦の備えをしている。
で、その中での俺、なんだけども、
ぶっちゃけ、何もすることが無かった。
――っていうか、獣神達は俺に気を使って、なにもさせないように
してるんだけど。
まぁ、仕方ない。
俺には専門的な知識もないし、
表に立って色々と動かすのは、
獣神達にお願いしてあるから。
それに次の戦いにビアルの命運がかかっていると思うと、
心と体が緊張して、震えていた。
『大丈夫かね、少年?』
青空会議場で一人座っていた俺へ、
ブレスさんが声を掛けてくる。
「正直、緊張してますね。こんなの初めてです……」
『致し方あるまい。最終決戦なのだからな。ここでドーンと構えていられるのは、場数をたくさん踏んだものか、よほどの神経が図太い輩以外はおらんだろう』
「ですよねぇ……」
『少し皆と話して気持ちを落ち着けてはどうかね? 少年の気も紛れるだろうし、皆も喜んでくれるのでは?』
「邪魔にならないですかね?」
特に獣神達は、色々と準備で忙しい様子。
できるだけ邪魔をしたくないと、思うんだけど、
少し会いたい気持があるのも確かだった。
『短い時間なら良いだろうさ。皆はそれだけ少年のことを想っているのだからな。安心するがいい』
「……そう、ですね」
ブレスさんの後押しを受けて、
俺はようやく重い腰を上げた。
――まずは誰に会おうかな?
獣神達の、それぞれの顔を思い浮かべる。
一番に浮かんだのはピルスとランビックだった。
――こういう時、あの二人に会ったら元気が貰えそうかも。
そう思った俺は会議場を出る。
そしてピルスとランビックがいるコーンスターチギルド集会所を目指した。
●●●
「じゃあ弾薬はおっけーだねー!」
「補給物資ももうすぐ届くわ。今日の所はこんな感じかしらね?」
ギルド集会所へ向かう角を曲がると、集会所の外で、樽のテーブルと
椅子に座って唸っていたピルスとランビックをみつけた。
早速、声をかけようかと思ったけど、
「お邪魔致します!」
立派な髭を蓄えたコエド将軍が二人に駆け寄ってくる。
将軍の声を聞いて、ピルスとランビックは一瞬眉を顰めたけど、
すぐに目の前にいるのがコエド将軍だって分かって、顔の緊張を解く。
――やっぱ将軍がキジンガ―だったことのトラウマがあるのかな。
「どうしました将軍?」
ピルスはコエド将軍に聞く。
すると彼は姿勢を正して、
「ピルス殿、ランビック殿、お二人には一度謝罪をしたく参じた次第です!」
そう云ってコエド将軍は、
深々と腰を折った。
「かつて私がキジンガ―だったころ、お二人の気持ちを踏みにじったこと、大変申し訳ございませんでした!」
「あ、い、良いですよ! そんな、将軍!」
ピルスは慌てて立ち上がって、
「そうですよ! 仕方ないことですし!」
ランビックも声を掛ける。
「いえ、例え操られていたとはいえ、この身体・この声でお二人を傷つけたことに代わりはありません! 自己満足かもしれませんが、私はお二人へ心の底から申し訳なく思っており、その気持ちをお伝えしたいのです! 本当に申し訳ございませんでした!」
少しの間、静けさが流れた。
やがて、ピルスは将軍の肩を叩く。
「今でも時々将軍の声を聞くと、あの時の怒りを思い出します」
「ちょっと、ピルス!? あんた何を……!?」
ピルスはランビックの口元へ人差し指を添えて、言葉を塞いだ。
「だけど今の将軍はもうあのキジンガ―じゃないです。今、ここにこうしているのはビアル正規軍の司令官コエド=ブルワ将軍です! 僕たちを傷つけたアイツじゃなくて、一緒に帝国から表世界を救おうって決めた仲間の一人ですよ! ねっ? ラン?」
