七章2:決戦の火蓋
『今の報告は誠か、ピルス?』
コーンスターチの獣神会議場に、議長役のブレスさんの
真剣な声が響いた。
声を受けたピルスは真剣な顔をしたまま頷く。
「たぶん、帝国も僕たちの考えに気づいたんだろうね。決戦の地はアルデヒト。帝国はきっとあそこで僕たちのことを待っているよ」
俺も、そして獣神達も一斉に黙り込んだ。
ドラフト、シュガーに駐留していた帝国艦隊の多くが今、
ビアル中心にある巨大大陸アルデヒトに集結していると云う。
元々、俺たちはアルデヒトへ侵攻して、一気にエヌ帝国を
叩き潰そうと考えていたけど、
出鼻をくじかれる格好となっていた。
計画では、俺たちだけでアルデヒトへ突入して、敵を一気に
叩くことにしていた。
帝国の軍勢だって無尽蔵じゃない。
ガルーダやクラーケンの報告から
、敵戦力の半分以上がドラフト・シュガー占領のために、
駐留していると分っていて、
アルデヒトにいる軍勢だけだったら、
なんとか突破できる状態だったからだ。
――俺の意見じゃなくて、獣神達がそれぐらいだったら何んとかなるって言ってたんだけど。
だけど、ピルスの報告を聞いて、
みんなが黙り込んでるってことは、
きっと当初の計画が上手く行かない程、
まずい展開なんだって思う。
「わたし、いるけど、難しい?」
この間深淵の獣神ダークロンのスタウトに、
新生したスーが声を上げた。
「難しいでしょうね。敵の数が圧倒的に多すぎます」
ボックさんがピシャリと答えた。
スーはガックリと肩を落とす。
「別にスーが、スタウトが弱い、という訳ではないので安心してください。ただ、私たちは六人揃って無事に裏世界へ突入しなければならないのです。誰一人欠けることなく……そうでなければ例え包囲網を越えても、大獣神になれない私たちは大魔獣神に勝つことはできません……」
ボックさんの意見にみんな黙り込んで、言葉を発さない。
正直、この状況で、俺に出せる意見は無かった。
「マスター、こうなった以上少し時間が欲しいです! これからどうしたら良いか考える時間をです!」
アルトがそう云うと、円卓に着く獣神達は一斉に頷く。
『私もアルトの意見に賛成だ。事を急げば仕損じる。私を含め、皆で他の案を考えてみるので少々時間をくれないだろうか少年?』
「構いません。申し訳ないけど、俺も同じなんです。少しみんなで考える時間にしましょう」
『ありがとう少年。では、これより小休止に入る! 会議の再会は15分後! 皆、遅れないようにな!』
ブレスさんの号令で、獣神達は一斉に立ち上がって、
会議室を神妙な顔つきで退出してゆく。
だけど俺は椅子に座ったまま、動かなかった。
――せっかくここまで来たのにどうしよう?
エヌ帝国との決戦はもうすぐだ。
だけど今の状況じゃ奴等に勝つことは難しい。
ホントは手段はある。
だけど、それは本当はあまり使いたくない手段だ。
それを指示する勇気が俺にはなかった。
――表世界の軍勢と、俺が従えた魔獣たちを正面に展開して囮にするしかないのか?
でもそれはすごく危険で、
きっとみんな無事には済まない。
沢山の人が傷ついて、
もしかすると犠牲者が出るかもしれない。
――そんなこと言ってる場合じゃない。もう敵は迫っている。
頭ではそう理解している。
理解はしているけど、
こんなに大きな決断をしたことがない俺は、
戸惑い、そして思い悩んでいた。
「知人くん」
そんな俺の手を脇に立っていたスーが、
そっと握りしめてきてくれた。
「スー、俺は、その……」
「大丈夫、ですか?」
「うん。ありがとう。行こう?」
「にゅ」
俺はスーの温かい手を握りしめながら、
会議室を出てゆく。
スーの気遣いはありがたいし、
少し胸の内が軽くなったような気がする。
だけど、根本の解決には至っていない。
――どうしよう、俺はこれからどうしたら……?