「ピルスの言う通りですよ将軍! もうあの時の遺恨はこれで無しにしましょう?」
ピルスとランビックの言葉を受けて、
コエド将軍は、
「ありがとうございます。獣神様の寛大な御心に深く感謝いたします……」
「じゃあ、この話はここまで! あのさ、将軍の意見を聞きたいんですけどお願いできますか?」
ピルスはいつもの声のトーンに直してそう云う。
「勿論です! なんなりと!」
頭を上げたコエド将軍は、ピルスとランビックに招かれて、
樽の椅子へ座って、何か難し話をし始めた。
――良かった、遺恨が解決して。
正直、コエド将軍とピルス達が上手くやれるか心配だった。
でも、もう大丈夫な様子だ。
俺は真剣に議論を交わしている三人の前から姿を消す。
『良いのかね?』
ブレスさんの問いに俺は、
「ええ。じゃあ次は……」
浮かんだのはもう一人の元気っ子アルトだった。
どこにいるのかと思って、意識を鼻へ集中させる。
すると、アルトの匂いが鼻を掠めて、
どこにいるのかを俺に知らせて来る。
俺は神殿へと向かって行った。
●●●
アルトの匂いを頼りに、俺は神殿の回廊を進んでゆく。
やがて、アルトの匂いが濃密になって、回廊の一番奥にある、
武器庫にいると分った。
「アル……」
開けっ放しの武器庫の扉の前で俺は言葉を噤んだ。
目の前にはアルトの背中と、
その奥には彼女へ背を向けながら座り込んで、
剣の手入れをしているトラピストさんの姿があった。
「師匠、考えを改めて貰うことはやっぱりできませんか?」
アルトは静かにトラピストさんの背中へ語り掛ける。
「ああ。無論だ」
トラピストさんは背を向けたまま、
端的にそう答えた。
「私は、その……止めて欲しいです。まだ師匠はイヌ―ギンだった頃の傷が癒えてません。今、戦うことは命に関わる……」
「百も承知だ、アルト」
アルトが云い終える前に、トラピストさんは言葉を重ねる。
彼は剣を机へ置くと立ち上がろうとする。
だけど、どこか痛いのか、一瞬体をびくつかせた。
「師匠!」
「構うな!」
駆け寄ろうとするアルトへ、
トラピストさんは叫んで跳ね除ける。
彼は震えるだ身体をしゃんとさせて、
そしてアルトの方を向いた。
「わかってくれ、アルト。これは私のけじめなのだ。私は、例え操られていたとはいえ、母なる大地と同胞へ弓を引いた。どうであろうとこの手が、この魂が、多くの人々を傷つけたことに代わりは無い。だからこそ、私は命をかけてでも表世界へ償いがしたいのだ」
「師匠……貴方は……」
アルトの背中が小刻みに震えて、
足元に幾つか滴が落ちて石畳を濡らした。
「獣神様にそこまで心配して貰えるなど勿体ない。ありがとう……」
トラピストさんはアルトの肩へそっと手を添える。
すると、アルトは手で顔をごしごしと拭った。
「獣神である前に私はトラピスト師匠の弟子のアルトです! 弟子の私は師匠のことを一人の人間として心配してます! でも、師匠の気持ちもわかりました。だからもう、何も言いません! ただ一つだけ! 絶対に無茶はしないでください! また私にカフェのこととか色んなことを教えてください! 必ず!」
アルトがそう云うと、
トラピストさんは柔らかい笑顔を浮かべた。
「分かった、我が弟子よ」
「その前に一つお願い、聞いてもらっても良いですか?」
「なんだ?」
「その……今、私、師匠の淹れたカフィーを飲みながら、焼き立てのクッキーが食べたいです」
「そんなことでも良ければ」
「是非!」
俺はそっと武器庫の前から身を引いた。
二人のことを邪魔しちゃいけないって思ったからだった。