「はぁっ!? それ、分かって言ってんのか!?」
突然、廊下の向こうからエールの声が聞こえた。
何事かと思って俺はスーと一緒に神殿の廊下を駆け抜けてゆく。
そして神殿を抜けた途端、
圧倒的な声の数々に気圧された。
神殿の前にはたくさんの人で溢れかえっていた。
一人の列は神殿の敷地を越えて、
街の中にまで飛び出している。
「わかっているのですか!? ご自分たちが何を仰っているのかを!?」
ボックさんは人々の先頭に立つ、
アルトの師匠トラピストへ叫ぶ。
「承知しておりますグリーンレオ殿。そして、私の周りにいる皆も同じ想いです!」
トラピストさんの周りにいる、
アクアさんとブルーさん、
ウルフ兄弟、
ガルーダとクラーケン、
コエド将軍と彼に連れられたボックさんの相棒バンディット、
沢山の従えたギネース兵、
ギルドメンバー、
そしてコーンスターチのモルトを中心とした闘いに関係ない、
一般の人たちはみんな同じ真剣な顔つきでこっちを見つめていた。
「わしが将軍職に復帰した以上、むざむざとやられるようなことはさせませんぞ。ホッホッホッ!」
コエド将軍は立派な口ひげをいじりながら高笑いを上げた。
「あの、みんなこれは……?」
俺が声をかけると獣神達は一斉に踵を返してくる。
「みんな、僕たちをアルデヒトに突入させるために陽動するって言って聞かないなんだよー!」
ピルスが真っ先に声をあげた。
「でも、そうしないと皆さんは裏世界へ行けませんよね?」
双剣使いのアクアさんがさらっとそう云って、
「ですね。私たちでは絶対に大魔獣神に勝てません。だけど、ビアルを守りたい気持ちは皆同じ。だったら私たちは自分たちができることをしたい。それだけですよ」
ブルーさんの言葉に誰も反論をしなかった。
「おめぇら、今自分たちが何いってっか分かってんだろうな? これからの戦いは今までのとは比べ物にならねぇくれぇでかいんだぞ?」
エールは鋭く言葉をぶつける。
「百も承知です! ねっ? ブルー?」
「はい! エールさんに言われるなくても分かっていますよ!」
アクアさんとブルーさんがそう応えると、
エールはそれ以上何も言わなかった。
「アンタたちも良い訳? これは昔の仲間に弓を引く行為よ?」
ランビックはウルフ兄弟やギネース兵へ聞く。
「「確かに我らは魔獣として生まれました。しかし今の我々は命を救われ、悔い改めた存在! 既に我らの故郷はこの表世界! この場へはせ参じたことこそ、かつての同胞へ弓を引く覚悟の現れと思っていただければ幸いにございます!」」
ウルフ兄弟のワ―ウルフとコボルトは声を揃えて答えた。
「知人くん……?」
神殿の前へ集まったみんなの言葉を聞いて、
俺は自分の考えが少し甘くて、
恥ずかしく思って、
自然とスーの手を強く握りしめていた。
――みんな、自分の世界を自分で守ろうとしている。
目の前にいる誰からも、
そんな強い意志が感じられた。
俺の足は自然と前へと動いて、
トラピストさんの前へ向かった。
「トラピストさん、本当にお願いしても良いんですね?」
そう聞くとトラピストさんは、
強く頷き返してきた。
「はい、勿論です。事更に、私は操られていたとはいえ、帝国の哨兵として、我が故郷に剣を向けました。この程度は許されない程です。ですから私はその分も表世界の戦いに心血を注ぎたい。そう思っています」
「わしもですぞ」
かつてイヌ―ギンとキジンガ―だった、
トラピストさんとコエド将軍は、
はっきりと淀みなく言い切った。
もはや俺に言える言葉は何もなかった。
一応、俺は未だ多くの人には獣神達の荷物持ちってことになってるから
号令をするわけにはいかない。
だから、俺はアルトの肩を叩いた。
アルトは意思の強い眼差しを俺へ送って頷くと、
つま先を神殿の前へ集まったみんなへ向けた。
「皆さんの意思、わかりました! では、皆さんには私たちが裏世界へ向かう間、アルデヒト大陸での陽動をお願いします! だけど、一つ条件があります! これからの戦いは凄く大きな戦いです! ですけど、決して無理はしないでください! みんな無事に帰れることを考えてください! 代わりに私たちは必ず大魔獣神を倒して、表世界を救います! 約束します! だから皆さんも約束、守って下さい! お願いします!」
アルトの元気いっぱいの声が響いた。
途端、神殿の前にいるみんなは一斉に雄たけびを上げた。
神殿の前が、コーンスターチが勇ましい歓声に包まれる。
その迫力は物凄くて、
俺の体は自然と震えて、鳥肌が立った。
「将軍! 早速、文を! この報を残ったギルド全てに伝達し、戦力を集結を願います!」
トラピストさんがそう云うと、
コエド将軍はニヤリと笑った。
「案ずるでない。既に文は飛ばしておる。獣神様方! 終結には約三日ほどかかります! その後の決戦となりますが、宜しいでしょうかな?」
「わかりました。私たちもそれに合わせて準備をするとしましょう」
コエド将軍にボックさんが答えた。
コエド将軍は踵を返して、
集まったみんなへ振り替える。
「皆の者、早速準備に取り掛かるぞ! 三日の時間などあまりにも短い! これより、各員への準備の手順と部隊編成を告げる! それを元に迅速に準備を開始する!」
コエド将軍はトラピストさんを伴って、
歩き出した。
『少年よ、いよいよビアルを守る最後の決戦だ。君の覚悟は如何かな?』
ブレスさんが聞いてきた。
「大丈夫です。これだけみんなが頑張ろうとしてるんです。俺も頑張ります。そして必ず大魔獣神を倒します!」
『うむ! 良く云った!』
「知人くん!」
隣のスーは笑顔を送ってくれた。
俺はスーの髪をくしゃりと撫でる。
――この笑顔と、そして表世界を守るために俺は死力を尽くす!
俺は目下で、部隊編成を行っている表世界の人々を見つめながら、
覚悟を再確認するのだった。