――アルトもトラピストさんも覚悟を決めている。俺ももっとちゃんとしないと。
俺は再び回廊を歩きはじめる。
次はボックさんの匂いを求めて、神殿の外へ向かて行った。
●●●
「はぁっ!」
ボックさんの匂いを頼りに神殿の外にある、広い庭へ向かうと、
緑豊かな庭園に彼女の勇ましい掛け声が響いていた。
着鋼を済ませたボックさんは鋭く地面を蹴って、
対峙するウルフ兄弟へ向かってゆく。
「獅子爪拳!」
ボックさんのワンツーフックが、
空気の刃を発生させる。
でも空気の刃はあっさりと、
刀を構えるウルフ兄弟の兄:ワ―ウルフに弾かれた。
「どおぉーりゃ!」
ボックさんの脇へ、
槍を構えたコボルトが踊り出た。
ボックさんは寸前のところで前転宙返りをして、
コボルトの槍の切っ先を回避。
だけど彼女の着地予定点には既に、
刀を構えたワ―ウルフの姿が。
「っ!?」
ボックさんは手甲で、ワ―ウルフの刀を弾く。
ワ―ウルフが体勢を崩す。
着地したボックさんは、しっかりと地面を踏みしめて、
右の拳を脇へ構えた。
「はあぁぁぁッ……! 獅子正拳ッ!」
裂帛の気合と共に、
必殺の拳が放たれた。
「「甘いッ!」」
だけど瞬時に刀を構え直したワ―ウルフと、
飛び出してきたコボルトは同時に得物の刃を重ねて、
ボックさんの拳を受け止めた。
「打ち込みがまだまだ甘いですぞ! そのようなか弱い一撃で、今のサルスキーを倒せるとお思いになられるか!」
ワ―ウルフはそう叫び、
「その通り! 今や奴は大魔獣神の力の一部を授かった魔獣大将軍サルスキー! かつての奴を思ってはマスターをお守りすることなどできませんぞ!」
コボルトが発破をかける。
ボックさんは苦々しい表情のまま素早く拳を引いて、
後方宙返りでウルフ兄弟から距離を置いた。
だけど彼女の闘気は未だ消えていない。
「もう一度お願いいたします! お二人方!」
「「承知ッ!」」
また地面を蹴ったボックさんと
ウルフ兄弟は距離を縮めてゆく。
鬼気迫る様子に俺は、
言葉を欠けるタイミングをすっかり無くしていた。
――ボックさんもできることを、一生懸命やってる。
またまた邪魔しちゃいけないと思った俺は、
そっとその場を去るのだった。
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結局、未だ誰とも話せていないけど、
気持ちは結構落ち着いたように感じていた。
ピルス、ランビック、アルト、ボックさん……
みんな今できることを真剣にやっている。
――俺も今自分ができることをしっかりしないと!
みんなに勇気をもらった俺は、
自分の部屋へ戻ろうと歩き出す。
っと、その時、胸を高鳴らせる匂いが鼻を掠めたかと思うと、
袖がクイクイと引っ張られた。
振り返るとそこには、
神妙な顔をしたスーが居た。
「スー? どうしたの?」
「相談、あります」
「相談?」
「エーちゃん、ここ最近、元気ない。わたし、凄く心配……」
確かにスーの云う通りだと思った。
いつもは普段通りなんだけど、ここ最近、
ふとした瞬間にエールが妙に思い詰めたような顔をしていることが、
増えているように感じていた。
俺の思い過ごしかと思っていたけど、
こうしてスーが心配しているってことは
何かあるのかもしれない。
――次はエールに会ってみようかな。
鼻へ意識を集中させると、
エールの匂いがほのかに香ってくる。
どうやら彼女は神殿の外にいるらしい。
「スー、エールのところへ一緒に行ってくれる?」
「はい!」
俺とスーは気持ち歩調を速めて、
神殿の外へ向かってゆくのだった。




